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「王太子殿下~」短編集

王太子殿下の婚約者は“主人公”のわたしに決まってたのに!

作者: Nakk

前作の後日談。ライナ編になります。

軽い気持ちでお楽しみ頂けたらなと思います。設定等も、やっぱり甘いです。

 



「あー、最悪......」




 寂れた修道院で、今日もまた綺麗になってるのかも分からない床の埃をボロボロの箒で掃いていく。


 なんで、わたしは今こんなことをやってるんだろう......

 今頃は“いちおし”のウィル様と、キャッキャウフフのラブラブ生活を送っていた筈なのに。


 わたしはライナ。

 この“乙女げーむ”の世界の主人公

 わたしの魅力で、攻略対象者である王子、宰相の息子や騎士の息子とラブラブ生活を送ることになっていたの。


 だけど、



「全っ部、あの女のせいじゃない!」



 バキッと持っていた箒を折ってあげたわ!

 今思い出しても腹が立つったらない!ないったらない!


 そう、ここは本来あの女が来る予定の追放された場所! そこにどうして主人公のわたしがいるわけ!?納得できるわけがないでしょうが!


 それもこれも、悪役令嬢の筈だったリタ・ローディルのせい!!


 この草臥(くたび)れた極寒の修道院にくるのは、あのリタって言う女の筈だったのよ! それを何!? なんで婚約者じゃないのよ!? なんでいきなり現れた妹の方が婚約者!? 婚約者を断罪して、わたしがウィル様の婚約者、果てはこの国の王妃になるはずだったのに! こんなの“げーむ”にはなかったのにぃ!!


 むしゃくしゃして、折った箒を床に投げ、近くにあった礼拝堂に並んでいる長椅子にドカッと座ったわ。 ハアとまた深い溜め息も出てくるってものよ。


 そもそもこの礼拝堂、誰が来るって誰も来ないのよね。 一番近くにある村も馬車で二時間はかかるし。 だから、わたしはサボり放題。 ここにいるのも基本数人。 私含めて四人よ、四人。 毎日毎日掃除する意味もさっぱりわからないわ。 お祈りの時間っていうのもあるけど、神に捧げる願いも祈りも何もないっての。 面倒臭い事この上ないのよ。


 お目付け役のシスターは反省しろしろうるさいし、ほんっと最悪。 反省って何よ、反省って。 わたし、何も悪い事してないじゃない。 食事だって固いパンと、少しの野菜スープのみ。 この仕打ち、酷すぎでしょ。


 “げーむ”の世界なんだから、ただ“げーむ”通りにしてやっただけなのに......なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ。



 あのね、わたしだってね、本来、この主人公に転生したこと自体不本意だったのよ? なんでよりにもよって、向こうの世界で全くつまらないって言われてた“げーむ”に転生って、ショック受けてたんだからね。


 ただ、わたしは、この“げーむ”に出てくる攻略対象者が好みだったのよ。 特にウィル様。 あんな美形に甘やかされて愛される生活を送りたいっていうのが普通じゃない。



 だから、攻略するために主人公になりきってやったのよ。



 それ以外で、あんなバカ女になると思う? わたしだって嫌だったわよ。 なんで石と友達になってんの? ばっかじゃない? あれやる時、どれだけ恥ずかしかったと思ってるのよ!


 思い出したらむしゃくしゃして、髪をガシガシ掻いてやったわ! あーほんと、恥ずかしいったらない! ないったらない!


 そうよ、思えばあの時からウィル様は変だったわ。


 本来、“げーむ”であれば私が石と友達になった後に、ウィル様が笑いながら助け起こしてくれるはずだったのよ。 それがあの時、全くなかった。 あれはウィル様が“げーむ”の存在を知ってたからだったんだ。


 ウィル様はわたしと同じ転生者っぽかったもの。 最後に“にほん”って言ってたから間違いない。


 だったら、あの痛い思いをして転んだ後、石と友達になった、わたしって......



 ただの、頭変な女じゃない?



「うっがぁぁぁ!!! ほんっと、さいってー!!!」



 誰もいないから、雄たけびもあげたくなるってものよ!! あの友達一号は速攻捨ててやったけどね! 時間が巻き戻るなら巻き戻したい!!


