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13 ブーゲンビリアは伯爵邸には咲かない

 ヨシュアには引き続きハーウィルに留まってもらい、私とヴァンとサリアは翌朝早く、北門からこの街を出て、一つ前の宿場町ジャッタンへ向かう。

 町に入り、一番の高級宿に行くと、身形の良い男が出迎える。


「いらっしゃいませ。何でしょう」


 歓迎するような口調だが、私達の身形は平民を装っているので、明らかに牽制だ。


「ルハーン公爵家からの遣いは来ているか。ファルネウスが来たといえばわかる」


 彼の牽制に怯まず背筋を伸ばし堂々と話すと、その男は頭を下げ、奥へ引っ込んでいった。

 しばらく待つと、中から文官の身形をした者と、御祖父様の所で見た事のある兵士長が現れる。


「ファルネウス様。お待ちしておりました。詳しい話は部屋で致しましょう」


 その文官は私に礼をする。

 それを見て、私が身分のある者と知ってか、宿の男も私に頭を下げる。


 彼が泊まる部屋に行き、用意された応接卓に座る。


「陛下の許から巡見副使として派遣されました、ヘリン・バークスと申します。先代公爵様からはあらましを伺っておりますが、具体的には何をなさろうと」

「カダイフ伯爵領は、この先の街ハーウィルの向こうにある事になっているのは、御存じか」


 ヘリンは頷いた。


「先に平民の身形でハーウィルに潜り込んで下調べをした。ハーウィルの住民はカダイフ氏族の事は知っていても、カダイフ伯爵領の事は知らない。平民や下級兵士達も、砂漠との端までが、昔からフラーベル子爵領だという認識をしていた」

「……なんと」


 ヘリンは驚きを隠せない。


「おまけに、ハーウィルの南門、つまりカダイフ伯爵領とされる地域への出口だけは異様に警戒が厳しく、出入りは制限されているそうだ。これでは、向こうで何か良からぬ事が行われている、と言っている様な物だ」

「少なくとも、国に対してその様な報告はされておりませんな」


 ヘリンは頷いた。


「そこで、明日の朝、正式にハーウィルを通過して、カダイフ伯爵領都とされるダーウェンに向かう。迅速な調査をしたいので騎乗で行きたい。ヘリン殿は、騎乗でも大丈夫か」

「私でしたら御心配無く。馬も、ファルネウス様と私を含め十二人分、用意出来ております」


 ヘリンの言葉に私は頷いた。



 翌朝、サリアの手伝いで正装に着替える。

 ヴァンとサリアはここに残し、私はヘリンと、彼の連れてきた兵十名と共に、騎乗で再びハーウィルに向かった。


 ハーウィルへは歩いても二時間弱で着く距離で、騎乗だと一時間もかからなかった。

 騎乗のままハーウィルの北門に近づくと、明らかに門番たちが慌てだすのが見える。

 速度を落とし、北門の前で止まると、門番長らしき者が近づいてくる。


「どちら様でしょう。御用件を」

「私はルハーン公爵家のファルネウスという。カダイフ伯爵領へ向かうため、ハーウィルを通過させて頂きたい」


 カダイフ伯爵領の名前を出すと、門番長が慌てた。


「私には権限がありませんので、代官をお呼びします。馬を降りてお待ち頂けますか」


 門番長はそう言って、別の門番に代官屋敷へ連絡するよう伝えた。門番の一人が街の中へ走っていく。


 馬を降りて一時間程待っていると、数人の文官と思しき人物が慌ててやって来た。

 その中でも一番上等な服を着ているのが代官だろう。


「貴方が代官か。ルハーン公爵家ファルネウスだ」

「私は、領主フラーベル子爵よりこの街の代官を任されております、テュレス・ゲルンストと申します。門番長がお伺いしたと思いますが、今一度、御用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 代官ゲルンストは、慇懃に用件を訊いてきた。


「カダイフ伯爵領へ向かうため、ハーウィルを通過させて頂きたい」


 門番長へ言ったことを繰り返す。


「カダイフ伯爵領は……開墾が進んでおらず、いささか、公爵家の方をお迎えするような環境が整っていないと聞き及んでおります。それに私共としても、公爵家の方をお迎えするのは誉でございます。今しばらくハーウィルに御滞在頂き、カダイフ家にはこちらから使いを出してお越し頂く形では如何かと」


