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仔ネコ、騎士団長に懐く②


***


 青マッチョさんの手の甲に走る朱色の滴りを認め、疑問に思ったのはほんの一瞬。すぐに目の前が真っ暗に染まっていった。

 彼に怪我を負わせたのが、他でない自分だという事実――。認識すれば、息ができないくらい胸が窮屈になって、ドッと涙がこぼれた。

 わたしは咄嗟に謝罪の心を込めて、青マッチョさんの手首のあたりにスリスリと頬を寄せた。


《ふ、ふみぃ(ごめんなさい、痛かったよね。ごめんなさい……っ)》


 わたしがスリスリしていたら、青マッチョさんが怪我をしているのと逆の手を伸ばしてきた。彼はわたしの目もとに親指の腹をあてると、ちょっと不器用な手つきで涙を拭いだす。


「そんなに泣くな。もし俺の手の傷を気にしているのなら、こんなのは舐めておけば治る。だから気にしなくていい」


 わたしは『舐めておけば治る』の一語を耳にした瞬間、青マッチョさんの右手の甲に顔を寄せていた。そのまま舌を伸ばし、早く治るように祈りを込めてペロペロと舐めた。


《ふみぃっ(痛いの痛いの、飛んでいけ。青マッチョさんの怪我が、一日も早く治りますように)》

「はははっ。少々くすぐったいが、これならあっという間に治ってしまいそうだな」


 青マッチョさんは、ペロペロするわたしの頭をなでながら、こんなふうに口にした。優しい彼の言葉に、ますます涙がこぼれてきて止まらなくなった。

 血が止まってからも、わたしは泣きながら青マッチョさんの傷を必死に舐め続けた。


「……ふむ」


 青マッチョさんもまた、わたしの涙を何度も拭ってくれた。だが、わたしが一向に泣き止まないのを見て途中で拭うのを諦めたのか、ヒョイをわたしの脇腹を掴むと、自分の胸にそっと押し当てるように抱きしめた。

 シャツの胸もとに涙が染みを作っていくけれど、青マッチョさんは気にする様子もなく、そのままわたしのうしろ頭をポフポフとなでてくれた。

 ……わたし、自分が余所にやられちゃうのが嫌だからって暴れて、青マッチョさんに怪我させちゃうなんて最低だ。こんなんじゃ、青マッチョさんに飼ってもらう資格なんてない……。


《ふみぃ(でもわたし、青マッチョさんとお別れなんて、嫌だよぅ……っ)》

「さて、どうしたものか……」


 えぐえぐと泣き続けるわたしに、青マッチョさんは困り果てた様子だった。


「あのー」


 その時、青マッチョさんを訪ねてやって来た、栗色の髪と瞳の細マッチョの青年が遠慮がちに声をあげた。

 ……そういえば、すっかり忘れてたけどあの人途中からいたよね。

 わたしが青マッチョさんの肩越しにチラリと目線を向けると、青年とバチッと目が合った。心の中を見透かすような彼の瞳にビクッとして、ちょこっと涙が引っ込んだ。

 万事に抜かりなさそうな彼は、青マッチョさんとのこれまでのやり取りを鑑みるに、おそらく副官的な立場の人だと思われた。


「なんだ、ユーグ?」

「たぶんその子、レリウス様がひと言『俺が飼う、余所へはやらん』って言ってやれば、泣き止むと思いますよ」


 うん、うんっ!! あなたのおっしゃる通りだよ、ユーグさん!

 わたし、青マッチョさん――えぇっと、レリウスさまって言ったっけ? ――とにかく、彼に『俺が飼う、余所へはやらん』って言ってもらったら、大喜びですぐ泣き止んじゃうよっ!

 現にもう、涙はだいぶ引っ込んだ。


「なに、それは本当か?」

「いや、確証はありませんが、明らかにそのネコ、レリウス様と別れるのを嫌がって泣いているふうに見えますからね」

「そうなのか?」

《ふみゃっっ(そうですともっっ!)》


 小首をかしげるレリウスさまに、わたしは勢い込んでお返事した。


「そんなに俺を慕ってくれているのか?」

《ふみゃーっ(そりゃーそうよっ! レリウスさまはわたしの恩人だもの! わたし、離れたくなんかない!)》


 わたしはガバッとレリウスさまの胸に顔を突っ伏し、両方のおててでキュッとシャツを握りしめ、必死になって訴えた。


「ふむ、たしかに『その通りだ』とでも言っているようだな。……よし、わかった。お前のことは責任を持って俺が飼う、お前を余所へはやらんぞ」

《ふみゃーっっ(やったーっっ! 嬉しい、嬉しいよぉっ!)》


 前言撤回。待ちに待った言葉を耳にした瞬間、わたしは顔をクシャクシャにして号泣した。


「おい、ユーグ!? 泣き止むどころか、大泣きしているではないか?」


 レリウスさまが困惑しきりであげた声に、ユーグさんは「フッ」と乾いた笑みをこぼす。そのままくるりと踵を返し、ユーグさんはスタスタと扉に向かった。


「お、おい!?」

「急ぎではありませんので、報告はまた改めます。では、後はお似合いのおふた方でごゆっくり」


 ――キィイイ。――パタン。


 ユーグさんはこんな言葉を残し、客室を出ていった。


《ふみゃふみゃーっ(ふえーん。なんでもいいけど、よかったよぉっ)》

「……まいったな」


 レリウスさまの少し不器用なナデナデに頭を押し付けるようにして、わたしは嬉しい心のまま大号泣でスリスリしまくった。







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