「ほんと......ロイで我慢しておけばよかった」


 叫んだおかげか、ちょっと落ち着いたわね。ロイのことを思いだしちゃった。


 ロイはあれでも宰相子息。 あっちでもよかったわ。 それにロイは転生者じゃなかったから、 簡単に落ちてくれたのよね。 見る見る内に、わたしの言う事信じていくんだもの。 ちょっと面白かった。 「優しい」って言っただけよ、わたし? それがロイを落とす言葉だったのよ。


 でも、そのロイも今や平民になったって王都を出る前に聞いたわ。


「ハーベル......アベル......」


 ハーベルもアベルもそう。 家から追い出されたって。 今じゃ本当価値がないわね。


「リタ・ローディル......」


 ......そうよ。 本当に全っ部あの女のせいだわ。 確かに“げーむ”では名前出てこなかったわよ? ウィル様の婚約者の公爵家の娘で、悪役令嬢だってことしかなかった。


 でも、誰もが言ってたじゃない! あの女が婚約者だって!! だからそうだって思うでしょ、普通!! なんっで妹がいるのよ!? そもそも“げーむ”に出てきてた婚約者って、あれ誰よ!? リタ・ローディルじゃないなら、誰よ!?


「あー!! 腹立つっ!!」


 ゴロンと長椅子に寝転んでやったわ。

 それに、きっとあの女もウィル様と同じ転生してきた口よね! だって、わたしに何もしてこなかったんだもの! 私の苦労返しなさいよ!

 ロイの婚約者たちからの悪口や嫌がらせをあの女のせいにしてやったり、階段から落ちるあの場面だって、実は相当痛かったんだからね!? あの一件で周りにいる人間もかなり好意的になったってのに、結局あの結末って!!



 落ち損! 完全に落ち損だわ!!



「......そういや、ロイたち以外の男共、何してるのかしらね?」


 ふいに思い出したわ。 あの男たち何してるのかしら。

 それにしても、男ってちょろいわよね。 ちょっと痛い振りしたり泣いたり、少し気丈に振る舞うだけで、あれだけチヤホヤしてくるんだから。


 あー、あれはよかったわよね。 何するにしても全っ部あの男たちがやってくれたんだから。 しかもあの男たち、ほんっと女の経験ないわね。 ちょっと腕に触れたりするだけで真っ赤になっちゃって(ロイもだけど)、しかも「ありがとう」って言っただけですっごい嬉しそうな顔してたわ。 思い出すだけで、ついニヤッとしてしまうってものよ。 またあの生活に戻りたくて仕方がない。


 どうせだったら、あの男たちにもっと貢いでもらえばよかっ......




「あーーー!!! サボってる!! シスター! ライナのやつサボってるよ!」




 …………あーうるさいのがきたわね。

 バタバタと音を立てながら走ってくるなって、何度も言ってるじゃないのよ。


「ライナっ! サボるのメっ!」

「あ、しかもまた箒折ってるっ! シスタぁー! またライナが壊したぁ!!」


 ハアって、また自然と溜め息が出てきちゃったわ。 わかった、わかったから、引っ張らないで。


 わたしの腕を引っ張って、無理やり体を起こしてきたのはまだ六歳の女の子のメリル。 シスターに告げ口しているのは、この子の兄のシリル。 あーやれやれ、あのネチネチうるさいおばさんも、呆れたようにツカツカと歩いて来たわ。


「......何度目です?」

「さあ?別にいいじゃない。どうせすぐ魔法で直すんでしょ」


 ふうと心底呆れたようにネチネチおばさん、じゃなくて、私の監視役のシスターが箒に手を翳し、見る見るうちにその箒は元の形を戻っていく。 それを見て二人はやっぱり大はしゃぎ。


「シスター! おれ、おれもできるようになるかなぁ!?」

「わたしも、わたしも!」

「魔法はちゃんと勉強しないと使ってはいけませんよ。 それに、あなたたちはまだまだ発育していく身。 健やかに成長し、ちゃんとした知識を身につけること。 封印処理を施すまでは無茶な魔力の放出はしないように。 今度の休みに来ることになってますからね」


 そう言って子供たちの頭を撫でているシスターに、二人は「はい!」って元気よく返事してる。


 はー、本当に便利な世界よね、ここは。 この魔法を誰もが使えるんだもの。 そりゃ人によって体内にある魔力量が違うとはいえ、さっきシスターが直した箒みたいな修繕魔法は日常的に使われているんだとか。 ま、わたしも使ってるけどね。 洗浄魔法は便利よね。 あれのおかげで毎日お風呂入らなくて済んでいるもの。


