15 女伯爵ルピア様との会談
いつもより長めです。
扉を出て、傍で警護していた騎士に話しかける。
「カダイフ女伯爵はどちらへ行かれたでしょうか」
「あちらの方へ歩いて行かれました」
騎士に礼を言い、女伯爵を追いかける。
しばらく行くと、先を速足で歩く女伯爵が居た。
「ルピア様、お待ち頂けますでしょうか」
私の声に、女伯爵が振り返る。
「……ファルネウス様ですか。私は先を急いでいます」
私に敵意の視線を向けて女伯爵が言い、また先へ行こうとする。
「昨日先触れしました通り、私がこの目で見て来たカダイフ伯爵領の現状について、お話させて頂きたく」
私がそう言うと、彼女は足を止めた。
先触れでは、私が自分で行った事は伝えていなかった。
「……少しなら、話を伺いましょう」
彼女は振り返って言った。しかしまだ、私に向ける敵意は変わらない。
そこへ、会議室から追ってきた侍従が私達に追いつく。
「会議室を用意しております。どうぞこちらへ」
という侍従の案内で、先ほどとは別の小部屋へ私と女伯爵が通される。
「それで、私に何の話でしょう。時間もあまり取れませんし、この際身分の差とかは結構です」
着席して、カダイフ女伯爵はそう言った。
貴族の儀礼で、時間を無駄にする気はないということだ。
「ダーウェン周辺とその南、カダイフ伯爵領とされている地域ですが……一体いつから、あのようにフラーベル子爵に占拠された状態だったのですか?」
カダイフ女伯爵は眉を顰めた。
「公爵家の貴方がそれを言いますか……と言いたい所ですが、生まれてもいなかった貴方は御存じないでしょうね。貴方はどこまで見て来たのですか? それによっては、話をしても良いわ」
公爵家の私がそれを言うか、とは?
疑問に思うが、彼女が諾としなければ話が進まないので、見た事を話す。
「フラーベル子爵領……少なくとも領都ハーウィルでは、カダイフ氏族の名は知られていても、平民達は誰もカダイフ伯爵領の事など知らない、行こうとすれば南門でまず阻まれます」
「まあ、そうでしょうね」
ルピア様は吐き捨てた。
「カダイフ伯爵邸は森の外、砂漠の端にまで追いやられていて既に砂に飲まれ始めていました。森のこちら側には監視の為らしき兵舎がありました。誰も居ませんでしたが」
「あそこまで行きましたか。誰も居なかったのは、私がこちらに来て、誰も邸に居なくなったからでしょうね」
ルピア様は頷いた。
誰も、という事は、コーネリアは、一体どこに?
「一番違和感があったのが、ダーウェンが子爵直轄地として柵に囲まれていて……そこで、大量の大麻草が栽培されていました」
「……えっ?」
ルピア様は、戸惑いの表情を見せた。
「ダーウェンの中には入れませんでしたが……柵の外からも良く見えましたよ」
「……大麻草の、大量栽培、ですって⁉」
ルピア様は驚いた。
あの邸からなら、絶対にダーウェンの傍を通る筈なのに。
ルピア様の反応は、まるで……ダーウェンの様子を、一度も見た事がないかの様だ。
「まさか、そんなこと……やはり、王家は全てを反故にするつもりか」
ルピア様が呟いている。
彼女の呟きに、王家とカダイフ伯爵家の間で、何らかの密約があった事が推察される。
「一つお尋ねしますが……あの邸から王都へ出る時、ダーウェンの近くを必ず通ると思うのですが、あの今のダーウェンの様子は見ていないのですか?」
「……ザグレフへ向かうのに、途中何もない道を、どれだけの時間荷馬車で揺られなければならないと思って? いつも出発して早々に御者に酔い止めを貰って、飲んで寝ていたわ。子爵に占拠されたダーウェンの様子なんて見たくもないし」
何だか、色々気になる点が出て来た、
「荷馬車? 伯爵様が?」
そう言うと、ルピア様が私を睨む。
「砂漠に追いやられ領地なんて無い私達に、伯爵という爵位に見合う馬車なんて用意できるとでも思って? 自前のドレスだって一着たりともありゃしないわ! 御者だって用意できなくて、何から何まであの方にお世話になっていると言うのに!」
怒りを露わにするルピア様に、私は頭を下げた。
「すいません、色々分からない事が多くて。ルピア様を怒らせるつもりはありませんでした」
「……何も知らない貴方に怒っても仕方ないわね。でもまあ、ファルネウス様が本当にあそこを見て来たのは分かったから、話を続けても良いわ」
敵意のある目は変わらないが、ルピア様は溜息を吐きつつも、話に応じてくれるようだ。
「ルピア様の言う『あの方』とは、いったいどなたの事なのでしょう?」
「宰相閣下……ジョルド侯爵様よ。王家には何も応じて貰えないけど、あの方には現状を話して色々と助けて頂いています」
宰相閣下は……カダイフ伯爵の置かれた現状を、御存じなのか。