 代官は頭を下げたまま言う。

 ガルデスの話では、フラーベル領での開墾作業の名目で、ここで人を集めていた筈だ。それが、代官の話ではカダイフ伯爵領で開墾が進んでいない事になっている。

 やはり、何かおかしい。


「我々はカダイフ伯爵家に用がある。歓待の申し出は有難いが、少々急を要する故、フラーベル子爵殿には帰りにお目に掛かりたいと思う」


 私の言葉に、代官は首を振った。


「ですが……向こうは少々、その……」


 代官は言葉を濁す。


「はっきり言って貰わねば、こちらとしても判断できぬ。通れない訳でもあるのか」

「……ですから、その、まずはこちらに御滞在頂きたく。領主様が不在ゆえ、我々では判断できませぬ。明日には戻るかと思いますので」


 時間稼ぎか。その手には乗らない。


「そうか、理由を言わず引き延ばしに掛かるなら、お主には頼まぬ。者共、行くぞ。この街を迂回してダーウェンに向かう」


 ヘリンと兵達に声を掛け、再び騎乗する。


「ちょ、ちょっとお待ちください! なりませぬ!」


 私が行こうとすると、慌てて代官が止める。


「お主はこの街の代官だろう。お主が許可を出せぬなら、少々遠回りだが街を迂回するまで。それを止める権限はお主には無いはずだ」


 そう返答すると、代官は一瞬言葉に詰まる。


「こ、この辺りの、街の周囲は、猛獣がおり、迂回は危険でございます。第一、公爵家の方が、カダイフ伯爵家に如何な御用なのですか」


 我々にダーウェンに余程行かせたくないのだろうか。

 代官は必死に言葉を紡ぐ。


「カダイフ伯爵家コーネリア嬢は私の婚約者だが、連絡を絶ってしまっている。彼女の状況を調べに来た。これ以上、お主と問答する必要性を感じぬ。行くぞ」

「わ、わかりました、私が案内致しますので、準備にお時間をください」


 代官は私の馬の前で頭を下げる。こうして行方を邪魔して時間を稼ぐつもりだろう。

 だが、代官自身が案内すると言質が取れたので、それを逆手に取ってやる。


「二日三日と準備を待つ余裕は我々には無い。だがお主が案内してくれるのなら、早速案内してもらおう。誰か、代官を馬へ御乗せせよ」

「私が一番軽いので、私の馬へ」


 兵の一人が申し出る。


「よし、案内役の代官を丁重に乗せよ」


 命じると、他の兵士達が馬を降りる。


「何をなさる! お待ちを!」

「代官殿の案内という暖かい申出には感謝する」


 代官は叫ぶが、私達は無視して代官を馬に乗せる。

 その馬に乗せている荷物は、テキパキと他の馬に分乗させて、また各自の馬に乗る。


「では、行くぞ」

「ああああ!」


 代官の喚きは無視して、街を迂回してダーウェンを目指す。


 代官は馬に乗り慣れていない為か、受け答えする余裕も無さそうで、しがみつくのに必死だ。

 我々は勝手に畦道や山道を通って街を迂回する。


 南門から延びる街道に出たところで、速度を上げてダーウェンへと進んでいく。

 ヴァンと一緒に文官と出会った場所も過ぎて走っていると、街道の先に門が見える。

 門の横は左右に柵が延びでいて、柵の向こう側は、青々とした背の高い草が広がっている。


 代官ゲルンストに休憩させるため、離れた場所で一度馬を止める。

 馬から下ろし、水も飲ませて落ち着かせてから尋ねる。


「ゲルンスト殿。あれが、ダーウェンか」


 代官ゲルンストは、まだ言葉を発する余裕が無いのか、無言で首を横に振る。


「そうか。少し落ち着いたから、また出発しよう」


 そうして再度騎乗し、門へ近づいていくと、今まで開いていた門が閉められていくのが見える。

 門の傍で馬を止めると、門は閉められ、門の上の櫓に数名の兵がいる。

 門の上には旗が掲げられているが……その旗に描かれているのは、フラーベル子爵家の家紋だ。


「お前たちは何者だ」


 櫓の上から誰何の声がする。


「ルハーン公爵家、ファルネウスという。ハーウィル代官ゲルンスト殿の御好意による案内で、カダイフ伯爵領ダーウェンを目指しているが、ここはダーウェンではないのか」


 私が答えると、しばらく櫓の上で兵が話し合っている様だった。


「ダーウェンはここだが、昔からフラーベル子爵様の直轄地で、子爵様の命により現在立ち入りを制限している。カダイフ伯爵領というのは知らないが、カダイフ伯爵邸なら、ここを迂回して更に南に行った先にあるので、そちらへ参られよ」