 ただ、子供は魔法を使うことは禁じられている。 その理由は一つ。 発育途中だから、魔力量が安定していない事。 そのせいで、魔力の調整が不安定なのよ。 自分自身で出来ないってこと。 中には暴走しすぎて、命を落とした子もいるんだとか。


 大体15歳ぐらいの時に魔力量は大方安定してくるのよね。 その年齢になるまでの子供たちは、教会で封印処理をしてもらうのが普通。 この子たちはまだ処理されていない子供。 だからシスターが常に目を光らせているってわけ。


 教会がない小さな町や村の子供たちは、年に一回、巡礼で来る教会の人たちにまとめて封印処理されることになっている。 それは孤児も関係なく、この世界に住んでいる人たちに義務付けられていること。


「はやく使えるようになりたいなぁ」

「大丈夫さ、メリル! 女神さまも言ってただろ? いい子にして、努力すれば、必ず報われるって!」

「うん、お兄ちゃん!」


 まーた言ってる。 この二人、孤児なのよね。 一番近くの村に住んでたけど、貧乏の上、両親も病気で亡くなったとか。 行く当てもないから、ここに来たらしいけどね。


 でもそれが「女神様の声に導かれた!」とか何とか言っちゃってんのよ。 女神なんているはずないじゃない。 それだったら、今のわたしを助けてくれてるってのに。


 心底呆れるように二人を見ていたら、バコッとおばさんシスターに物差しで頭を叩かれたわ。


「いったい! 何すんのよ!?」

「いい加減、反省というのを覚えたらいかがです? 全然、ここの掃除も終わってないではありませんか。 こんなんじゃ、今日の食事も満足に与えることはできませんよ」

「はあ? あのさ、いつも言ってるけど、ここ、誰もこないじゃない! 必要ないことに労力使う方が無駄! それで食事を取り上げるとか、頭おかしいんじゃないの!? 殺す気!?」

「ハア......言われたこともできない、反省しない、挙句の果てには何もしない。 そんな人間に何故慈悲を与えなければならないのです。 何度言っても伝わりませんわね。 あなた、罪人としての自覚を持ってくださいな」

「だからさ! 私、何も悪い事してないでしょうが!!」

「王族に対する不敬罪、侮辱罪、その他諸々。 死刑でもおかしくないのですよ」

「不敬とか何とか、何でただ馴れ馴れしく話しただけで死刑になるのよ。 法律がおかしいんじゃなっ......! っていったぁっ! だから殴らないでよ!! それこそ暴力でしょうが!!」


 遠慮なしにまた物差しで殴られたわ! このおばさん、いつもそう!! なんで呆れたように見てくるのよ!? こっちの方が溜め息つきたいわよ!


「あなた、誰の慈悲のおかげでこの程度の罰で済んでると思っているのですか」

「はあ? 知らないわよ! というか、この程度の罰って何言ってるの!? ほぼここに監禁しておいて、何がこの程度よ!? 満足な食事も出さないし、毎日毎日掃除洗濯、意味の分からないお祈り! しかも部屋もボロボロで、服なんて薄くて寒いったらありゃしない! さらに、このガキたちが来てからは世話をしろだのなんだの、最悪!」

「えー、別にわたしたち、やってくれなんて頼んでないよー?」

「メリルの言うとおりだ! それに色々と教えてくれるのはシスターで、お前、なんにもしてないじゃん! しかも、寝る時に引っ付いてくるのはライナの方だし!」

「うっさいわね! 寒いんだから仕方ないじゃない! あんたらに洗浄魔法かけてやってるんだから、感謝しなさいよ!」


 誰が好き好んで、汚い子供と一緒に寝るっていうのよ! 寒いんだから仕方ないでしょうが!


 バコっ! とまたシスターが物差しで叩いてきたわ! だから痛いって言ってるでしょうに! キッと睨みつけてやったわよ!......すぐやめたけど。 だってパシパシと物差しを手に叩いてるんだもの。


「全く、文句だけは一人前ですわね。 あの方が私に頼んできたのも分かる気がしますわ」

「だから、あの方って誰よ?」

「反省することを覚えなさい。 それから、ちゃんとした知識を身に着けさせます。 この世界の常識、教養、その他諸々。 あの方に頼まれた以上、私は一切同情も手加減もいたしません」

「だからっ、あの方って誰の事よ!?」

「まずはちゃんと掃除する意味を知りなさい。 メリルたち子供が理解していることを、ちゃんとその空っぽの脳みそに刻み付けないと始まりません」

「誰が空っぽよ!?」


 わたしの脳みそは子供以下だって言いたいわけ!?


