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仔ネコ、騎士団長に拾われる②




 各々の思いを余所に、森の横断は特段の問題もなく、拍子抜けするくらい順調だった。そうして四時間ほどをかけて進み、間もなく森を抜けようかというところ――。


 ――カサッ。カサカサ。


 近くの葉が不自然な揺れ方をし、うしろでグレス書記官の「ヒィッ!!」という悲鳴があがる。

 俺が慌てて音のした方へ視線を向けると、三匹ほどのヤマネコが駆けていくのが見えた。ちなみに、ヤマネコというのは我が国における最古の品種のネコで、現在ではこの森の他、数か所の山や林に僅かに生息が確認されるだけの希少なネコだ。

 ……ほぅ、珍しいな。

 ヤマネコたちが住処にしているのは森の奥だ。彼らがこんな森の外れに姿を現すことは稀だった。


「い、今のは魔物では!? 魔物が現れたのではないのですか!?」


 グレス書記官がガクガクと体を震わせながら問う。


「グレス書記官、安心してくれ。今のはヤマネコだ」

「ヤマネコ……? そ、そうですか」


 それにしても、ヤマネコたちはなぜ、こんなところにいたのだ?


「ユーグ、すまんが先に進んでいてくれ。すぐに追いつく」

「ちょっ!? レリウス様――」


 どうにも気になって、俺はユーグに言い置いて愛馬を降りると、近くの木の幹に手早く手綱を結び付けて駆け出した。

 木々を分け入ってヤマネコたちが走ってきた方向に行くと……、なんだ?

 土で汚れたボロ切れのようなものが転がっていた。

 あれは、毛玉……いや、仔ネコか!? それが仔ネコだと認識するのに僅かな間を要したのは、ボロ切れのように打ち捨てられたそれが生き物だとは到底思えなかったからだ。それくらい、仔ネコはひどい状態にあった。


「おい、大丈夫か!?」


 慌てて走り寄り、地面からそっと掬い上げるようにして抱き起こす。仔ネコは呼吸こそしていたが、意識を失くしているようで、抱き上げても反応がなかった。


「……とりあえず、怪我はないようだな」


 ザッと見る限り、外傷はないようだった。ただし仔ネコの体はかわいそうなくらい骨が浮いてゴツゴツしており、栄養不足の状態にあるのが一目瞭然だった。それなのに不思議と、体毛だけは驚くくらい繊細でやわらかな感触がした。今は土で汚れてしまっているが、洗い落としたらさぞ美しい毛並みになるだろうと想像できた。

 ふいに、閉じられた仔ネコの目もとが濡れていることに気づく。


「泣いていたのか? かわいそうに。もう、大丈夫だからな」


 ……この仔ネコはなぜこんな有様になってしまったのか。

 さっきのヤマネコたちがなにか関係しているのだろうが、どちらにせよこのままここに置いて行けば確実に命を落とすことになる。

 俺はクテンとしたままの仔ネコをマントで包み、間違っても潰したりしないよう慎重に胸に抱き、元来た道を歩きだした。


***


 ふかふか。ぬくぬく。

 ……なに、これ。すっごくぽかぽかでやわらかい。

 こんなのに包まれて眠るのなんて、いつぶりだろう?

 わたしは夢うつつのまま、やわらかな毛布にスリスリと頬ずりした。そのまましばらく気持ちいい肌触りを堪能して、はたと気づく。でもさ、おかしいよね。前世の月乃ならともかく、今のわたしは森に暮らすヤマネコのはずで……。


《ふみぃ(なのに、どうしてこんなに気持ちいい毛布があるの?)》

「起きたのか?」


 胸に浮かんだ疑問を小さな声に出したら、頭上にヌッと影がかかった。

 おもむろに見上げると……えっ?