 ここがダーウェンなのか。

 では何故、フラーベル子爵の家紋の旗がはためいているのか。

 だが、巡見使という肩書は明かしていないが、明かしたところで検める権限も無い。

 あの兵士達も態度を変えないだろう。


「了解した」


 そう兵達に答え、馬を左の塀沿いに走らせた。


 走らせている間、塀の内側に生い茂る青々とした草を見ると、背丈は人より高く、尖った形の葉が掌のように広がっている。

 塀を超えて伸びている茎を切ってみると、葉の縁は鋸の歯のように切れ込んでいる。そして何より、独特の青臭い香りがした。

 私は、切り取った茎と葉をヘリンに見せる。


「これは?」

「……後で説明するが、これは重要な証拠品だ」


 ヘリンには、見ても分からなかったらしい。取り敢えず背嚢に仕舞い、先を急ぐ。


 塀で囲われた地を迂回し、南へ延びる道を更に進んでいくと、ずっと向こうに、何かの境界のように、山などで遮られるまで左右にずっと森が延びている。

 その森の手前で道は行き止まりだが、その行き止まりの場所に、何か建物が見える。


 その行き止まりまで行くと、そこにあったのは小さな建物が三つと、大きな建物が二つ。

 他には、少々の畑がある程度だ。


 小さな建物は、二つは兵士達の詰め所や宿舎のようだったが、あとは普通の家程の大きさの倉庫。用具入れや食料庫になっていた様だ。

 大きな建物は、一つは正面の扉の大きさからすると、おそらく馬車庫のようだ。中は二台ほどが停められるようになっている。

 もう一つは馬小屋で、馬房が六つほど設えられていた。


 だが、ここまで来ても、コーネリアが住んでいたらしい邸は無い。


「カダイフ伯爵邸はどこだ」


 代官はハァハァと喘ぎながら、道の行き止まりの更に先を指差す。

 その指差す先は森の中、鬱蒼とした草が生えているが、なんとか人が通れそうな道がある。

 馬たちを繋いで休ませ、三人の兵士を残す。私達は代官を連れてその細い道を歩いていくと、段々とその木々の向こう側に、何かの建物が見えてきた。


 更に進んで木々を抜けると、その建物は……生垣に囲われた小さな邸と、その横の倉庫だけ。


 邸の周りは砂地になっている。その砂地は、見渡す限りの砂漠へと続いている。

 生垣は枯れていて、葉はほとんど落ち、砂は生垣を越えて敷地内にも浸食していた。

 葉の落ちた生垣に近づくと、枯れた茎には薔薇ほどではないにせよ、所々棘がある。わずかに残る楕円形の葉は、王都のカダイフ伯爵邸で見たものと似た形。

 これは……ブーゲンビリアの生垣だったのだろう。


 邸の方は、窓には全て鎧戸が落ち、扉は表側に閂が落とされている。その扉の下の方は、既に砂に覆われている。人のいる気配も無い。

 倉庫の方も、扉の表側に閂が落ちているのは同じだ。


「ゲルンスト殿、これは一体どういうことか」

「私は……ここが、カダイフ伯爵邸だという事しか知りません」


 私が代官に尋ねても、これ以上は答えない。


 倉庫の前は、砂の浸食は邸の前ほどでは無かったので、閂を外して開ける。

 どうやら用具入れで、最近まで使われていたようだ。

 残されている用具は、例えば鉄製の用具には錆が多いなど状態が悪いものばかりだ。空いている場所がちらほらあるので、状態の良い物だけ持ち去ったのだろう。


 邸の扉の前を埋める砂を、用具入れにあった錆びたショベルを使ってどかせ、閂を外して扉を開ける。

 三人の兵士に代官を見張らせ、私とヘリン、残りの兵士で中に入る。


 中は邸としての体裁は最低限整えられていたものの、調度品の類はすでに無く、生活感が無い。やはり砂に浸食され、生活できなくなって引き払ったのだろうか。

 執務室らしい部屋に入ると、左右の壁が本棚や書類棚らしきもので埋め尽くされているが、置かれているのは人形や小物類だけ。奥の執務机側だけは何も置かれていないが、こちらにだけ本や書類が置かれていたのか、四角い形の跡がある。

