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18 ヘリンの訪問

話の区切り上、今回は短めです。

 殿下への報告書を提出し、その翌日から私は再び公爵領の邸へ戻っていた。


 カダイフ伯爵領の現状を把握し、女伯爵ルピア様の証言についても報告済である以上、あの件は完全に私の手を離れ、私は再び、公爵領の邸で家業である交易事業の運営を進めていた。


 だが……私の心は、空虚さで埋め尽くされていた。


 コーネリア本人に、きっぱりと別れを告げられたのなら、まだ良かったのかも知れない。だが、『コーネリアにもう会えることは無い』と一方的に告げられたのは、母親であるルピア様からだ。


 ネリ自身は、どうだったのだろう。

 目を閉じれば……『しばらく帰る』と学院で私に告げ、『ごめんなさい』とだけ言いながら、私の胸で泣き崩れていた……最後に会ったネリの姿が、瞼の裏に焼き付いて離れない。


 思い起こせば……学院生活で、チェンやフェイファと青茶の茶会で談笑し、領地経営課程でハルトも交えて討論し、他の留学生達と一緒に研究に打ち込み……そんな、ずっと一緒に居たネリの姿が、触れ合う感触が、傍にいるとふわりと香るあの花の様な香りが、私の心を掻き乱す。


 仕事があまり身に入らないまま、二日が過ぎて。

 見かねた御祖父様に「一日休め」と執務室を追い出され。

 窓から見える南の空をただ眺めながら、何をすることもなく自室で過ごしていた、その日。

 昼過ぎになって、部屋の扉が外からノックされる。


「ファルネウス様、お会いになりたいと言うお客様がお越しです」


 邸の使用人が、客人の来訪を告げた。


「……誰が来たのか」

「バークス様と名乗っておいでです。応接室へお通ししております」


 バークス……バークス……えっと、誰だったか……、そうだ、ヘリン!

 という事は、捜査に何か進展が?

 急に眼が覚めた感覚になる。


「分かった。すぐに行く」


 急いで身支度を整え、応接室に向かう。

 応接室に入ると、そこに居た人物が、一瞬誰か分からなかった。髪色が違うし、巡見副使として私と相対していた時の文官服ではなく、商人服を身に纏っている。

 だが顔の造りは、よく見るとヘリンのものだった。


「ファルネウス様、あまり寝ぼけてはいられませんよ」


 公爵領に戻って以来、仕事が身に入らない私の事は御祖父様から聞いているのだろうか。

 ヘリンは私を叱咤するように言う。


「今日は、どのような御用件でしょう。何か進展が?」

「その通りです。人払いをして頂きたく思います」


 ヘリンは頷いた。

 彼の求めに応じて控える使用人達を退出させ、応接室に二人だけになる。


「ジョルド侯爵を内偵していますが、あそこには建国祭を前に、盛んに人の出入りがあります。件のザッカリーア伯爵とフラーベル子爵の二人は、門前払いを食らっていますけどね」


 ジョルド侯爵は、二人を切り捨てる判断をしたか。


「ジョルド侯爵が関与している証拠はあるのでしょうか」

「明確な証拠はまだです。ですが、興味深い人物がジョルド侯爵と接触しています」


 身を乗り出してヘリンが言う。


「王都治療院の外科医療長バダウェイ殿、王立学院医学薬学課程の外科講師ジャッディン殿、そして王立医療研究院の外科部長ロックソン殿」

「ジャッディン殿は知っています。その三方ということは、まさか」


 私の言葉に、ヘリンは頷く。

 三人とも、我が国の外科医療の為に、カダイフ氏族から派遣されている人物である。

 カダイフ女伯爵が、氏族の決定として王国との縁切りを宣言したので、もうすぐ『であった』に変わるだろう。


 それが今更、ジョルド侯爵と接触?


「ちなみに、女伯爵ルピア様は」

「まだ伯爵邸に滞在していますが、片付けが終わり次第……数日中には退去すると王家へ通告しています。三人と連携している様子はありません。むしろ、王都に滞在するカダイフ氏族は、女伯爵よりも三人の方へ集まっています」


 つまり、今の状況は……。


「カダイフ氏族の氏族長側に近いのは、女伯爵ではなく三人のほうだと?」

「動きを見る限り、我々はそのように想定しています」


 つまり、王家もそう見ている訳だ。


「その上でファルネウス様に、殿下からの警告を伝えに来ました」


 ……警告?


「建国祭の日」


 ヘリンはそう言って、胸の前に右手をもって来て、人差し指と中指を揃えて立てる。そして、その二本の指を指の腹を上向きに私の方へ向け、手首を返して自分の方へ指の向きを変える。

 そして次にヘリンは、その二本の指で自分の眉間をトントンと叩く。


 ……これは、王家と公爵家だけに伝わる、声に出さずに情報を伝える為の暗喩だ。

 意味が分かったので、私はヘリンに頷く。


「これの意味は、私には知らされていません。ですが、その様子では上手く伝わった様ですね。何度も練習させられた甲斐がありました。では、私の方はこれで失礼します」


 そう言って、ヘリンは応接室を去ろうとした。

「ヘリン殿、ちょっと待ってくれ。頼みたい事がある」

 そう声を掛けて、彼をもう一度座らせる。

「今度の建国祭の日だが……」

 私は、建国祭の日に第三騎士団に頼みたい事をヘリンに伝えた。

「……分かりました。その線での繋がりが確認できればこちらも捜査が進みそうですし、当日はファルネウス様の近くに居る様に手配します。それでは」

 ヘリンはそう言って、今度こそ応接室を去っていった。


 カダイフ氏族の動きを伝えた上での、王太子殿下のメッセージ。


 カダイフ氏族は恩義を感じているジョルド侯爵に付いた。

 建国祭の当日、ジョルド侯爵に応じ、カダイフ氏族がその行動を起こすということか。


 そして、最後の二本の指で眉間をトントンと叩く仕草……『お前は命を狙われている』。


 それがジョルド侯爵によるものなら、ダーウェンの実態を暴いた私に対する報復と、口封じなのだろう。充分に気を付けなければ。


 それに、そうだ……私はまだ、コーネリア本人に会っていない。

 ネリに会って、彼女の気持ちを確かめたい。


 もう会えない、とルピア様に言われたからって……諦めている場合では無いな。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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よろしくお願いいたします。

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