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16 王太子殿下への報告

 気持ちを落ち着けてから、王前協議の行われている会議室へ戻った。

 侍従に依頼し、私が戻った事を中に伝えて貰う。


「ファルネウス・ルハーン。入り給え」


 中からの王太子殿下からの声掛けに応じて入室する。

 そこには、カダイフ女伯爵以外の面々が揃ったままだった。


「ファルネウス・ルハーン、ただ今戻りました」

「して、カダイフ女伯爵の説得は、上手く行ったか」


 王太子殿下の質問には、首を振った。


「嫡子を差し出せというルハーン公爵家の打診に、カダイフ氏族側は怒り心頭です。説得を試みましたが、氏族の決定は覆る事は無いだろうと」


 そう言って私は胸に手を当て、親指をシャツの前立てに入れながら礼をした。

 この意味は、王太子殿下にちゃんと伝わるだろうか。

 特に、宰相閣下には勘付かれてはいけない。


「……そうか。残念だ」


 殿下は頷いた。


「こちら側の話し合いは終わっていて、お前とカダイフ女伯爵の話し合いの結果を待っていた。だが、物別れに終わったのなら、こちらの結論は出ている。後で公爵に聞くと良い」


 王太子殿下の言葉に頷く。


「宰相、それにルハーン公爵家の方々、御足労感謝する。この場は退出して頂いて構わない。ファルネウスは残って、私に『巡見使』としての報告をしてもらう。後で邸への馬車を用意しよう」


 王太子殿下は、この王前協議の閉会を宣言し、私に残るよう伝えた。

 私達は頭を下げた後、最初に陛下、次に宰相閣下、そして二人が去った後で父と長兄が退室していった。元々侍従達もこの部屋にはおらず、これで殿下と二人になった。


「直れ」


 足音が聞こえなくなってから、王太子殿下は頭を上げる様に言った。


「内密に伝えたい事があるとの暗喩は受け取った。カダイフ家に関する事か、『巡見使』としての報告の事か、どちらだ」


 先ほどの親指を服で隠しながら手を当てる仕草は、王家と公爵家だけに伝わる、周囲に悟られずに内密に意思疎通するジェスチャーの一部だ。


「先に一つ、殿下に御詫びを。私はまだアジェン帝国へ行っておらず、その間カダイフ伯爵領まで足を運んでおりました。カダイフ伯爵領の実態が掴めないまま、婚約者コーネリアとの連絡が途絶えてしまったため、急遽予定を変更して向かったのです」

「……何! お主、『巡見使』の権限を私用で使ったのか!」


 私の発言に、殿下は怒りを見せるが、私は首を振る。


「事前に現地で下調べをして、国へ報告されている内容と現地の実態に、大きな乖離がある事が分かってから、副使殿にも確認の上で権限を行使しました」

「動機は私的なもののようだが……私用で行使はしていないと申すのだな」


 王太子殿下は、怒りをまだ解いておられない様子だ。

 だが、まずは話を進めよう。


「まず殿下、カダイフ伯爵領についてどの様に御認識であられますか」

「使い道のなかった、王国南端の未開拓地であった王領を下賜して以来、順調に開拓を進めていると認識している。伯爵位に上げた時に、それまでと違う邸を改めて王家から下賜し、カダイフ家は王家の庇護下にあると示している。カダイフ家からの上申も無い所を見ると、運営は順調だったと見ているが」


 やはり、王家の認識はそうだったのか。


「現地で見た実態は、殿下の御認識とは大きく異なります。まず、届出されているカダイフ伯爵領ですが……領都ダーウェンは、隣領のフラーベル子爵が二十年前より実効支配しています。残りの領地も、十年前から」


 王太子殿下は目を見張る。


「カダイフ女伯爵の証言では、二十年前、フラーベル子爵が兵を率いてダーウェンを占拠し、カダイフ家はその南部に広がる未開拓地に追いやられたそうです。そして十年前、フラーベル子爵が再度兵を使ってカダイフ家を追い立て……カダイフ家は砂漠の端にまで追いやられました」

「その現状を、お主は見て来たというのか」


 王太子殿下の質問に頷いた。


「カダイフ伯爵邸は、砂漠との境に残された森の向こう、砂漠の端に建てられていました。建てられた当時はまだ、その場所にも緑が残っていたのだと思いますが……私が見て来た時には、砂漠に吞まれ始めていて、既に放棄された後でした」