 執務机にはペン立てだけが置かれ、机の上や中には何も残されていなかった。


 他の居室や使用人部屋らしき部屋も全て見て回ったが、どの部屋もベッドは木枠だけが残され、机にも何も残っていない。


「邸が引き払われて、それ程長い期間は経っていないでしょう。引き払われたのは、長くてここ一年以内でしょうね」


 ヘリンが言う。私は頷いて、彼に続きを促す。


「森の向こう側は中まで綺麗に整えられていました。恐らく馬と馬車があそこにある間は人が居て、管理されているのでしょう。ただ、間にある森を隔てて、向こうの建物とこちらの邸の印象が余りに違うのが気になります」

「代官殿に、確かめねばならんな」


 私達は邸を出て、休憩している代官の元に戻った。


「ゲルンスト殿。向こう側の、馬小屋と倉庫を管理していたのは……フラーベル子爵殿か」

「あの森のところまでが、領主様が伯爵様から管理を受託しております」


 代官は答えた。

 街の者は誰もカダイフ伯爵領のことは知らず、カダイフ氏族らしい肌の色の濃い者の姿を見ても居ない。住民にはフラーベル子爵領である認識だ。

 だが、代官が『受託している』と述べたということは、国での管理上はここがカダイフ伯爵領という認識があり、それを取り繕うために用意された回答なのだろう。


「代官殿、街で会った時は『カダイフ伯爵領は未開拓だ』と言っていたが、こちらの森とその近辺はともかく、それより向こうは随分と切り開かれているな」

「……ここは、未開拓でしょう」


 代官は目を逸らしながら言う。


「カダイフ伯爵領の管理を子爵が受託していると言ったのは代官殿だ。言っている事が合っておらぬ」

「……」


 代官は目を逸らしたまま、無言だ。

 口元が少し歪んでいるのは、街で咄嗟に口走った事を悔いているのか。


「それに、あの柵に囲まれた場所。あそこはダーウェンでは無いとの事だったが、兵士に聞けば、あそこはダーウェンだと言っていた。これは、どういう事かな」

「……他家の貴方から尋問される謂れはありません。いい加減、ハーウィルへ戻して頂けますか」


 代官は答えずに、さっさと自分を街に帰せと要求する。


「向こう側の馬車と馬は、どうしたのか」

「私には分かりません。いいから、街へ戻してください」


 代官は答える気が無いようだ。

 ……ここで分かる事は、これ以上は余り無いだろう。引き返すか。

 


 街道を戻って、フラーベル子爵が管理するというダーウェンを今度は反対から回り込んで、ハーウィルの街へ戻る。

 途中、西北に向かって伸びる細い道があった。その道との分岐点に、ダーウェンを囲む柵側に門が設置されている。

 門はやはり固く閉ざされていて、門の上の櫓にいる兵士達が私達の事を警戒している。


 私達は門の前で馬を止めて、兵士達に呼びかける。


「少々尋ねたいが、この道はどこへ向かうものか」


 門の前から西北へ向かう道を示して尋ねる。


「そちらはジャッタンを通って、ザグレフまで続く道だ。ただ、余り通る者はいない」


 見た所、普通の荷馬車も何とか通れるほどの幅だ。

 人通りも無さそうだが、それにしては妙に綺麗に均されていて、凹凸が少ない事に違和感を覚える。

 僅かに轍ができているが、普通の荷馬車の幅だ。


 ザグレフとは、ザッカリーア伯爵の領都の名で、この王国の南東地方の中で最も栄えた街だ。ザッカリーア伯爵はフラーベル子爵を含めた、この南東地方を治める貴族家の取り纏めを行っている。