「掃除することなんて、綺麗になるからに決まってるのにー」

「そんなことも分からないのかよ。 本当、ライナってバカだよな!」


 プププって笑ってるんじゃないわよ! それぐらい分かってるわよ!!

 キッと兄妹二人を睨みつけてやったわ!


「ほら、メリルもシリルも、反省の意味を分からない罪人にかまけていてはいけませんよ。 外に干してた洗濯物も乾いていると思いますからね。中に入れて畳んでおいてくださいな」

「はーい!」

「わわっ、待って、お兄ちゃっ......わっ!!」

「あ、ちょっと、ばかっ......!!」


 メリルがシリルを追いかけようとした時に、足を縺れさせて転びそうになったところを慌てて抱きかかえてやったわよ! あっぶない!


「あんたね! 足が悪いんだから、ゆっくりいきなさいよ!! それで何回転んでると思ってるの!」

「あ......う......ご、ごめんなさい......」

「シリルも! あんた、お兄ちゃんでしょうが! 妹のことちゃんと考えないでどうするのよ!」

「うっ......ご、ごめん、メリル......」


 ハア、ほんっと面倒臭いわね。 いつも転んで出来た擦り傷の手当てを、誰がしてると思ってるのよ。 冗談じゃないわよ、手間かけさせて。 わたしは治癒魔法使えないってのに。

 それに、メリルが昔大きな怪我をして以来、足が悪いって言ってたのはシリルじゃないの。 だからいじめるなって最初牽制してきたくせに。


「あのね、何度も何度も言わせないでよね。 何で何回も注意してるのに、同じこと繰り返すのよ!」

「その言葉はそっくりそのままあなたに言えることだって、どうして分からないのでしょうね」

「う、うるさいわね!」


 くっ! おばさんシスターが何とも呆れたように言ってきたわ!

 違うでしょ! 私は意味のない掃除をやりたくないだけで、この子たちのは怪我してるんだから、危険度が違うのよ!


「シスター......ごめんなさい、気をつける」

「俺も......ちゃんとメリルのこと見てなきゃいけなかったのに......つい、シスターに褒められたくて......」

「あらあら、いいのですよ。 ちゃんと反省して、次にちゃんとしなければいいのですから」

「あのね! 何度目だと思ってるのよ!! これこそ全然反省してないじゃない!」

「一向に反省する気もない罪人よりは全然マシです。 それにシリルもメリルもわざとではないってことを理解しなさい。ハア......そんなことまで一つ一つ説明しなければならないなんて......。改心には程遠そうですわねぇ」

「だからっ! 私、何も悪い事してないっつーの!!」


 あー腹立つ! 腹立つったら腹立つ!! ちょっと、なんで二人してそんな哀れそうな目で見てくるのよ?! そもそも、なんで助けたわたしにお礼の一つも言わないで、シスターに謝ってるわけ!?



 あー、ほんっと!! こんなところ、さっさと出ていき............










『いい加減になさってください、お姉さま』






 あら?





 □ □ □ □ □



 今までの視界を閉ざし、ゆっくりゆっくり瞼を開けていきます。

 そこにはまぁ、なんと、わたくしの妹の怖い顔があるではありませんか。


 あらー、どうしてここにいるのかしら? 学園にいるはずなのに。



「リズ? 学園はどうしたの?」

「随分と楽しそうでしたわね。 全部丸聞こえでしたわ」



 わたくし、リタ・ローディルの問いかけに、妹のリズリットがにっこりと返してきましたわ。



 ここはローディル公爵家のお屋敷。

 その中庭で日向ぼっこをしていたんですが......リズが怒っているようですわね。 腰に手を当てて、仁王立ちしてます。



「お姉さま? 何です、あれは?」

「あれとは?」

「ライナさんのことをご自身の力“千里眼”で()ながらの、あのお姉さまの語りです。 『かっこ、ロイもだけど、かっことじ』まで、全てお姉さまがお話していたではありませんか」



