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14 王命の見直し協議

 ルハーン領都へ戻ってすぐ、ヘリンと共に御祖父様の執務室を訪れる。


「どうだった。コーネリア嬢には会えたか」

「いえ。それどころか、現地の様相は、書面上とは全く異なっておりました。何より現地で行われている事が重大な犯罪の可能性があり、証人を連れ帰りました。こちらで取り調べを行いたく」


 御祖父様は考え込んだ。


「……証人はこちらで預かる。後で、具体的な事を説明しろ」

「どうしてでしょうか」


 私は自らあの代官の取り調べをするつもりだったが、何故だ?


「一つ、お前に謝らねばならん」


 御祖父様は私に頭を下げた。


「ファルネウスが交易事業で成果を上げた故、オラトリオは、お前を公爵家の分家当主として交易を任せる事を決定した。説得を試みたが、公爵家から交易を切り離す事には首を縦に振らなかった」


 父が当主なので、御祖父様では説得しきれなかったのか。


「ですが、それでは王命はどうなるのです」

「それなのだが……お前がここを空けている間に、オラトリオは王家へ王命の撤回を申し立てた。その協議のため、陛下はカダイフ女伯爵とルハーン公爵家を召喚した。当事者であるお前が戻り次第、登城する様にとの要請が出ているのだ」


 私がカダイフ伯爵領に行っている間に、そんな事になっているとは。


「私が証人の取り調べをしようと思っていましたが、それではできないですね。では、取り調べは御祖父様とヘリン殿にお願い致します。それで、カダイフ伯爵家は既に王都に?」

「今回王都に来ているのは、カダイフ女伯爵だけだと聞いている。コーネリア嬢は領地だと」


 私が戻り次第という事は、カダイフ女伯爵と行き違いになっていたか。

 しかし、あの伯爵邸の様子では……コーネリアは一体どこに?


「それで、向こうでは何が起きていた」

「カダイフ伯爵領とされる地域は、実際は、隣領のフラーベル子爵が占拠しておりました。そして、カダイフ伯爵領都とされるダーウェンは柵で囲われ、子爵直轄地として立ち入りが制限されていました。柵の外から確認したところ、その中は家屋敷など全く見えず……大量の大麻草が栽培されていました」


 私の話す内容に、御祖父様は目を見開いた。


「医学薬学は門外漢ですが、証人の護送中にファルネウス様より伺いました。採取した現物は私の方で預かっています」


 横にいるヘリンも、私の発言に頷いた。


 大麻草は、外科医学を齎したカダイフ家が、この国に持ち込んだ植物だ。

 カダイフ家は大麻草から麻酔薬を作る技術も併せて提供し、これが外科医学の発展を大きく支えた。

 しかし大麻草からは麻薬も作る事ができるのだ。


 かつては、カダイフ氏族は持ち込んだ大麻草を栽培していた。

 それは必ずしも、医療の為の薬の製造だけの目的では無かったという。

 だが、王国民との交流が進むと……カダイフ領から勝手に大麻草を持出し、薬を密造しようとする王国民たちが現れた。

 事態を重く見た王国側は、大麻草の栽培数の制限、および栽培者を認可制とした。

 氏族側は反対したのだが……結局、徐々に栽培量を減らすことに同意した。

 今でも栽培や精製は国によって厳しく制限されている。


 あのダーウェンにあった大麻草畑は、国に許可されていたものとは思えない。


「フラーベル子爵は、あの領地や近隣領から犯罪者を受け入れ、その場所で強制労働させているようです。それにあの領では、それぞれの事情で生家を追われた移住者も盛んに募っていますが、移住者達の送り先も、同じくダーウェンだと思われます」


 御祖父様は額に手を当てた。


「それでは、カダイフ伯爵の領地は、邸はどこに」

「馬小屋と馬車庫だけは、砂漠と王国を隔てる森の手前側に置かれていましたが……邸自体は、その森の向こう側、砂漠の端にまで追いやられていました。馬小屋と馬車庫は、どうやらカダイフ伯爵家の体裁を取り繕うだけの為に、フラーベル子爵が置いたものの様です」


 御祖父様は唖然としている。


「証人はどういった者なのだ」

「連行した証人は、そのカダイフ伯爵領とされる地域の手前、フラーベル子爵領のハーウィルと言う街の代官、テュレル・ゲルンストと言う者です。私が正式にハーウィルを通ってダーウェンへ向かおうとした際、伯爵領は未開拓だからという理由で私の通行を妨げ街の通過を許可せず、猛獣が多いと言う理由で迂回すら妨げようとしました。実際にはそんな猛獣などいなかったのですが」


 御祖父様はヘリンの方を向いた。

 隣にいるヘリンは、目にした事実と相違ないと頷いた。


「また、強制的に彼にダーウェンへ案内させると、私を足止めした時の証言を翻し、ダーウェンをカダイフ伯爵領ではないと証言しました。ダーウェンを守っていた兵士も、『昔からフラーベル子爵領だ』と発言しています。そして代官は、砂漠の端の邸をカダイフ伯爵邸だと証言しました。子爵領都の代官職として、詳しい事情を知っていると思われたので、連行致しました」


