17 カルバネンの出生の秘密
王家の用意した馬車で王都邸に戻ると、父に呼び出された。
父の執務室に行くと、そこには長兄も居た。
「『巡見使』の件は、どうだったのだ」
「申し訳ありませんが、殿下の命により一切の口外を禁じられております」
父の問いに、私は回答を拒否した。
「アジェンは安定していると思ったが、向こうの情勢は良くなかったのか。外交には新鮮な情報が必要なのはお前も分かるだろう。さっさと話せ」
長兄が言うが、私は首を振る。
「殿下の許可がありましたら」
私の回答に、父は平静だが、長兄は苛ついた表情をする。
「私が退室した後の、協議の結果はどうだったのでしょう」
私の質問に父と長兄は顔を見合わせた。
「いきなりの爵位返上宣言だった故、一旦はカダイフ家の説得をする方向だ。しかし説得できたところで婚約解消となる可能性は高い」
父の回答は、だいたい想像通りだ。
「次の婚約者は自分達で探す様に、との事だ。今のお前の歳で、釣り合う相手が見つかるとも思えないが、必要なら母方に聞いてみるぞ」
「いえ、結構です」
長兄の申し出はきっぱりと断る。
私はコーネリア以外の事は考えられないし、長兄の事も信用していない。
「『巡見使』の件、報告を急ぐよう言われております。王家より派遣された副使が領地にいるので、明朝馬を走らせ領地へ戻ります。申し訳ありませんが、退室しても宜しいでしょうか」
「……仕方あるまい」
父が許可を出したので、私は礼をして早々に退室し、自室に戻った。
翌朝早くから、公爵領へと馬を走らせる。
昼過ぎに公爵領邸へ着くと、急ぎ御祖父様へ面会を求める。
執務室へ通されると、そこには既に副使ヘリンも他の使用人も居たので、人払いを御祖父様にお願いしたが、御祖父様はヘリンに残るように言った。
三人になった所で、御祖父様が声を掛けた。
「ところで、昨日の王城での会議はどうだったのだ」
私は無言で、ヘリンの方を向く。
「昨日、ラフカディオ様にはお伝えしましたが……」
そう言いながら、ヘリンは懐から書状を取り出し、私に開いて見せる。
そこには、ヘリンが王太子殿下直属の第三騎士団員であることが記載されていて、殿下のサインが記されていた。
「元々、ルハーン公爵領の動きが、王都の公爵閣下と御嫡男様の動きとかけ離れている事に違和感を覚えていた殿下が、ラフカディオ様によるファルネウス様の巡見使任命依頼を受け、こちらの動きを探るよう私に命じられました」
私はヘリンに頭を下げた。
「騙す様にしてフラーベル子爵領へお連れした事は御詫びします」
「アジェン帝国への渡航から一転してフラーベル子爵領へ行く事になった経緯は、褒められた物ではありませんが……結果的に大犯罪を炙り出す事が出来ましたので、殿下から罰を受ける事はありませんでしょう。とはいえ、多少の叱責はあるかも知れませんから、御覚悟を」
そう言って、ヘリンは書状を懐に仕舞い直した。
叱責はもう既に受けている。
「そう言う訳で、私から王太子殿下以外へ話が漏れる事はありません」
私は納得してヘリンに頭を下げ、御祖父様に向き直った。
「カダイフ女伯爵は……カダイフ家嫡女コーネリアを嫁入りさせて欲しいとするルハーン家の打診に腹を立て、爵位返上を申し入れて退室しました。王家がこれから説得するそうですが、爵位返上は覆らないでしょう。例え返上を撤回しても、婚約解消になる可能性は高いです」
昨日の王前協議の結果をかい摘まんで報告する。
御祖父様とヘリン殿は、揃って溜息を吐く。
「私は退室したカダイフ女伯爵を追いかけ、あの方から見た今までの経緯を伺いました。その上で……『巡見使』の件、人払いの上で王太子殿下へ直接報告したところ、報告書は直接王太子殿下へ急いで上げるようにと御指示がありました」
それから、私はカダイフ女伯爵から聞いた事、それに対する私の推理を伝えた。
御祖父様とヘリンは目を見開いた。
「……王家が動くか」