 あらー。 リズに繋げたままだったことを、すっかり忘れていましたわ。


 この“千里眼”というのはわたくしの力。 世界を見通す力です。 わたくしが視ている視界をこの妹とも共有できるのですが、うっかり繋げたままだったみたいですわね。

 ちなみにこの共有、わたくしの意思で繋げたり切ったりできるものです。 リズにも共有してもらうと、わたくしの脳の負担が減るもので、たまに繋いでいるのですが、ああ、ものすごく目で訴えてきますわね。 これはあれですわ。 どういうつもりかと言いたいのでしょうね。


「リズ、随分と怒っているわね?」

「それはそうでしょう? いきなり授業中に脳裏に届いたのがあの映像。 さらにお姉さまの副音声。 こちらからの呼びかけにも一切答えずに、夢中でいらっしゃるようでしたわね」


 ああ、そうそう。 そうでしたわね。

 最初はリズに純粋に連絡しようと思って繋げたんですのよ。 お父様とお母様から今度のリズの誕生日どう祝いましょうかって相談されて、身内だけで穏やかにしたいと仰っていたので、じゃあ、リズに開いている日にちを確認しようと。


 繋げるためにはリズの魔力と同調しなければいけませんから、そうそう、それでリズの見ている視界を共有したんでしたわ。


 視界に入ってきたのは学園の教室。

 あーそういえばこういう場所でしたわね、って通っていた頃を思い出したんですのよ。


 そこで、ふと思い出したんでしたわ。 そういえばライナさん、元気かしら?って。


 そのままライナさんのいる修道院に視界を飛ばしたんですのよ。 ライナさんは相変わらずブツブツと文句を言っておりましたわ。 だから今、彼女はこんなこと思っているのかしらーって思って、そこで以前殿下が言っていたことを思いだしたんですのよ。



「リズ、これはね、殿下が以前仰っていたのですよ。 『あてれこ』というらしいですわ」

「はい?」

「動いている映像にね、声を当てることを言うのですって。 その他にも『なれーしょん』という内容や状況などについて解説するものもあるって、以前、殿下の前世の記憶のお話をした時に教えてくださったの」



 そうそう、それでふとやってみようかな、と思ったんですのよ。 今度、近くの孤児院で人形劇をすることにもなっていたので。 ライナさん、今こんなこと思っているのかしらーとか、ライナさんの状況とかを解説してみたということですわね。 ついつい夢中になってしまったのは(いな)めませんが。


 ハア......とリズが呆れたように首を振っていますわ。 そんな呆れなくても。


「お姉さま......」

「何かしら?」

「お姉さまの力はそんなことのために使うものではありません。 それはご自身よくお判りでしょう?」


 あらー、正論ですわね。

 わたくしの力は、世界を記録するためのものですから。


「決して、一人の人間の私生活を覗くためではありませんこと、努々(ゆめゆめ)お忘れなきように」

「ええ、そうね、リズ。 ちゃんと反省します」

「殿下にもよく言っておきます。 お姉さまに変な知識を与えないでください、と」


 疲れたようにリズは向かいの椅子に座り、侍女に自分のお茶を用意させています。わたくしが呼びかけに答えなかったから、心配して飛んできてくれたのでしょう。 少し申し訳なく感じますわね。


「リズ、心配させてごめんなさいね」

「......本当ですよ。 こちらの心配をよそに、お姉さまは随分と楽しそうにしていらっしゃいましたけどね。 全然声が届かないから心配になって、急いで学園から飛んできたんですから」


 実際楽しかったのは事実ですわね。 ライナさん、表情に全部出ているんですもの。

 お茶を一口飲んだリズが、どこか安心したように息を吐いていました。


「それにしても、あの子供たちも良かったですわ。 随分元気になったようで」

「そうね。 見つけた時は、それこそ今にも倒れそうになっていたから」


 リズが言っているのは、メリルとシリルのことでしょう。


 あの子たちは、親が病気で亡くなった時に村の人たちから敬遠されてしまいました。 あそこの村の地域は、あまり作物が育たない地域なのです。 自分達が食べていくだけで必死。 メリルとシリルまで養うことを村の人たちは決断できなかった。


 その時、村長が留守にしていたのも災難でした。 近隣の街に援助を申し出るために、彼はいなかったのです。 村民たちは村長が戻ってくるまでは、僅かな食料を二人に与えようと話をまとめました。