「色々、とは?」
「それこそ、貴族としての全て……王都の邸、子供の家庭教師、馬車、ドレス……一切合切をね。フラーベル子爵は別の有力な家の庇護下で閣下の力は及ばないそうですが、出来る限りの事はさせて欲しいと、閣下の御厚意で手配頂いています。あの方には感謝しているのです。王家は何もしてくれませんし」
ちょっと待て。何だか……。
上手く言葉にできない。
だが、何がとは分からないが、今のルピア様の発言、何かがおかしいと私の勘が告げている。
「先ほど『御者も』と仰いましたが、あの邸から出る際の御者も、宰相閣下の手配なのですか?」
「私達に王都までの道なんて分かる訳ないでしょう。ザグレフまでの御者については、出発時期を宰相閣下の伝手の方に手紙で伝えて、その時期に来て貰っています。ザグレフから王都への御者は、現地でまた宰相閣下の伝手で用意して貰っています」
御者も宰相閣下の手の者だということか。
「ザグレフで御者が変わるのは何故ですか?」
「ザグレフに、伯爵家の馬車を置いて貰っているの。馬車も閣下から融通頂いたし、保管についても宰相閣下の御尽力でね。貴族らしく体裁の整った御者でないと王都には行けないだろうと、閣下が手配して下さっているの」
ということは、ザグレフを治める、南東地方の取り纏め役たるザッカリーア伯爵も、宰相閣下と繋がりがあるという事だ。
「あそこに追いやられて、氏族の他の方々はどうされていたのですか?」
「周辺の森に隠れ住む者も僅かにいるけど、大半は砂漠の奥にある、私達のオアシスにいるわ」
邸が砂に浸食されつつある今……完全に、砂漠へ追いやられた形だ。
「カダイフ氏族が、色々と大変な状況であることは理解しました。ところで、コーネリアも今はそのオアシスに?」
「……ええ、そうよ」
ルピア様は答えたが、一瞬何かに引っ掛かった感じがある。
「そうそう、前から貴方に聞きたい事があったの」
ルピア様は、私を睨むように尋ねた。
「娘が王都にいる間は、色々贈り物をあげたりして甘やかしていたわね。でも娘が邸に帰ってからの手紙は、文面だけは恋人同士の手紙のやり取りだったけど、贈り物は大したことない安物や、イミテーションの宝石とか、そんなのばかり届いていたわ。あれ、どっちが貴方の本音?」
……え?
私は、目を丸くした。
手紙と一緒に贈り物を送る際も、家で契約していた商人にオーダーメイドしていたのだが。
この間、手紙と一緒に送ったものも一点物だ。
ちょっと確かめてみようか。
「あの邸へ手紙が届けられる際には、どうやって届くのですか」
「いつも宰相閣下の使いが届けてくれるわ。フラーベル子爵の兵士達も宰相閣下の使いには手を出せないみたいでね」
……やはりそうか。
「それは、変ですね」
「……え?」
私の返答に、ルピア様は目を見開いた。
「私から出す手紙は、いつも同じ商人に預けています。彼は公爵領から、バジット伯爵領都……内陸のルエルという街へ運び、そこから別の商人によってハーウィルの代官に届けられます。代官から、恐らくダーウェンにいるフラーベル子爵の所へその手紙が運ばれているはずです」
あの歩いていた文官は、恐らく私の手紙を運んでいたと思われる。
実物を見た訳ではないので、念のため連れて来た代官を尋問するようヘリンに頼んである。
「……どういうこと?」
「手紙をルピア様に届けているのは、実際は貴方の毛嫌いするフラーベル子爵から送られた者なのですよ。フラーベル子爵の手で、私の贈った品物が安物にすり替えられていると思われます」
ルピア様は驚いている。
「え……でも、ちょっと待って。それって、やっぱり貴方の家と、フラーベル子爵には繋がりがあるって事じゃないの」
ルピア様は再び私を睨むが、私は首を振る。
それに、やっぱり、って何だ。
ルハーン家がフラーベル家と懇意だと、誰かが吹き込んでいるのか。
それは否定させてもらう。
「私がハーウィルを訪れ、カダイフ伯爵領へ行くために代官に通過許可を貰おうとしたら、彼は必死に私を行かせまいと邪魔をしました。結果的には、強引に馬に乗せて強制的に代官に案内させ、現状を聞き出しました。現状が余りに王家に報告されている内容と異なるため、代官を連れ帰って尋問しています。 フラーベル子爵と我々が懇意なら、こんな事はせずに済んだのですが」
「……」
ルピア様は絶句した様子だ。
「ちなみに、最近もコーネリアへの手紙と贈り物も出しているのですが、それが届いていたら見せて頂けますか?」
「ここへ来る途中、ザグレフで閣下の遣いの者から受け取ったわ。貴方が、というかルハーン家が信用できなかったから、いつも中身は私が見てから渡しているけど、今コーネリアは居ないから私が預かっているの」
中身を、見ているだって?