御祖父様に私は頷いた。
「父や長兄にもこの件は漏らすなと。侯爵家の耳目がどこにあるか分かりません」
御祖父様とヘリン殿は共に頷いた。
「例の代官の尋問は、どうでした」
「かの地で見聞きした事に対する尋問は、既に護送中に済ませております」
ヘリン殿に尋ねると、彼は、彼の目の前に置かれた分厚い報告書を指差した。
「あの代官は、ダーウェンで何が行われているかを知っていました。あそこでは大麻草の栽培だけではなく、精製、そして麻薬製造まで手掛けています。あそこに入れられた労働者の環境は炭鉱以下の酷い状況で、死亡率が高い。その為、近隣の領からも犯罪者が送られるだけでなく、知らずにやって来た移住者も彼の地に入れられます。代官はその移住者の受入もしていました」
やはり、あのガルデスにのこのこ付いて行けば、ダーウェンでの強制労働が待っていたのだ。
「麻薬の売り先については、何か聞けましたか」
「出来上がった麻薬は一旦ザグレフへ送られている様です。そこから先は、代官は知りませんでした」
ならば、ザッカリーア伯爵の関与もほぼ間違いないだろう。
ただ、ジョルド侯爵が関与している証拠がまだ無い。
このままいけば、フラーベル子爵とザッカリーア伯爵だけが切られる可能性が高いのだ。
「そこまでは護送中に尋問が済んでいますので、ザッカリーア伯爵領とフラーベル子爵領にて、第三騎士団にて裏付け捜査を秘密裡に進めています」
第三騎士団の……なんと、仕事が早いことか。
「それから、たった今ファルネウス様よりお伺いした内容は、これから裏付けを取るための尋問を進めます。あの代官も随分と折れてきているので、きっと今日中には纏まりますよ」
そうヘリン殿は嘯いた。
「分かりました。そちらは宜しくお願い致します。纏まり次第、王都へ向かいましょう」
「了解致しました。では早速」
ヘリン殿は礼をし、執務室を後にした。
「どうした、ファルネウス」
しかし私が動く様子が無い事に、御祖父様は訝しんだ。
「私はまだ、御祖父様に話がございます……亡くなった次兄、カルバネンについてです」
御祖父様は、溜息を吐いた。
「毒殺の疑いの件か。オラトリオがジョルド侯爵家関連の使用人の調査に否定的である以上、あれは、まだ何とも言えぬぞ」
「何を悠長な事を言っているのです」
御祖父様は知っていて惚けているのだろうか。そうとさえ思えてしまう。
「ジョルド侯爵に対する疑いが濃厚である以上、次兄の死についても第三騎士団の調査の手が入るに決まっています。そうなれば身内の醜聞が明らかにされるかもしれません。御祖父様も御覚悟ください」
「……身内の、醜聞だと? 何の事だ」
御祖父様はこの期に及んでも惚けるつもりらしい。
「母アドラウネは、カルバネンへ密かに遺書を書いていたのですよ。カルバネンも、自らの遺書にその内容を記し、私に託しました」
「……な、んだと……」
私の言いたい事がわかり、御祖父様は言葉が出ない様だ。
カルバネンが、埃を被った医学書に隠した遺書で私に託した内容とは……カルバネンが、実は私の母アドラウネの子だったという事。カルバネンの実の父は、なんと御祖父様だ。
アドラウネは結婚していたが、その夫は結婚前後に大病を患い、アドラウネと褥を共にすることは無かったという。その母を、妻を亡くして久しい御祖父様が見初め手を出したようだ。
アドラウネは妊娠を隠しながら夫を看病していたが……カルバネンが産まれる前に夫は亡くなり、アドラウネは御祖父様に密かに囲われる事になった。
「多くを言葉では語りませんが……入れ替えは、御祖父様の差し金ですか」
「……そうだ。あれは、小さい頃に高熱を発した影響で……出来にくい体になってしまった」
御祖父様の言葉から推測すると……父オラトリオは、小さい頃の病の影響で、子種が出来にくい体になってしまったようだ。
第一子バラントが産まれたのも、結婚から三年掛かっている。
