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ブーゲンビリアの花は砂漠には咲かない  作者: 六人部彰彦


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11 カダイフ伯爵領へ

 領地に帰ったコーネリアとは手紙のやり取りを続けていた。

 彼女が帰ってしばらくは学院に入る以前の様に手紙が続いていたが、徐々に手紙が遅れ始めた。

 四カ月が過ぎた頃には、送った手紙に対して返事が戻らなくなってしまった。

 更に一カ月以上過ぎても返事が戻らず、流石に何かがおかしいと思い始めた。


 御祖父様の執務室を訪ねると、交易関係のものか書類仕事をしていた。

 御祖父様に人払いをお願いする。


「しばらくの間領地を空けたいと思います。戻るまでの間、御祖父様には交易事業の方をお願いできますでしょうか」


 暫く留守にする申出をすると、やっと御祖父様は書類から顔を上げた。


「一体どうした?」

「婚約者からの便りが届かなくなりました。カダイフ伯爵領の事をいつかは調べないといけないと思っていましたので、今のうちに訪ねてみたいと思います」


 御祖父様の眉がピクッと反応した。


「あんな遠い所、どうやって行くつもりだ」

「いつもコーネリアへの手紙を預ける商人の元に、下男として潜り込むよう頼んでみます」


 御祖父様は溜息を吐く。


「半月後にアジェン帝国行きの船が出るから、それまで待て。あと、お前にヴァンとサリア、ヨシュアも付ける」


 つまり、交易事業のためアジェン帝国に行く事にしろ、ということか。

 ヴァンとサリアは御祖父様に前から仕える使用人夫婦……そして御祖父様の護衛である。二人とも四十歳前後と経験豊富だ。

 ヨシュアも御祖父様に仕える者で、私より数歳上だったはず。


「下調べに少し時間がかかりますから、出立はそのくらいの時期になると思います」

「わかった。そうだ、今年の建国式典は節目の年だから、それまでには帰ってくるようにな」


 建国式典……ああ、そうだ。

 建国記念日の式典は、例年は王族と高位貴族家の当主だけで執り行うので、忘れていた。

 だが今年は建国百五十年にあたる節目の年。

 例年より盛大に、五十年前の式典以来の規模で行う事になっている。

 全貴族家の当主と当主夫人、十五歳以上の令息令嬢は全員出席をするよう、王家から通達が出ているのだ。


 カダイフ領の調査の下調べで、いつも手紙を預けるブラーという商人を訪れた。

 彼は公爵領の港で荷揚げされた商品をこの国の内陸部へと運んで売る商人で、御祖父様とも懇意にしている。


「ファルネウス様、ようこそおいで下さいました。ですが、お呼び下されば、邸へお伺いしましたのに」


 ブラーは私に頭を下げて言った。


「またカダイフ伯爵領への手紙を預けたい。あと、贈り物も」


 コーネリアへの手紙と、彼女が王都に戻ってきた時に贈ろうと思っていた装飾品をブラーに託す。


「アジェン帝国からの品が届きましたので、四、五日後には出立致します。その際に一緒にお持ちしましょう。……それで、他の御用件は何でしょうか」


 私がここにわざわざ来た理由を尋ねる。


「カダイフ領まで、どうやって手紙を届けている?」

「私が行くのはバジット伯爵領までです。そこから先は、フラーベル子爵領まで行く別の商人に託します」

 バジット伯爵領……ここから南東に、王国の内陸部へ入っていった場所で、ハルトの領から攫われた人物が送られたであろう中継地ルエルはその領都だ。ルハーン公爵領から、荷馬車での旅程で四、五日かかるらしい。ただ、そこからカダイフ領まではまだまだ遠い。

