09 学生寮での嫌がらせ
ハルトからの報告を受けてすぐ、父と御祖父様に次兄の毒殺の可能性を伝えた。
それを受けて、父は王都邸で、御祖父様は領地邸で、全使用人の精査をするという。
調査の結果、王都邸でも領地邸でも、それぞれ下級使用人の数人が解雇されたらしい。
しかし、下級使用人はあまり公爵家の面々と直に接する機会はほとんど無い。彼等の解雇理由も、手癖の悪さによるものだそうだ。
危険は去っていないと思っていた方が良さそうだ。
三年次の学院生活は、次兄を毒殺したと思われる勢力から危害を加えられるか、気を張りながら過ごすことになった。
とは言え、学院の本棟では周りの目も多い。
気心の知れた友人達に囲まれて生活していれば、本棟ではそれほど気にはならなかった。
問題は、人目の少なくなる学生寮と、学院の外へ出た時だ。
学生寮では個室が与えられているが、時折誰かが勝手に部屋に入って家探しされた形跡が残っていた。
狙われたのは、大抵の場合……学院の外から、私宛に何か届いた日だ。
と言っても、私には手紙くらいしか届かない。
家から届く場合は公爵家の封蠟がしてあるため、私が見る前に誰かが開けて中身を見る心配はない。
多分、その手紙の中身を確認するための家探しだろう。
手紙自体は、見られて困るものは、読んだ後ですぐに焼却処分している。
他に探られて困る物は置いていないが、腹が立たない訳では無い。
部屋を出る時は鍵を掛けているのだが、鍵穴も綺麗なもので、こじ開けた形跡は無い。
寮監の持つスペアの鍵を盗んでいるのか、あるいは寮監自体が関与しているか。
そこで私は一計を案じ、部屋の学習机の引き出しに、大きな鼠捕りの罠を仕掛けた。
何も考えずに引き出しを引っ張ると、手を思い切り叩かれる。
それも、骨も折れるかと言う強力な物を仕掛けておいた。
後日、また部屋が荒らされた次の日……学生寮の寮監を務める最上級生の右手には、包帯が巻かれていた。この寮監は騎士課程に属する、とある伯爵家の三男だった筈だ。
彼の家の背後関係を調べなければならないな。
だが、この嫌がらせも今回で終わりではないだろう。
次に家から手紙が届いた日の夜、私は寮の部屋のドアに中側から細工を施し、不用意に扉を開けると、振り子の要領で太い棒が突き出される仕掛けを作った。
廊下を挟んで向かい側には当たらない様に調節し、仕掛け自体で寮の設備を壊さないようにしてある。
これは領地での実技教育の一環で、森の中で獲物を捕らえる罠猟を学んだ時の事を生かしている。当時は教育の意義が理解できなかったが、万が一交易船に乗って難破した時の想定訓練だったと聞いた。
それがこんな形で生きるとは、何が役に立つか分からない物だ。
数日後、ネリ達と放課後の自主学習をしている最中、寮の自警団から呼び出された。
ある子爵家の三男が、部屋の前を偶々通っていた所、私の部屋からいきなり飛び出た棒に突き飛ばされ怪我をしたと主張しているそうだ。
私は自警団に大人しく同行し、事情聴取を受けた。
学生寮の部屋の中を何度も荒らされていたので、誰がやったか突き止める為に罠を仕掛けた、部屋の鍵は閉めていて意図的に扉を開けない限り罠は作動しない、と私は主張した。
そして部屋の罠が、鍵を外して扉を開けない限り作動しない事も実演した。
それに彼の主張通りなら怪我をしたのは脇腹の筈だが、もし体の正面に怪我があるならその主張はおかしい、と説明し、その子爵家三男が怪我をした体の場所を調べるよう自警団に求めた。
果たして、彼の怪我は体の正面、鳩尾の部分であった。そうなるように突き出される棒の高さを調整し、撃ち抜かれた後は痛みでしばらく動けなくなることまで狙ったものだ。
そして自警団の彼への尋問がより厳しくなった。
自警団から解放された後、四人での勉強会で一緒に居た皆にも事情を説明した。
コーネリアには心配を掛けてしまったが、顛末を説明するとほっとしていた。
だが、一緒に事情を聞いていたチェンとフェイファは大笑いした。
「部屋で猪でも捕まえるつもりだったのかしら」
「食える奴が捕まらなくて残念だ」
二人の冗談に私も乗る。
