12 フラーベル子爵領での潜伏調査
ハーウィルまでの道中、ガルデスはやはり、何かと私達に貸しを作ろうとする。
背負う荷物をガルデスの荷馬車に乗せて良いという誘いは何度もあったが断った。
宿では親切を装って、勝手に私達の分まで部屋を取ろうとする。私達はガルデスの目の前で断って宿を出て、彼らを撒いてから違う安宿を自分達で取った。
挙句の果てには、道中で使いを先に出して私達の宿も確保しようとしたので、町の手前で「この町の宿は高そうなので、野宿します」と言って彼らの親切を断った。
その日の夜は、彼の手下達が周りの草木を揺らして私達を脅すまでしていたが、鍋をガンガン叩いて大きな音を出し、私達に見つかるまいとする手下共を逆に手分けして追い込んだりして、邪魔する奴等を追い払った。
翌朝、ガルデスの手下達の目に揃って隈ができているのには、三人で密かに笑った。
ハーウィルの一つ手前の町で宿泊したため、最終日は日中にハーウィルに到着した。
「日も高いし、早いうちに顔役に紹介……」
着いた途端、予想通り、ガルデスが早速私達を連れて行こうと声を掛けてくる。
「あ、あんた、もしかしてバッケス?」
偶々通りかかった体で、バッケス……ガルデス一行に名乗っていたヴァンの偽名で呼びかける者が現れる。見ると、彼は老け顔に変装していてわかりにくいが、多分ヨシュアだ。
「ん? ……おお、お前まさか、ヨークか?」
ヴァンも大げさに目を見開いて、ヨーク……ヨシュアに答える。
「ちょ、ちょっと待て、お前たち知り合いか?」
ガルデスは戸惑った顔で問いかける。
「ん、お前さん、バッケスの知り合い?」
ヨシュアがガルデスに問いかける。
「あ、ああ、彼らがこの地に移住したいと言っていたので、案内していたんだ」
「そうか。それは親切にどうも。俺は、この町に住んでいるヨークって言うんだ。バッケスは生まれた村が一緒で、昔から仲が良かった。しかしバッケス、お前もあの村に住めなくなっちまったか。移住するんなら、同郷の誼だ、ひとまず俺の家に来ないか。良い仕事が見つかるまで、俺の仕事を手伝ってくれると助かるんだが」
ヨシュアが、ガルデスを無視して私達を自分の家に招こうという。
「いいのか? もし良ければお願いしたいが」
「ま、待て待て!」
ガルデスが慌てて私達を止めようとする。
「俺なら構わんぜ。家は広いから、お前たち家族を入れるくらいは何でもない」
ヨシュアは敢えてガルデスを無視して話を進める。
「いや、だから、私が開拓の仕事を紹介すると言っただろう! 顔役にも紹介するし!」
ガルデスは必死になって私達を連れて行こうとする。
彼は女であるサリアの腕を取ろうとする。
が、サリアはうまく躱し、ガルデスは手を彷徨わせてしまう。
「いやあ、せっかくなら故郷の知り合いと一緒なら心強いですし。ガルデスさん、親切に道案内頂き、有難うございました。これ、少ないながらお礼でございます」
そう言って、ヴァンはガルデスに革袋を差し出す。中身は銀貨が数枚入っている。移住を求める普通の家族の旅なら、銀貨数枚はなけなしのお金だ。
「御親切に、ありがとうございました」
「お世話になりました」
サリアと私も、ガルデスに頭を下げる。
「ああ、いや、その、う、うん、……」
このやり取りは周りに見られているので、引っ込みがつかなくなって、とうとうガルデスはヴァンから革袋を受け取った。
「ま、まあ、知り合いが見つかって、良かったな。では、私達はこれで」
そう言ってガルデス一行は去っていったが……手下の一人に何事かを言い、その手下は一行を離れて行った。
「町はずれになるが、俺の家に案内しよう。こっちだ」
ヨシュアは私達を先導し、私達は雑談しながら彼に付いて行った。
彼の借りた家というのは、町はずれ、城壁に面した場所にあった。
家の中に入って扉を閉め、外の様子を中から窺うと、ガルデスの一行の中に見た顔が私達の後をつけて来ていた。
「やはり来ていましたね」
「これは今夜あたり襲撃されそうですね。あーあ、折角見つけた塒なのに……なあんてね」
ヴァンとヨシュアがそう言いあう。
「襲撃?」
「ガルデスにしてみれば、折角商品をハーウィルに連れてきたのに、目の前で逃げられたのです。なんとか、商品を確保したくなるでしょう」