 一方、フラーベル子爵領は伯爵領のずっと先、カダイフ領の隣領になる。

 そこの領都ハーウィルまで行けば、資料上はカダイフ領までかなり近いはずだ。


 だが、ブラーは浮かない顔をする。


「ただ、バジット伯爵領からフラーベル領まで行く商人は、その……」


 何故か、ブラーが煮え切らない表情をする。


「手紙を預けるには、信用に欠けると?」

「いえ、今まで彼に頼んで問題無かったので、それについては大丈夫だと思います。ただ、その、彼の扱う商品が、何というか……疑わしいというか……」

「はっきり言ってくれ」


 ブラーは何を言い淀んでいるのか。


「……わかりました。フラーベル領で、その、常に移住者を募っているらしく。その商人、ガルデスというのですが、荷運びのついでに、住んでいる場所を追われた者に、そこへの移住を薦めて連れて行っているそうで……」

「つまり、そのガルデスには、人買いの疑いがあると?」


 ブラーは頷いた。


「他の商人には頼めないのか?」

「フラーベル領は僻地ですし、そこまで行く商人はなかなか居ないのです。他に頼む場合、遠回りになりますし、期間は倍ほど掛かるかと」


 それでは届けるだけで一月は掛かってしまう。


「わかった。あと、フラーベル領やその近隣で変わったことが無かったか、そのガルデスからは何か聞いていないか」

「いえ、特には何も」


 ということは、何か大きな事変があった訳でもなさそうだ。

 コーネリアやカダイフ領に何があったか、調べる必要性をますます感じた。


 ヴァンとサリア、ヨシュアも交えて、どのようにカダイフ伯爵領に潜入するかを検討した。

 打ち合わせた結果、私達は生まれ故郷を追われて移住する職人一家だという事にして、ガルデスにフラーベル領まで連れて行ってもらう事にした。

 ガルデスが人買いという可能性があることから、私達はフラーベル領で売られる前に姿を隠して、カダイフ領を調査しに行くのだ。

 ヨシュアだけは、行商人として一人でフラーベル領に先行し、下調べをしてもらう。


 だが、もう後一押しが必要だと考え、もう一度御祖父様に会うことにした。


「現地に潜入して調査はしますが、念のため、正式な肩書を得る事は出来ませんか」


 そう御祖父様へお願いした。

 調査する名目の立つ正式な肩書があった方が動きやすい事もある。


「アジェン帝国へ行くのにも通用する肩書でなければ、偽装にはならんな……お前は学院生だし、一時的で名目上のものなら、何とかなろう」


 御祖父様が父を通じて奏上したところ、出発直前に『巡()使』という肩書を拝領した。


 王家に任免され不定期に国内を回る『巡検使』という役職があるが、そちらは、各地で不正があれば王権の代執行として取締りを行う強力な権限がある。

 一方、私が今回拝領した『巡見使』にはそんな取締権限は一切無い。見分を広めて結果を報告する任にあるというだけの肩書だ。

 通常、国外へ赴く非役職者に一時的に授与されるもので、赴いた国に対し、国から正式任免された者だと示すだけのものである。

 だが、国内を見て回る際にも、この『国から正式任免された者』であるという点が生きてくるのだ。


「正式な肩書がある以上、正装も護衛兵も必要になる。護衛は公爵家で手配してくれとあるから、お前が出発してから、後追いで……そうだな、三日遅れで追わせよう。指示があるまでフラーベル領の手前で待機させる」

「ありがとうございます」


 私は御祖父様に頭を下げた。

 これで、潜入調査と、正式な肩書を得て踏み込む、という二段構えの体制ができたのだ。

 フラーベル領はそれほど広くないので、実質二日で下調べしろとの御祖父様のお達しだ。


 そういった準備を整えた後、ヴァンとサリアと私の三人を、故郷を追い出された職人一家としてガルデスに紹介してもらうよう、ブラーにお願いした。

 出発前に私は髪を黒く染め、頬の内側に綿を詰めて、人相を変えた。

 また、道中私はルースと名乗る事にした。



 ブラーと従業員達、そして私達一行はルハーン公爵領から南東へと向かい、五日掛けて、バジット伯爵領の領都ルエルまでやって来た。まだカダイフ伯爵領までは遠いが、ブラー一行はここで取引をして、公爵領まで引き返していくことになる。