私が疑問に思っている間に、彼女は手荷物から手紙と贈り物の箱を取り出す。
見た所、手紙の封筒は確かに私がブラーに預けた物のようだ。
だが……いつも送る前に施している筈の封蠟が無い。
贈り物の箱には封筒との統一感が無く、全くの別物になっている。
「中身を検める際に封蠟は外したのですか?」
「……封蠟って何? それは、私が受け取ったままよ」
ルピア様は、きょとんとしている。
「通常、貴族家の出す手紙は、中身が勝手に配達人等に見られない様、手紙には蠟で封をします。その封蠟に公爵家の印章を押して、公爵家からの手紙という事を知らしめるのです。私がコーネリアに出す手紙も、同じように封蠟を施しています。ですが、この状態でルピア様が受け取ったという事は、届けられる前に中身が開けられているのです」
封筒を開け便箋を取り出すと、便箋を触った指先の感覚が封筒と異なる。
「手紙と便箋は必ず同じ紙を使う事で、中身のすり替えを防ぎます。ですがこの便箋も、封筒とは感触が違います。つまり、中身が入れ替えられています」
そう言って、便箋を開ける。ルピア様の目は丸くなっている。
筆跡は私に似せてあり、書かれている内容もほぼ私が書いた内容と一緒なのだが、私が書いたものと二つ違う部分がある。
「私の手紙をなぞって書いてありますが……贈り物の内容と、最後の私のサインが異なります。
贈り物のことを『私の瞳の色の宝石を使った一点物のペンダント』と私は記載したのですが……手紙では、単に『緑色の石のペンダント』だと書き直されています」
私は、もう一つの箱を開く。
中から出て来たのは、私が贈ったものとは似ても似つかない、小さなペンダント。
そこに設えられている宝石はマラカイト……銅山でよく一緒に採掘される、手に入りやすい石だ。大きさも私が贈ったものとは全然違うし、同じ緑でも、色味は全く異なる。
「見ての通り……贈り物は、私が手紙に書いた筈のものから、別物にすり替えられています。恐らくこちらのすり替えが目的で、それに合わせて手紙が差し替えられたと考えた方が良いでしょう」
今まで心を込めて贈った物が……すり替えられていたとは。
これなら……コーネリアに、ちゃんと聞いていれば、良かった。
「私は、伯爵家という爵位に関わらずカダイフ家の社交界での扱いが良くないこと、いつもコーネリアが身に着けていた物が伯爵家という爵位にそぐわない事に対し、何とかしたいと思っていました。私がルピア様を直接支援したりするのは筋が違うので、せめて婚約者として、コーネリアには精一杯の物を贈っていたつもりです」
すり替えられたペンダントを握る手が……怒りで震えてくる。
「王都で直接コーネリアに渡せていた分はともかく……こうして贈り物が安物にすり替えられ、私の思いが踏みにじられた事には、怒りを覚えます」
「……」
ルピア様は、黙ったまま目を伏せた。
「ともかく……カダイフ領が大変な状況だったのは分かりました。私も、もう少し早く調べる事が出来れば良かったのですが……」
ルピア様は首を振る。
「ルハーン公爵家としてはともかく……ファルネウス様個人の、私達へ歩み寄って下さる姿勢は、分かりました」
ルピア様には、私の本意は伝わったようだ。
これで、漸くルピア様から話を聞ける。ここからが本番だ。
「申し訳ありませんが、フラーベル子爵に追いやられた、今までの経緯をお聞かせ頂いても宜しいでしょうか。王都の資料と現状が異なり過ぎて、事態が把握できておりません」
「わかりました……まず、ダーウェンがフラーベル子爵によって占拠されてから、既に二十年が経っています」
そんなに前から?