私の疑問にはヴァンが答えた。言われてみればその通りだ。
「このままこの家を通りぬけて下さい。別の場所を確保しています」
そう言ってヨシュアは家の奥へと案内した。そのまま奥にある裏口を通り抜け、今度は住宅街の中へ入っていく。そして狭い路地を幾つか曲がって奥にある家の扉を開く。
「よくこんな場所を見つけたな」
「虱潰しに歩いていたら、たまたま見つけました。隣が貸主さんの家で、直接借りる事ができましたので、街中の不動産屋にはここを知られていません」
驚くヴァンにヨシュアが報告する。
隣家の貸主との直接契約なら、ここの情報が洩れる事はないだろう。
「ガルデスは手紙をどこに届けるのかな」
「この町の代官でしょう。でもそれは、さっきの家に手勢を送って私達を捕まえてからになるでしょうね。私達が見張りますので、ルース様はサリアと荷物を片付けていてください」
そう言って、ヨシュアとヴァンは着替えをして出て行った。
サリアと二人で荷物を片付け、休んでいると、ヴァンが一人で帰ってきた。
「ルース様、ガルデスは手下を十人ほど連れて、先ほどの家に踏み込んできました。空振りですから、その後で引き揚げて行きましたよ。そちらは引き続き、ヨシュアが追っています」
夜になってからだと思っていたが、ガルデスは焦っていたのかな。
「ここからどうしますか」
ヴァンが尋ねる。
「ガルデスが私の手紙を預けた先から、その手紙を届ける使いが出るなら、それを追っていく。そうでなければ、明日にでもダーウェンへ向かってみよう」
「であれば、一度ヨシュアに合流してきます。ルース様はサリアと、腹ごしらえをしておいて下さい。早ければ、この後出発するかもしれませんから」
ヴァンはそう言って、また服を変えて出ていく。
「では私は食事の用意を。ルース様は休んでいてくださいませ」
サリアは食事の用意に立って行った。
サリアの作ってくれた食事を食べていると、ヨシュアが戻ってきた。
「ルース様。ガルデスはこの街の代官屋敷に入っていきました。日も少し傾いてきましたので、今から配達員が出る事はないと思いますが、ヴァンが見張っています」
「それじゃ、私は買い物に」
サリアが代わりに出て行った。買い物ついでに、街の様子を探ってくるようだ。
結局、この日は代官屋敷に動きは無く、ヴァンやサリアも夕暮れ時には帰ってきた。
彼等が集めた情報を整理すると、小さいながらも子爵領の領都であるこの街には、領主の家族が住む館はあるが、この街は領主は常駐せず代官が治めている。
では領主はどこかというと、ここから南の方に領主の直轄地があり、大半はそこに詰めているらしい。直轄地は柵に囲まれていて、一般の立ち入りが禁止されている。
この街で罪を犯した者は、そこへ送られて苦役に従事するらしい。それだけで足りないのか、代官は近隣地域の犯罪者も受入れ、領主直轄地へ送っているという。
不思議なことに……この街の住民はカダイフ氏族の事は知っているが、カダイフ領の事は知らなかった。
立ち入りが禁じられる直轄地も越えたもっと南側、砂漠との境界には、砂漠の浸食を防ぐため森が開拓されず残っているという。その森までがフラーベル子爵領であるというのが、街の人の認識だった。
王都の資料の記載とは実態が違い過ぎる。
やはり、ガルデスが代官に預けたであろう私の手紙の行方を追わなければならない。
翌朝早く、ヴァンとヨシュアは変装して出て行った。彼らは代官屋敷を見張り、手紙を運ぶ者をつけるそうだ。
サリアも朝早く食事を用意した後、朝市での買い物と情報収集のために出て行った。
私はそういった調査はできないので、彼らが帰ってくるまで待機だ。
家の中で鍛錬をしていると、日が少し高くなってきた頃にヴァンが帰ってきた。
「代官屋敷から、職員の制服を着た男が一人、背嚢を持って南門へ向かっています。恐らくこのまま出ていくものと思いますが、南門だけは警備が厳しいです。西門から出て回り込みましょう。急いで準備を」
南門の先は、本来ならカダイフ領へ向かう方角だ。そちらの方角に領主直轄地があるなら、ここの領主は不当にカダイフ領を占拠しているのか?