そこから更に四年掛かったラフィーネ様の第二子は、健康な子として産まれなかったのだろう。
公爵家と父夫婦の体面を保つため、父夫婦やジョルド侯爵家に内密のまま、たまたま同時期に生まれたアドラウネの子と入れ替えられたのだ。どうやって入れ替えたかは知らないが。
赤子のカルバネンがジョルド侯爵家の用意した乳母に懐かず、アドラウネに懐いたのも、アドラウネが実母だったからだろう。
「私の時はどうしたのですか」
「関係は、あれには話してあった」
父オラトリオは、母アドラウネと御祖父様との関係は知っていたのか。
父が後妻として母アドラウネを娶ったのは、カルバネンの乳母としての母を守るためと、万一母に次の子が産まれても、その子が公爵家の子だという体面を保つため。つまり御祖父様と母の関係は続いていたという事。
そう、私も、御祖父様とアドラウネの子だという話だ。
これも次兄の遺書に書いてあった。
道理で父は、私を公爵領の邸に置いて、ほとんど会わなかった訳だ。
「私とコーネリアの距離感を見たジョルド侯爵が、王命を破談させる為に次兄に毒を盛った可能性が高いです」
「カダイフ家に対し、ルハーン家に本気で肩入れされると困るからか。でも何故、お前ではなくカルバネンだったのだ」
御祖父様は首を傾げた。
「父上が察した事は、ジョルド侯爵家も察したのでしょう。それに次兄が倒れたなら、ルハーン家としては必然的に、私を交易事業の後継に充てざるを得なくなります。父も長兄も面倒がって手を出してなかったのですから」
私の答えに、御祖父様は黙った。
王都邸の居心地の悪さに、自らに懐くカルバネンを連れ公爵領へ戻った母アドラウネを見て、カルバネンが実は御祖父様とアドラウネの子であることを父は察していたのだろう。
父のカルバネンとの距離感は、長兄バラントとの距離感と明らかに異なっていた。
ジョルド侯爵も、父との距離感の違い、そして乳母アドラウネとの距離感の近さに、カルバネンがラフィーネ様の実子では無い可能性を考えたのだと思われる。
どちらでも目的を達成できるなら、元々子爵家出身の後妻を母に持つ私より、ラフィーネ様の実子に偽装された次兄を害する方が、ルハーン家へのダメージも大きく、侯爵自身の溜飲も下がると言うものだ。
「遺書はどうした」
「一通り読んで、焼き捨てました」
次兄の遺書には、母の遺書は読んで焼き捨てたと書いてあり、私にも読んだ後焼き捨てる様指示していた。私は遺書を読んだ後、自室の暖炉の焚き付けに燃やして処分した。
「私達の口から洩れなくても、ジョルド侯爵から洩れる可能性は否定できませんよ。それでは」
私はその言葉を最後に、執務室を後にした。
御祖父様は、呆然としていた。
宣言通り、その日の夜にはヘリンは尋問を終えていて、既に報告書の叩き台を作成済だった。
私はヘリンと打ち合わせを行い、報告書の最終確認と清書を済ませた。
翌朝私とヘリンは騎乗で王都へ向かい、その足で王城へ登城し王太子殿下の執務室へ向かう。執務室で、殿下へ報告書を提出した。
「報告書は受領した。たった今より、ファルネウス・ルハーンの巡見使の任を解く。ヘリン・バークスも副使の任を解く。大儀であった」
私とヘリンは、王太子殿下の前で礼をし、退室した。
「あれで、良かったのですか」
退室後、廊下を歩きながら私はヘリンに尋ねた。
「殿下の側近にも侯爵の耳目があるのです。これは、私が後で直接お届けします。それでは」
ヘリンと私は互いに礼を交わし、ヘリンは去っていった。
殿下に先ほど提出したのは、私が乗らなかったアジェン帝国との交易便の記録を元に、それらしく作った報告書だ。今回のカダイフ伯爵領への訪問と、カダイフ女伯爵の証言記録は、ヘリンから第三騎士団を経由して王太子殿下へ渡す手筈になっているのだ。
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