 そして、通過点にあるというジャッタンとは、私達が出発した宿場町だ。

 あそこの宿場でザグレフへの道標は見た記憶があるが、ここダーウェンへの道標は無かった気がする。後で確かめよう。


「余り通る者は居ないというが、道がある以上通る者が居るだろう」

「たまに南の伯爵さんが通るが、それ以外は近隣の畑を管理する農民たちが使う程度だな」


 南の伯爵さんというその言い方に嘲りを感じる。

 それにこの道は、とても貴族家の馬車が通るよう整備された道ではない。


「わかった」


 一瞬、このままこの道を使ってジャッタンへ走るかと頭を過ったが、私は櫓の兵士達に返事をしてハーウィルへ戻って行った。



 ハーウィルの南門へ戻ると、ここだけは物々しく十名ほどの門番兵が門の前に居た。

 私達が騎乗のまま近づくと、門番兵たちは門の前で行く手を阻むが、馬の上に草臥れた代官の姿を見て、門番兵たちは戸惑う。


「代官をお連れした。そこを開けて貰おうか」


 門番兵たちは馬に乗せられた代官の方を見る。

 代官は、話す気力が無いまま頷いた。騎乗に慣れていないこの代官殿は歩いて帰る気力も無いようで、このまま代官屋敷まで戻して貰おうと思ったのだろう。


 私達は代官を乗せたまま、騎乗のまま街に入る。

 ……だが、色々事情を知っていそうな彼を、このまま帰す訳には行かないのだ。


 街の中心近くにある代官屋敷を通り過ぎ、私達はこのまま北門へ向かう。


「おい、私を降ろせ!」


 代官が叫ぶが、私達は彼を無視し、無言のまま北門までやってくる。


「おい、門番、この者達を止めろ!」


 代官が北門の門番に指示し、門番たちは私達の行く手を塞ぐ。

 私は門番たちの目の前で馬を止め、騎乗のまま、懐から任命書を取り出して広げる。


「私、ファルネウス・ルハーンは、陛下より『巡見使』を拝命している」


 陛下のサインと国章が記された書状をみせると、代官や門番兵達に動揺が走る。


「この度カダイフ伯爵領の視察に来たが、国に登録されている情報と余りにも実態が異なる上、この者、ハーウィル代官テュレル・ゲルンストが虚偽の申告で視察の妨害を謀った。それ故、彼を取り調べの為に連行する。私は国の直臣であり、君達に我々を妨げる権利は無い。そこを開けたまえ」

「ま、待て! 巡見使に捜査権限は無い筈だ!」


 代官が反論する。だが、普通馴染みの無い巡見使という役職にも思い到るところを見る限り、ここを探られる可能性を色々検討し、対策まで考えていたとも思える。


「ダーウェンが子爵に不当に占拠されている現状を検める権限は、確かに巡見使には無い。しかしな、報告に必要な処置を取る権限くらいはあるのだ」


 私はそう言って兵達に目配せする。


「お、おい、何をする! 離せ!」


 兵達は、騎乗のまま代官に縄をかけ、猿轡を嵌める。


「さあ、そこの門番達、そこを開けろ」


 そう門番兵達に詰め寄ると、彼等は渋々ながら道を空ける。

 そして我々は元の宿場町ジャッタンへ向け急いで駆け戻った。



 ジャッタンにて念のため道標を確かめたが、ザグレフへの道標と街道は確かにあった。

 しかしその反対側、ダーウェンへ向かう道標は無い。

 宿場町を出てダーウェンへ向かうだろう道は見つかったが、道の脇に生える木々は鬱蒼と生い茂って見通しが悪く、とても馬車や人が行き交うような感じではない。


 その道の端に家を構えている者がいたので話を聞いた。


「この道は、余り通る者がいないのか?」

「狩人や薬草の採取者が来るくらいだよ。ああ、偶に荷馬車が通るかな」


 その者は家の前で農機具の手入れをしながら答えた。

 荷馬車? カダイフ女伯爵の馬車は?


「貴族家の馬車は通らないのか?」

「こんな鬱蒼とした道を御貴族様が通る訳が無い。この先に町があるなんて話も聞かないしね」


 この道を通る者はほとんど居ないか。だから整備もされないと。


 その日は宿場町に泊まり、翌朝から馬車で代官を護送しながら、二週間かけてルハーン公爵領に戻った。


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