「五十年前、砂漠に住まう民だった私達に下賜されたのは未開の地でしたが、それでも砂漠と違う、緑と水の豊かな場所は、私達には有難かった。ダーウェンの地に居を構え、穀物の育て方を教わり、周辺を少しずつ開拓していきましたが……ある日突然、フラーベル子爵が大勢の兵を連れてやって来て、王命だと言って私達をダーウェンから追い出した」
それが、二十年前か。
「それでも、その時はまだ、ダーウェンの南まで追いやられただけだった。もっと南の方には未開拓の場所が多く残っていたので、私達は開拓を進めました。その頃私は一人、名ばかりの伯爵令嬢として学院にも通い、王家から紹介されたダニエルを婿に迎え入れました」
亡くなったダニエル殿を想ってか、ルピア様は懐かしそうな表情をした。
「しかし十年前、フラーベル子爵は……今度はこの国と砂漠とを隔てる森の外にまで私達を追いやった。私達に残されたのは、砂漠の端に僅かに残った土地だけになり……私達は、砂漠での暮らしに戻らざるを得なかったのです」
女伯爵ルピア様は、一転悔しそうな表情を見せた。
「現状を訴え出ようとは思わなかったのですか?」
「二十年前も十年前も、私達を追いやったフラーベル子爵は『王家の命』だと言っていました。つまりは、これは王国としての方針なのでしょう。ダニエルは、現状を変える為に王家に掛け合うと言い、ダリス……息子と一緒に、領地を脱出しました」
「それが……崖崩れで、ダニエル殿が亡くなった訳ですか」
「崖崩れで、刺し傷が出来るとでも?」
女伯爵はキッとこちらを睨んだ。
さ、刺し傷だと⁉
「宰相閣下……ジョルド侯爵の配慮で、遺体を確認させて頂きましたが、夫と息子の体には……多くの刺し傷があったのです。口封じの為に殺されたと見ています」
「そんな馬鹿な……記録上は、崖崩れとされています」
女伯爵ルピア様は、私の言葉を鼻で笑った。
「しかも現場とされる場所には、見慣れない家紋の刻まれた血糊の付いた剣が数本、折れた状態で見つかりました……驚きましたよ。まさか、あの場で見た家紋の一つの家と、王命での婚約が結ばれることになるとはね。他の家紋も、バーネル家にチャスル家のものでした」
公爵家の家紋付きの剣が、揃って見つかったと。
これ見よがしに。
「つまりは、公爵家が結託してダニエル殿とダリス殿を死なせた。裏には王家が居るのではないか。そうルピア様は思った訳ですね」
「それ以外に解釈のし様があると?」
ルピア様は私を睨む。
「何度も、王家へ訴え出ようとしました。ですが……伯爵家の私達が直接陛下への謁見を求める事は出来ないので、宰相閣下に取り次いで頂きましたが……毎回『王家への謁見は認められなかった』と、残念そうに、悔しそうに私に話していました」
先ほどから、気になる事がある。
「王家は私達から奪うだけで何もしてくれませんから……宰相閣下は、貴族としての体面に必要な全てを支援してくれました。自分の裁量で出来る範囲でしかなく、申し訳ないと、いつも私に頭を下げて下さったのです」
そう宰相閣下のことを話す彼女の表情には、諦めが見える。
「王家は奪うだけ、とは? 領地のことだけではなく、ですか?」
気になって聞いてみた。
「土地だけではありません。私達の言葉も王国民の前で話さない様制限もされましたし、危険だからと言って大麻草の栽培も制限が厳しくなり、私達は自分達の服を織ることも出来なくなりました」
大麻草は薬の為だけでなく、服を織るために栽培されていたのか。
とはいえ、それは……。
「それでは、氏族に王国と同化せよと言われたも同然では無いですか」
私がそう言うと、ルピア様は頷いた。
「私達は、私の母の代……いえ、もっと前から、氏族の事をもっと理解して欲しい、王国側にも歩み寄って欲しいと願い、そう訴えてきました。ですが結局、王国側は自らの規則を変える事はありませんでした。そうして、私達は、私達であることを示す物を……奪われてきたのです。その挙句の果てに……コーネリアを貴方に嫁入りさせて欲しいという、ルハーン公爵家からの打診です」
そう言いながら、彼女は悔しさを滲ませた。