 メリルとシリルはまだ幼く、自分達で食料を確保できません。 ですが与えられた食料では足らず、お腹は減っていく。 仕方なしに、シリルはメリルを連れて森に食料を探しに出かけ、そして、その時迷子になってしまいました。 村に戻りたくても戻れなくなってしまったのです。 いつも(ささ)やかな食事を分け与えていた近隣の村民が、二人がいないことに気づいた時にはもうどこにも姿はなかった。


 村長が戻ってきた時に急いで捜索隊を出したようですが、二人を見つけることは出来なかったみたいです。。


 亡くなったシリルとメリルの母親の記憶を整理し終わり、“千里眼”でその村の様子を見て把握し、そして二人の行方を捜しました。 村から大分離れたところで、二人が蹲っていたところを見つけることができ、幸いにもライナさんが追放された修道院が近くにあったので助かりました。


 ライナさんの監視役につけたシスターは、子供の頃にわたくしとリズの教師をしてくださった方。 彼女なら二人のことも面倒見てくれることでしょう、と思い、子供たちにこう囁きました。



『あそこにいけば、助かる』、と。



 子供たちが信じてくれて助かりましたわ。 シスターは案の定、二人を保護してくれましたから。


 子供たちの顔を思い出していたら、リズが向かいで今度は肩を竦めています。


「これもお姉さまの思惑通りなのですか?」

「いきなりどうしたのです?」

「ライナさんのことです。 子供たちを助けたり、面倒見ているではありませんか。 少し変わったな、と思ったのです。 私の彼女の印象は常識知らずで強欲というものでしたし、友人たちの話からもそう思っていました。 お姉さまは彼女を更正させるために、あの子供たちをライナさんのいる修道院に誘導したのかと......」

「リズ、彼女は何も変わっておりませんよ」

「え?」


 目を丸くして、パチパチと瞬かせています。 そんなリズが少しおかしくて笑ってしまいました。リズの言った、常識知らずと男たちを欲しがる強欲さ。 確かにその通りですが。


「彼女は、最初から自分の心に正直でしたわ」

「正直ですか?」

「ええ」


 彼女は殿下を欲しがった。

 彼女は見目麗しい男たちを欲しがった。



 彼女は、誰よりも愛されたかった。



 だから、自分の嫌だと思う性格でも、それを演じたに過ぎないのです。


 今もそう。


 彼女は理解しています。


 自分が子供たちの温もりを必要としていることを。


 だから、彼女は修道院に留まり続けている。

 逃げ出すこともできるのに留まっている。

 実際、子供たちがくるまで、何度も脱走を試みていたのに。



 彼女は今も修道院にいます。



「彼女は本当は優しい方ですよ、リズ」



 自分を慕ってくれたロイ様を、ハーベル様を、アベル様を、その他の男子生徒を、


 彼女は常に気にかけている。思い出している。


 クスっと、向かいのリズが困ったように笑いました。


「お姉さまにかかれば、全ての人が優しい人に変わりそうです」

「そんなことはないわ。 わたくしは知っているだけですもの」

「それは何をでしょう?」


 ふふってリズに笑い返します。


 学園にいた頃、彼女は何度も涙を流していた。


 自分自身を見ない周りの人間に失望し、

 笑い合っている令嬢を羨望し、嫉妬をし、


 それでも、愛される自分になりたくて、必死に演じ続ける虚しさに、


 何度も何度も泣いていた。




「彼女は知らなかっただけだったことを、知っているだけ」




 方法を知らなかった。 だから“げーむ”の通りにした。

 常識を知らなかった。 だから前世の通りにした。


 何が悪いのかも分からず、彼女は只々進み続けた。



 自分の想いに正直に、叶えるために進み続けた。



 そんな彼女に、少し同情してしまったことは否定できません。


 彼女のしたことは、知らないでは本来済まされませんが、教える人間がいないなら知る事もできなかったでしょう。

 ですから、わたくしはあのシスターにお願いいたしました。 彼女は厳しくて他の令嬢にも有名でしたもの。 ですが、彼女の教えを受けた方々は教養ある素敵な淑女になっています。 彼女が適任だと思いました。