《ふみゃあ(パパ……っ!?)》


 目に飛び込んできたのは、前世のわたしが大好きだった岩みたいに大きな体。逆光になっていて顔は見えにくかったが、目にした瞬間、わたしはあまりの懐かしさに、思わずその人の胸にピョーンと飛び込んでいた。

 実際は体が弱っていたから「ピョーン」なんて勢いはなく、よろよろといった感じだったのだが、その人はしっかりとわたしを抱き留めてくれた。

 ガッシリとした逞しい腕が、深い安心感を与えてくれる。胸に巣食っていた不安や恐怖が、一瞬でスーッと引いていくのを感じた。

 一方で、わたしは大きな違和感を覚え始めていた。

 ……なんかこの人、パパよりもでっかくない?

 わたしが仔ネコで小さいのは百も承知。しかし、それを加味しても、わたしを抱き上げているその人は、頭が天井を突き破ちゃうんじゃないかってレベルで大きかった。

 パパの身長は百九十センチだったけど、おそらくこの人の身長は二メートルを超えている。


「こら。弱っているのに、急に起きては危ないだろう」


 ……うん、声も違うや。こりゃあ、パパじゃないね。

 この時は目覚めたばかりであまりピンときていなかったのだが、転生後に初めて聞いた人間の言葉は、わたしの耳にちゃんとした意味を持って届いていた。それこそ、馴染みのある日本語を聞いているのとなんら変わりなく。

 ……えぇっと。それじゃあ、やたらとでっかいこの人はだあれ?

 人違いを確信したわたしは、おっかなびっくりで見上げた。

 ……あ、吸い込まれそうなブルーの瞳。すごく綺麗……!

 目が合ったのは、年齢が二十代後半くらい。短く整えられた濃茶の髪に、やや粗削りだけど彫りの深い整った相貌の、熊みたいに大きな男の人だった。

 男性はその巨体もさることながら、射貫くような鋭い眼光が見る者に威圧感を与えていた。

 ……でも、わたしは好きだなぁ。わたしを嘲笑するヤマネコたちの意地悪な目つきよりずっといい。

 青い目をしたマッチョのお兄さん――うぅーんと、長いから次からは青マッチョさんでいっか――を見つめたまま、わたしの頬が無意識にへにゃりと緩んだ。


「ふむ。お前はこうして俺に触られても平然としているんだな。チビのくせになかなか肝の据わったネコだな」


 青マッチョさんがポツリとこぼした『チビ』の一語に、緩んでいた頬がぷぅっと膨れた。


《ふみゃふみゃ(違うもん。わたし、チビじゃないよ。たしかに今は仔ネコなんだけど、あと一カ月もすれば生後一年を迎えて成猫になるんだから、ほんの赤ちゃんネコとは違うのよ)》

「なんだ? 腹が減っているのか?」


 わたしが太い腕をネコパンチしながら不満を訴えたら、青マッチョさんは明後日な方向に解釈をしてみせた。

 だけど、お腹がペコペコなのは本当だから、わたしは素直に首を縦に振った。

 青マッチョさんがわたしを床に下ろし、テーブルの上からなにかを取り上げる。

 そうしてわたしの目の前にコトンと置かれたのは、平皿に入ったミルク――!


「ちょうど宿の女将にもらってきたところだ。お飲み」


 ぅわぁあっ、ミルクだぁあ! 夢にまで見たミルクを前に、嬉しくて涙がちょちょ切れる。


《ふみゃっ、ふみゃぁ~(うま、うま~っ! ミルクおいしい、おいしいよぉおっ)》


 わたしはガバッとお皿に顔を突っ込み、目を丸くして高速ペロペロでミルクを飲んで、飲んで、飲みま……ん?

 頭にぽふんっと手を乗せられて、一旦、飲むのを中断して見上げる。


「こら、そんな勢いで飲んだら腹を壊すぞ。誰もとらないから、ゆっくり飲むんだ」

《ふみゃっ(ヒィッ! お腹イタは嫌だから、ゆっくり飲むことにする!)》


 わたしは青マッチョさんの指摘にビクンッと体を揺らし、残るミルクをゆっくりと飲み始めた。


「……ふむ。まるで俺の言葉がわかっているような反応だな」


 青マッチョさんが首をかしげながらこぼした台詞は、ミルクを飲むのに全集中のわたしの耳を素通りした。







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