南門だけ警備が厳しいなら、何か後ろ暗い事もあるのかもしれない。
私は人足の恰好をして荷物を背負い、商人の恰好のヴァンと西門へ行く。南門以外は緩いとヴァンが言う通り、門番はちらっと見ただけで通してくれた。
門が見えなくなる位に十分離れた場所で、街道から外れて林に入り、ヴァンの先導で獣道を通って南門から延びる街道を目指す。
街道が見える所まで出て来ると、街道を歩く制服の男が見えた。
私達は林の中を進んで先回りし、農夫の恰好に着替えて街道端で座りこみ、休憩している風を装う。
しばらくそこで待っていると、制服の男が歩いてきた。汗をぬぐいながら歩いているその男は、見た感じまだ若そうだ。私ほどではないが。
「お役人様、ご苦労様です」
そうヴァンが声を掛けると、彼はこちらに歩いてきた。
「良ければ、水を飲ませてくれ」
彼はヴァンが竹筒で飲んでいる水を指差す。
「へえ、どうぞ」
ヴァンが竹筒を差し出すと、彼は受け取って一気に水を飲み干した。
制服で歩いていた感じからも、こうして水を一気に飲んでしまう所からも、余り街道を歩き慣れていないのがわかる。恐らく代官屋敷に勤める若手の文官なのだろう。
「お役人さんが一人で歩くなんて珍しいですね」
「全く、若いからってこんな面倒な役を……領主様に手紙を届けるだけだと聞いていたのに」
ヴァンが飲ませたのは、自制心を抑える効果のある薬を混ぜた水だ。
歩き疲れて、水を一気に飲んでしまったせいか、口の回りが良くなってきている。
「手紙、ですか?」
「カダイフ氏族への手紙らしい。領主様に届けないといけないが、思ったより遠いな。おい、ダーウェンまでどのくらいだ」
どうやら、私の手紙を運んでいるのが彼らしい。
フラーベル子爵の領主直轄地と言っていたのが、ダーウェンの事なのか?
「まだ先じゃないですかね。行ったことはありやせんが、二、三時間はかかるかと思いやす」
ヴァンがそう答えると、制服の男は見るからに落胆した。
「二、三時間だと……良ければ、もう少し水を分けてくれないか」
ヴァンがこちらを見るので、私は頷いて、手に持っていた竹筒をヴァンに渡す。
「お役目ご苦労様です。こちら、持って行って下せえ」
「世話になる。これは駄賃だ」
制服の男は竹筒を受け取り、銅貨をヴァンに渡して歩いて行った。
男が見えなくなるまでその場で休んでいる振りをしてから、森に入って再び着替え直し、元来た道を戻っていった。
その日の夜、家に戻って四人で情報共有をした。
ヨシュアは、代官屋敷を見張りつつ酒場で情報収集をしていた。そこで聞いたのは、南門から向こうは領主の許可を得た者しか出入りできないそうだ。向こう側に住む人達相手の行商人も許可制になっているらしい。行商人が扱うのは日用品や食料品のみ許可されるという。
サリアが見聞きした街の様子だが、この辺りでは平民はライスという穀物を食べているそうだ。小麦も生産しているが、租税分以外も領主に全量買い取られるという。
そしてカダイフ氏族が砂漠に住んでいると知っていても、何故か氏族の者を見た人がいない。
カダイフ氏族の装飾品や珍しい果物は、昔は市場に出回っていたと老人たちは言っていたが、大分前から市には出なくなり、若い人はそういった物の存在も知らないそうだ。
予想するに、フラーベル子爵は本来カダイフ伯爵領である場所をある時期から不当に占拠している。ダーウェンに人を近づけない様制限して、そこで不正な何かをしている可能性がある。
コーネリアやカダイフ伯爵家の者達が、フラーベル子爵と一緒にダーウェンに居るのかは分からない。
だが、ダーウェンに近づけないので、潜伏調査をしてもこれ以上を知るのは難しいだろう。
あと、ガルデスが手勢を連れて一日中、街中をあちこち歩いていたらしい。これは、ヨシュアもサリアも見かけたそうだ。恐らく、私達を探していたのだろう。
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