「私がハーウェルへ行っている間に、父が決めた様です。私は、反対していたのですが」
私は頭を振った。
「コーネリアは、私などよりよほど頭も良く、氏族の暮らしを良くする意欲に溢れていますし、ファルネウス様のお陰もあって社交界でそれなりに立ち回れます。娘が当主になれば、きっと今までの状況が改善される、何とかしてくれるに違いないと、私は期待を掛けていました。氏族の役目もあって、それを担う娘は皆から慕われてもいた。ですが……この国は、そんな期待の娘まで、私達から奪おうとした」
ルピア様は、私を睨んで続けた。
「母の願いでもあった、王国と氏族の融和……私の訴えを聞いて下さった宰相閣下の御尽力には、心苦しいですが……そういう理由で、私達はこの国を去り、砂漠へ引き上げる決意をしました」
ルピア様は立ち上がろう、去ろうとなさっている。
だが、今までの話を聞いて、私は大きな疑念を抱いた。
ルピア様に、是非話を聞いていただかなければ。
「待って下さい! 申し訳ありません……今少しだけ、私の話を聞いて頂けますか」
「……娘に良くしてくださったファルネウス様に免じて……少しならば」
彼女は立ち上がろうとするのを止め、話を聞く体勢に戻った。
「今までの話を聞いて……ルピア様は、カダイフ氏族の方々は、大きな誤解……いえ、間違った方向に誘導されているのでは、と感じました」
「……誘導?」
ルピア様は私を睨む。
「今までのルピア様のお話で私が認識したのは……宰相閣下と、南東地方の取り纏め役たるザッカリーア伯爵、そしてフラーベル子爵は、恐らく結託しています」
「……えっ⁉」
ルピア様は驚くが、彼女の宰相閣下に対する認識は、根底から覆さなければならない。
「先ほどの手紙です。私が託した商人から、別の者を経由しハーウィルの代官の手に渡り、そこから更に、ダーウェンに居るフラーベル子爵にまで渡ったことは確認しています。そこから、ザグレフで宰相閣下の手の者からルピア様の手に渡っていたなら、フラーベル子爵とジョルド侯爵には繋がりがある筈です」
「……」
ルピア様は目を見開き、口に手をあてて驚いている。
「伯爵家の馬車がザグレフで保管されているなら、あの街を治めるザッカリーア伯爵と、ジョルド侯爵の繋がりもある。それにザッカリーア伯は、フラーベル子爵を含めた近隣の貴族家の取り纏め役を任じられています。そして、今までその役を上手くやっているとも評価されています。この三者が結託してカダイフ家を陥れていると私は思います」
「陥れている、ですって⁉ ……まあいいわ、最後まで聞かせて」
ルピア様は驚きながらも、私に続きを促した。
「ルピア様があの邸からザグレフへ行く間、御者が貴女がたに酔い止めを飲ませるのは、ダーウェンが大麻草の栽培場になっている事を隠す為でしょう。違法な大麻草栽培を王都で訴えられたら、王家もルピア様より直接事情を聞かざるを得ません。そうなれば、万一大麻草栽培が露見した時、彼等は……カダイフ伯爵家に罪を着せる事が出来ません」
「な、何ですって……!」
ルピア様は目を見開き、肩を震わせている。
「最近になって、薬品の精製……濃縮技術を持つ者が、ある領地から攫われ行方不明になっています。最初は帝国へ攫われたのかと思いましたが……帝国の仕業と偽装して、行方不明の者は内陸の中継地の街へ連れ去られた事が分かりました。恐らくそこから、本来の目的地へ連れ去られている事でしょう」
ハルトの領地の事件も、ここに繋がると思っている。
「それが、ダーウェンだと? 濃縮技術って……それに大量の大麻草……まさか、それって」
ルピア様の問いに頷く。
「ええ。恐らく、今までも麻薬を作っていたのだと思いますが、より効果の高い物を作ろうとしているものと推測しています。国内で麻薬が出回っているという話は聞かないので……多分、ハーグ大帝国へ流されていると思っています」
ルピア様の肩が震えている。
「か、仮にそうだとして……どうして宰相閣下は、私達を支援していたの」