 ライナさんが常識を、そしてこの世界を知り、その上で反省しなければ意味がありません。


 そこで初めて、彼女はこれから先の人生を歩いていくのです。

 どんな人生になるかは、あとは彼女次第。


 まぁ彼女のことですから、それを理解するまでにかなりの時間がかかると思いますが。


 常にこういう思いが彼女に渦巻くのではないかしら。




 “王太子殿下の婚約者は主人公のわたしに決まってたのに”、って。




 そこからどう抜け出すか、わたくしも見守ることにいたしましょう。



「お姉さま、今、何を考えておられます?」

「あら、どうして?」

「随分と楽しそうでしたので」


 あらー、顔に出てたかしら。

 リズが少し疑わしそうに見てきますわね。 何か企んでるとでも思ったのでしょうか?


「なんです、リズ。 その目は?」

「お姉さまが楽しそうにしている時は要注意ですから。 この前もその前も、平民になったロイ様やハーベル様たちに何をしたかお忘れで?」

「人聞きが悪い事。 わたくしは何もしておりませんわよ」

「はいはい、そういうことにしておきますわ」


 リズったら、何を誤解しているのでしょう?



 わたくしはただ、ほんの少し言葉を届けただけ。 それも彼らにではなく、彼らの周りにいた人に。



「あまり余計なことに力を使わないでください。 お姉さまが優しいのは十分理解しておりますが、私も殿下もいるのですから」

「リズ、わたくしはあなたにも殿下にもちゃんと頼っておりますよ」


 ちゃんと頼っております。わたくしの視たものを共有することで負担を減らしてくれる妹。わたくしが視たことに対処してくれる幼馴染。


 ちゃんとわたくしのことを想ってくれていること、嬉しく思っていますよ。


 ただね、リズ。



「わたくしは、次に記憶を引き継ぐ者に、多くの幸せを届けたいだけです」



 ライナさんも、

 ロイ様も、

 ハーベル様も、その他の男性たちも、


 この世界に生きている者たちであることは変わらない。




「わたくしたちの世代は幸せな人たちが多かった、と自慢したいのですよ」




 そう笑いながら告げると、リズはまた困ったように笑っていました。


「その為に、私も殿下も頑張っているのですよ、お姉さま」

「ええ、頼りにしているわ」


 妹の幸せを、

 幼馴染の幸せを、

 自分を大切にしてくれる両親の幸せを、


 この世界に生きていた人たちの幸せを、



 今日もまた、わたくしは刻みましょう。



 この世界の幸せな記憶を記録しましょう。





 わたくしは、この世界の記録者なのですから。






































「ところでリズ、学園に戻らなくてよいのですか?」

「今はお昼休みですから、全力で戻れば大丈夫で......あら? 何か忘れているような?」


 -----------------


 その頃、学園にて。


「リズ......いない......」

「あ、あ、あの、殿下......リズ様もすぐ戻ってくると仰ってましたわ」

「だから、そんなしょげないでください。 その、皆の目もありますから......」

「リズと今日、お昼一緒に食べる約束してたのに......」

「「リズ様、戻ってきてくださぁぁぁぁい!!!!」


 自分の婚約者で大好きなリズがいなくなってるショックで、ここアルマニア王国の第一王子であるウィルフリード王太子殿下は、それはもうイジイジと地面の草を一人(むし)っていじけていたそうですわ。 そんな王太子殿下の姿に困り果てたリズの友人たちが必死に慰めていたらしいですが、それをわたくしも(あと)で知りました。


 リズのことになるとポンコツになるのは変わりませんわね。

 殿下、人前でいじけるのはやめてくださいな。 あなた、この国の王太子なのですよ? 威厳も何もあったものじゃありません。


その後、殿下はリズと王妃様にみっちりとお説教されたとか。



 最後までお読み下さり、ありがとうございます。

 尚、ライナの会話部分以外の“げーむ”“にほん”“わたし”等のひらがな表記はリタだと分かってもらうためにわざとしております。誤字ではありません。

 その他の誤字脱字報告受け付けております。

 最後の部分はおまけです。ウィルの出番が全くなかったので、可哀そうかなって。


 前作同様、お読み下さったこと、誠に感謝申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ライナさん「極寒の修道院」行きと話していたので、劣悪な環境で生活していると思ってましたが、キャーキャーやってるって事は結構マシな所みたいですね 2人の子供も一緒に生活してることからもうかが…
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