「な、何だと……」


 王太子殿下が呻く。


「しかも、森を挟んで邸の反対側……フラーベル子爵が実効支配する側には兵舎が建てられていました。カダイフ氏族側が侵攻してこない様、監視していた物と思われます」


 王太子殿下は、カダイフ女伯爵の怒りの理由の一端を知り、頭を抱えた。


「治安維持用のもの以上の兵を持つ権限は、子爵位には無い。それに、今まで隠しおおせている事を鑑みると、単独犯では無いという事か」


 私は殿下に頷いた。


「では、今まで何故露見しなかった?」

「状況証拠とカダイフ女伯爵の証言から、恐らく宰相閣下が取り繕っていたと思われます」


 カダイフ家からの申し立ては、全て宰相が握りつぶしていた事。

 代わりに馬車、身装品、家庭教師など、貴族としての最低限の体面を保つ物は全て、子爵あるいは男爵相当の物でジョルド侯爵家が用立てていた事。

 王都の邸すら、ジョルド侯爵家が用立てたと偽ってカダイフ家に伝えていた事。

 これら、私がカダイフ女伯爵から聞き推測した内容を殿下に伝えた。


「ううむ……お主が人払いをした理由は分かった。その分では、カダイフ領の視察の者の買収に、国へのカダイフ家の税務報告すら改竄されている可能性は高いな。しかし、ジョルド侯爵がそうまでする理由は何だ」


 ここが核心だ。


「カダイフ伯爵領の領都ダーウェンとされる場所は現在、フラーベル子爵が直轄領として、柵で囲い立ち入りを禁止しています。柵の外から中を見ると……中では、大量の大麻草が栽培されていました」

「な……!」


 王太子殿下は蒼褪める。


「ダーウェンでは元々、カダイフ家が氏族内での医療に使うために、少量だけ大麻草を栽培していたのでしょう。ですが、彼等一味はダーウェン全域を大麻草の栽培場にしているのです。何故、彼等はカダイフ家を取り込んでいるのか……理由はお判りかと思います」

「ダーウェンは、カダイフ伯爵領都とされている。万一露見したら……真っ先に罪に問われるのは、カダイフ伯爵家という訳か」


 私は頷いた。


「それなら、カダイフ女伯爵は、伯爵邸から王都へ向かうのはどうしていたのだ?」

「宰相が御者を用意して、荷馬車でザグレフ……ザッカリーア伯爵領都まで行き、そこからカダイフ家用にジョルド侯爵が用立てた馬車で王都に来ていたそうです。用意周到な事に、砂漠の端からザグレフへ向かう間、御者が酔い止めと称し睡眠薬を飲ませ、カダイフの者達にダーウェンの現状を見せないようにしていた模様です」


 王太子殿下は頭を抱えた。


「大麻草の栽培を隠す事で、王家に直接訴え出られないようにする為か。それに荷馬車での移動では……あの地域の者は誰も、カダイフ伯爵の事は認識していないだろう。ザッカリーア伯爵も宰相に加担していると見える」

「恐らくそうかと。それに王命が出される切掛けとなった、入り婿だった当主とその嫡男の死去も……崖崩れなどではないようで」


 私がカダイフ女伯爵から聞いた内容を話すと、王太子殿下はまたしても呻く。

 報告すべき事はした筈だが、あと一つ、殿下に許可を貰わねばならない。


「巡見使として正式に現地に赴いた際、手前の街、フラーベル子爵領都の代官がカダイフ伯爵領への通行を妨害しました。彼はカダイフ伯爵邸の現状についても知っていたので、王家への報告の為に彼を拘束し、現在公爵領にて取り調べをしています。この件について、後追いではありますが許可を頂きたく存じます」


 私は頭を下げた。


「わかった、許可は早急に出す。お主は副使ヘリンと報告を早急に纏めよ。この件は王家が責任を持って捜査する。結果が出るまで、カダイフ家には爵位返上を待って貰わねば」


 私は、王太子殿下に首を振る。


「報告の件は了解致しました。ですが爵位返上については……」

「女伯爵は何か言っていたか」


 王太子殿下は、訝し気に私に尋ねた。


「私も説得したのですが……十年前、カダイフ家が砂漠の端に追いやられた際に、カダイフ氏族の中で、伯爵家と氏族運営の役割を切り離す決定がされたそうです。つまり、今の伯爵家は氏族長でも氏族運営に関わる立場でもなく、氏族の方針に口を出す権限は無いとのことです。爵位返上し王国と縁を切る決定が覆る可能性は、ほぼ無いものと思われます」


 私の報告に、王太子殿下は……拳を卓に叩きつけた。


「何たること……遅きに失したという訳か」


 殿下は、何度も拳を叩きつけた。


「……だがそれでも、ジョルド侯爵の件は捜査を急ぐ。王家を謀った者共に鉄槌を喰らわせ、カダイフ氏族の名誉と失地を回復せねば、王家の面目が保てぬ」


 殿下は顔を上げた。


「陛下と相談し、宰相に内密のままこの件の捜査を行う。お主も、公爵や兄君達には伏せろ。ルハーン家にも、ジョルド侯爵家の耳が無いとは限らん」


 私は頷いた。


「それと、クラーブ侯爵家から、薬草の精製技術に詳しい者が連れ去られている件」


 私がそう言うと、王太子殿下は目を剥いた。


「お主は……あそこの嫡男と友人だったか。その件は彼から内密に話を聞いている。今の話を聞いて感じたが、恐らく根は同じだ」


 ハルトは既に殿下の耳に入れていたか。私は頷いた。


「馬車を用意させる。報告の件は早急に頼む」

「了解しました」


 殿下に答え頭を下げると、殿下は足早に会議室を後にした。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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