「カダイフ家を国に繋ぎ止めておいたのは、万一露見した時に、カダイフ家に罪を着せる為です。蔑まれる現状のまま放置しておけば、麻薬を製造した動機を捏造し易いですし、家格の落ちる子爵や男爵相当の支援であれば、侯爵家の懐はそれ程痛みません。それすらカダイフ家への周囲の蔑みを助長します。王家への申し立ては、宰相閣下が自ら握りつぶせば済む話ですし」
カダイフ家が蔑まれていたのは、伯爵家という家格に合わない身形や振舞をしていたことも一因にあると思う。ジョルド侯爵が本気で申し訳ないと思っていたら、伯爵位に見合う教育や身装品を手配し、伯爵家が自立できるように支援する筈だ。
しかし、今の支援の内容だと……蔑みを助長するものでしかない。
「もしかして……ダニエルとダリスの件も、宰相閣下が二人を殺したと?」
私は頷いた。
「遺体と現場を見せ、偽の証拠を残したのは、王家や私達公爵家に恨みを抱かせ……より一層、貴女がたを宰相閣下に依存させる為。王家を恨めば恨むほど、貴女方はますます宰相閣下を信用し、言う事を聞き、閣下の言いなりになる。例えば大麻草の高度な精製技術や、氏族が秘匿する他の高度な技術――もしあればですが、そんな物も、宰相閣下へ提供するかもしれません」
「……まさか……まさか、そんな事……!」
ルピア様は驚き、蒼褪める。
「私の話は、まだ、状況証拠からの私の推論に過ぎません。ですが……私は、国の正式な役職を得てフラーベル子爵領を、そしてあの邸を訪れています。戻って来たばかりですが、数日中には纏めて、直接王家へ報告を上げる予定です」
私は居住まいを正し、ルピア様に向き合う。
「必ず……必ず王家を、カダイフ家の為に動かします。ですから、ルピア様……爵位返上は、少し待って頂けませんか。お願い致します」
私は、ルピア様にそう言って頭を下げた。
「……明確な証拠は、あるのですか」
しばらく待って、ルピア様が言った。
「状況証拠はありますが……確たるものは、まだ」
私は正直に、現状を述べた。
「私個人の、ファルネウス様個人への印象はともかく……氏族として、最早ルハーン公爵家は信用していません。今の話をもとに氏族の者達を説得はしてみますが、確たる証拠が無いのであれば、皆を止めるのは難しいでしょう。何より、私には……氏族の方針に対して、口を出す権利すらありません」
……え?
私は、ルピア様の回答に戸惑った。
「どういう、事でしょうか」
「……十年前、フラーベル子爵が我々を砂漠の端にまで追いやった時。王国を信用できなくなった我々カダイフ氏族は、一つの重大な決定をしました。ラームハット王国から見たカダイフ伯爵家と、カダイフ氏族の運営に関する役割を、切り離す事にしたのです」
……それは、つまり。
「私達は……カダイフ伯爵家は、ラームハット王国に対する窓口と情報収集の役割しか、今では持っていないのです。氏族の運営に関わる役割からは、外されました」
ルピア様は淡々と話す。
つまり氏族からしたら……王家に謀られたから、我々も王家を謀ってやる、という訳か。
「カダイフ氏族側は、今までの仕打ち、そしてルハーン公爵家の打診にとりわけ怒り心頭です。私一人が反対意見を出しても……爵位返上し、王国と縁を切ると言う方針は、覆る事はないでしょう」
「……そう、ですか……」
私は、彼女の言葉に落胆を禁じえなかった。
ルピア様は、席を立ち上がった。
「ファルネウス様。今までコーネリアに目を掛けて頂き有難うございました。……残念ながら、もう会う事は、無いかと思います」
そう言って彼女は私に頭を下げた。
「そんな……もう、コーネリアに会う事は、叶わないのですか」
私の言葉に、ルピア様は……首を、横に振った。
「では、せめて……一緒になれる事を心待ちにしていた、変わらず愛している、と……ネリに、コーネリアに、お伝え願えますか」
私の頬を、何かが伝うのを感じながら、頭を下げてルピア様に願った。
「貴方様の誠意を、もっと早く理解していれば……いえ、今更それを言っても詮無き事です。ファルネウス様の言葉は、必ず……ありのまま、娘に伝えます。それでは」
ルピア様はその言葉を最後に、部屋を出て行った。
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