 ヘリンが頷いたのを見て、御祖父様は腕を組んで考え込んだ。


「大麻草の大量栽培と、領地の不法占領か。かなり前からその状態だったらしい事を考えると、揉み消し工作がされているだろう。それは、フラーベル子爵領の単独犯とは思えぬ」


 私は御祖父様に頷いた。


「これが王家の主導でなければ、この王都の政治の中枢に近いところに、黒幕が居ると思われます。証人の取り調べを王都側に任せる事はできません」

「……つまり、お前が巡見使として報告する間に、公爵領で取り調べをしろと?」


 私は頷いた。


「事は重大です。ヘリン殿と御祖父様にお願いできますか」


 私の答えに御祖父様は溜息を吐いた。


「わかった。お前は、とにかく王都邸へ行って、オラトリオに戻った事を伝えなさい」




 荷物を準備し、翌朝馬車で王都に向かった。

 先に御祖父様から早馬が出ていたのか、王都邸では執務室で父が待ち構えていた。


「明朝、登城せよとの陛下の命だ。今日は体を休めなさい」


 帰って来て直ぐに王都へ来たことを父は労ってくれたが、それどころではない状況だ。


「できればその前にカダイフ女伯爵と話がしたいのですが。訪問の先触れをお願いできますか」

「……受けてくれるとは限らんがな」


 父はそう言ったが、先触れを出してくれた。

 しかし……カダイフ女伯爵からは、謁見の後なら王城で会っても良いとは回答が来た。

 しかし、今日直ぐの訪問は断られた。


 翌朝、父と長兄と三人で登城する。

 私達三人は会議室に通された。

 そこには既にカダイフ女伯爵が来ていたが、彼女は一人で、コーネリアは来ていない。

 彼女の眼には私達ルハーン公爵家に対する敵意が感じられた。


 待っていると、宰相であるジョルド侯爵に先導され、陛下と王太子殿下が入室してきた。

 陛下が上座に、その横に王太子殿下が着席。反対側には宰相閣下が立つ。


「先般より、ルハーン公爵家三男ファルネウスを、カダイフ伯爵家嫡女へ婿入りさせるべく王命が出されていたが、前提条件が変わったと双方から申出があり、改めて協議を開くために皆を招いた」


 宰相閣下が宣言する。

 ルハーン家からの申し出は、御祖父様から聞いている。

 だが、カダイフ伯爵家からも?


「ルハーン公爵家側の申し立てでは、交易事業をファルネウスへ継がせるしかなくなり、婿入りが難しくなった。その為、カダイフ伯爵家よりコーネリアを逆に嫁入りさせる事はできないか、という申立てである。相違ないか」


 宰相閣下の言葉に、父と長兄は頷いた。

 私は帰って来たばかりで申し立ての内容も詳しく知らないので、頷く事ができない。

 そもそも、王命を覆そうというこの方針には納得していない。


「一方、カダイフ家側の申し立てである。カダイフ伯爵家としては、王命が出されて以来、ルハーン公爵家との信頼関係は無く、この王命による婚約を解消して欲しいというものである。相違ないか」


 信頼関係が……無い⁉

 しかし、家同士はともかく……私はちゃんとコーネリアとの関係を築いてきた筈だ。

 そんな宰相の言葉に、カダイフ伯爵家当主、ルピア様は……頷かなかった。


「当初は、そのように申し立てましたが……取り立て頂いてから五十年、この国は私共を受け入れず、技術だけを吸い上げ使い捨てようという魂胆の程は良く分かりました。ならば我々は何の意味もない伯爵位を返上し、我々の全てを引き上げさせて頂きます」


 奥に座る国王含め、発言したカダイフ女伯爵以外の全員が驚く。


「な、何を言っておる!」


 王太子殿下が声を上げる。


「書面が必要でしたら、また後日お送り致します。それでは」

「ま、待て!」


 国王陛下も声を上げるが、カダイフ女伯爵は立ち上がって礼をし、会議室を出て行く。

 国王陛下と王太子殿下、宰相閣下……皆唖然としている。

 だが、このままではいけない。私は発言の許可を貰うために挙手をする。


「……ファルネウスか。発言を許可する」


 王太子殿下が私の発言を認めた。


「この後、私がこの場に残っていても、この後の話し合いに加わる事は出来ないと思われます。実はカダイフ女伯爵との会談の予定だったのですが、あの方が退室されてしまいましたので、追いかけて会談に持ち込むべく、退室の許可を願います」


 私はそう申し上げて、陛下と王太子殿下へ頭を下げた。


「お主、『巡見使』としての報告はどうした」


 王太子殿下が私に詰め寄る。


「現在、公爵領にて副使が報告を整理中です。今しばらくお待ち頂きたく」


 私は頭を下げたまま返答した。


「……巡見使の件は別途聞く。だが取り敢えずは女伯爵を追いかけ給え。彼女の真意を聞き出してくれると有難い。話し合いの場は侍従に案内させよう」


「有難うございます」


 私は頭を下げたまま感謝を述べ、会議室を退室した。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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