 ブラーは自分たちの取引の前に、私達をガルデスに引き合わせた。


「彼らは故郷を追い出されたらしく、一家で移住先を探しています。確か、ガルデス殿には移住先の伝手があると、以前お聞きしましたが」


 そう言って、ブラーは私達をガルデスに紹介する。


「少し遠いが、南東に十日程行ったところにハーウィルという街がある。その周辺領地で、まだ開拓が進んでいない場所があってな。そこは、開拓した土地に対して納める税の優遇措置もある。新しい土地で心機一転するには良い場所かと思いますよ」


 ガルデスはこれから行く先の事を紹介する。

 ハーウィル周辺という事は、やはりフラーベル領か。

 だが……資料の上で調べた限り、フラーベル領に開拓話が挙がっていた記憶は無い。開発が進み、安定した領地だと記録されていたはず。


「あなた方がもしその気なら、ハーウィルで顔役に紹介してもよい」


 移住先で顔役に話が事前に通してもらえるのなら、以後の生活は楽になるだろう……それが、本当の話ならば。


「本当ですか⁉」


 ヴァンが驚く……振りをしている。彼は演技が上手い。

 私も目を見開き、サリアと視線を交わす。


「ああ。少し遠いが、そこへ行くなら一緒に行こう。道中の宿も紹介する。だが、食事や宿泊費なんかは、自前で用意してくれるか」


 私達は旅に必要なものを一通り揃えているので、それくらいの金はあると踏んだのだろう。


「十日分となると、少々心許ないのですが。そんなに遠くまで行くつもりも無かったですし」

「そうか。なら仕方ないか。だが、そんな場所でもなければ、余所者を受け入れてくれる場所は無いと思うがね」


 ガルデスはヴァンを突き放して言う。


「もし行きたいなら、金が無ければ多少は貸しても良い。私は何度もハーウィルと行き来しているから、向こうで働いて返して貰えば良い」


 そうかと思ったら、懐柔案を出してくる。

 ガルデスからは、こうした交渉に慣れている感じがする。

 彼は人買いだと思っておいた方が良さそうだ。

 彼に素直に従ってフラーベル領に連れて行かれたら、私達は売られて借金奴隷として苦役に従事する羽目になりそうだ。そしてガルデスに借りた分は買い手が立て替えてガルデスに返し、その分が借金奴隷の返済義務に上乗せされるわけだ。


「少し……家族で話をさせてください」

「まあ、少々なら待つが。長くなるようなら、無かったことにさせてもらう」


 ヴァンが家族の話し合いを求めたら、ガルデスは時間を制限する。

 適当なところで話を打ち切らせ、余裕を与えず決断を急がせるようなら、ガルデスはまず人買いで間違いないと思う。

 ヴァンが私達を集め、ガルデスから少し遠ざかる。話を聞かれないためだ。


「やはり、奴は人買いでしょうね」

「きっと、頃合いを見て『そろそろ行くが、どうする』って決断を迫ってきますよ」


 ヴァンが見切り、サリアも同意する。


「それで、どうします」


 サリアが私に方針を聞いてくる。


「ガルデスにハーウィルまで案内してもらおう。道中は馬小屋でもなんでも、安い部屋で宿泊費を抑えるのと、なるべく保存食は温存したい」


 私はあまり唇を動かさず、何を話しているかガルデスに悟らせない様にして話す。


「ハーウィルに着いてから売られる前に、私達は行方を晦ませてカダイフ領の調査に向かいたい。ガルデスから借りを作れば作る程、着いた後の騒ぎが大きくなるだろう」

「あの手合いはむしろ、勝手に宿に部屋を用意して、その分も貸しにしようとするとは思いますがね」


 ヴァンが言うが、その可能性は考えてなかったな。


「おおい、済まんが、私はそろそろ行かねばならん。それで、君たちはどうする」


 やはり、私達の話し合いを遮るかのように、ガルデスは決断を迫ってきた。


「わ、わかりました。ハーウィルまで()()()をお願いできますか」


 ヴァンが答える。

 お前には道案内しか頼んでない、と後で言い張るためだ。


「そうか、わかった。私達が連れて行ってあげよう」


 ガルデスはにこやかに言った。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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