「もし猪が捕まえられたら、捌いて食堂に食材提供しようと思ったが……困ったな、内臓を埋めるための穴を掘る場所が無いぞ」
コーネリアも含めて三人は大笑いした。
私は、父に事情を説明し、彼等の家への謝罪を求めるよう依頼した。
結果、鍵を開けた寮監と怪我をした彼の、学院の退学処分が決まった。そして両方の家から謝罪と共に慰謝料が送られた。
これ以降、私の部屋を探られる動きは大人しくなった。
学院内は落ち着いたが、所用で王都の公爵邸に帰った時はそうも行かなかった。
邸の中ではともかく、外ではどこへ行くにも誰かが後を付けて来る気配がある。
邸内で毒を仕掛けられる事は無かったが、交易事業の商談を兼ねて外で食事をしようとした時、出された水差しの水に仕掛けられたことが一度だけあった。
チェンの銀箸を借りていなければ危ない所だった。
その店では何も口にせず、商談相手と和やかに話をして帰った。
邸へ戻ってから御祖父様と話し、背後を調べて貰うよう依頼した。
後日その商談で使った店の前を通りかかると……店は既に廃業していた。
御祖父様に訊くと、探ろうとする前に廃業されてしまい、背後関係は掴めなかった様だ。
青茶の販売は、順調に売り上げを伸ばしていった。
第四騎士団の団員が活き活きと働くようになり、書類仕事の多い者達の顔色が良くなり、全体的に第四騎士団の仕事振りが上がり始めたのだ。
そこで王城の上層部が調べ始めた所……最近仕入れ始めたという青茶の存在が注目された。
そこから、第二騎士団、第一騎士団からも注文が入り始め、胃もたれを和らげると評判になり、王城の文官達にも広まっていった。
そこから、文官達の青茶の評判を聞きつけた、王家からの注文も少量ながら入った。
両陛下や立太子した第一王子殿下には特級茶を、第二王子以下には一級茶を納めるようになった。
売上は公爵家に入るが、私名義の商会を通している為、利益の一部は私に入る事になる。
そうして私財が徐々に増え始めた。
他にも、他国の留学生達から聞いた話を基に、売れずに倉庫で眠っていた商品の販路を開拓し、利益を上げていた。
これらの動きは、公爵家の内外で、私が交易事業の後継として認識され始めることになった。
これを面白く思わなかった者もいた。
「ファルネウス。お前、カダイフ家に婿入りするなら、茶の販売など、交易事業に中途半端に手を出すな。お前の商会を寄越せ」
所用で王都邸に戻った時、長兄バラントが私に詰め寄った。
自分が第二王子の側近として侍る横で、家の事業に食い込んでいく私が気に入らないのか。
「売れずに困っていた商品の販路を私が開拓したので、私が利益を取って良いと御祖父様から言われています。婿入り後の商会の扱いは、御祖父様の指示に従いますよ」
茶の販売はもう勝手に売れていく状態になったので、紙面だけの商会を私から横取りして利益を掠め取ろうと考えたのだろう。
「チッ、お前に言っても仕方ないなら、父上を通じて頼んでみるか」
そう言って、長兄は去っていった。
商会は書面上だけのもので、実務は領地邸で働く交易担当者クレイが行っている。
ただ実際のところ、クレイが主導できるのは事務処理だけだ。
交易でどの等級をどれくらい仕入れるか、どのお客様にはどんな値段で売るかなど、意思決定は私が出しているのだ。
長兄に渡せば、多分何もせずに過ごし、売上が下がればもっと売れと騒ぐだけだろう。
それではクレイができる職分を超えてしまう。
クレイは他の物品を含めた交易全体の手続きを行っており、そっちに手が回らなくなる。
そうなれば、クレイはこの事業から手を引くはずだ。
長兄や父に名義を渡しても、そんなに細かい指示は出せないだろう。
公爵家へも利益配分を今まで通りする条件でなら、婿入りの手土産として、御祖父様は引き続き私に商会を持たせてくれるだろうと思っている。
私が引き続き行う方が、公爵家としても利があるのだ。
結局、父や御祖父様からも、長兄に商会を渡せと言われる事は無かった。
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