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仔ネコ、騎士団長に拾われる①




 燦々と降り注ぐ陽光が大地を照らし、吹き抜けていく風が心地よく頬を撫でる。

 緑豊かな田舎道を駆りながら、俺は愛馬の上で胸いっぱいに清涼な空気を取り込んだ。

 カインザー王国騎士団の団長を務める俺は、現在隣国キエフ共和国との軍事会談を終え、少数精鋭の部隊を引き連れて帰路を進んでいた。


「レリウス様、幾ら最短ルートになるとはいっても、〝魔窟の森〟をショートカットしようなんて正気ですか?」


 馬を並走していた副官のユーグが前方に聳え立つ森を見上げ、疑心暗鬼に眉を寄せながら口にした。


「思いの外会談に時間がかかってしまったからな、道程の遅れを取り戻すにはここの横断がもっとも効率的だ。それにしても、まさかお前が〝魔窟の森〟などという迷信を真に受け、及び腰になっていようとはな」

「いやいやいや、この森に尻込みするのは私だけじゃないですから……」

「ん?」


 ユーグがチラリとうしろに視線をやるので、俺もつられて後方へ首を巡らせる。

 すると、なるほど……。同行する部隊員らの表情が、一様にどんよりと暗い。特に、公式文書作成のため今回の会談に王宮から派遣されて同行していたグレス書記官に至っては、顔面蒼白で今にも卒倒してしまいそうな有様だった。

 俺はうしろを振り返ったまま、鼓舞するように告げる。


「皆、そう心配せずともこの森は恐れるに足らん。俺は以前にこの森を訪れたことがあるが、自然の恵み豊かな動植物たちのオアシスだったぞ。それに鬱蒼としているように見えて、ちゃんと騎馬で進める小道もあるのだ」


 この小道の存在こそ、地元民が日頃からこの森を通行している証拠だ。推察するに、隣国キエフ共和国に行く際の抜け道に使用されるのを厭った地元民らによって、こんな恐ろしげな呼び名や噂が広められたのだろう。


「レリウス騎士団長、この森に魔物が出現するというのが問題なのであって、道云々はどうでもよいのです。以前通行した時に無事だったからと言って、今回も無事に森を出られるとは限りません。魔物は神出鬼没と言い伝えられておりますし、万が一の事態を考えれば、やはりこの森は迂回すべきでは……?」


 察しのいいユーグは俺の意図するところをすぐに理解したようだったが、グレス書記官は震える唇で俺に正規ルートでの帰国を提案してきた。


「はははっ! 魔物など、そんな非科学的なものが存在するわけがない」


 きっぱり言い切った俺に、グレス書記官は不服そうな表情を見せた。


「しかし、古文書には人間が魔法を使っていたという記述がたしかに残っています。ならば、魔法を使う人間以外の生き物――魔物がこの森にいたとしても、なんら不思議はありません」

「グレス書記官。古文書が事実のみを綴っているとは限らんぞ。それこそ伝記として現代に残っている書物とて、多分な誇張や創作で盛られていることがほとんどだ。その古の書物も、創作話の類なのかもしれん」

「ですが……」


 グレス書記官はまだ納得がいかないのか、眉間に皺を寄せて言い淀んだ。


「先日、技術改革担当大臣が国民に向け『存在したかも定かでない古の魔法に希望を見いだすことに意味はない。これからは未来思考の新技術の開発に力を入れる』と表明していただろう。そなたの思いがどうあれ、国としての公式見解は『現代に魔法は存在しない』だ」


 俺のこの言葉に、グレス書記官は不承不承に頷いた。それを見て俺はグレス書記官との会話を終わりにし、視線を前に戻した。

 五代前の国王が科学大革新を唱えてから、既に二百年もの時が経っているというのに、なぜグレス書記官はじめ多くの人がいまだ魔法などという夢物語を信じたがるのか。

 己の腕だけを頼りにここまでやって来た俺には、到底、理解ができなかった。


「……またそうやって敵を増やして。みんながみんなレリウス様みたいな現実主義の筋肉馬鹿じゃないんですから、そこんとこ、ちゃんと考えて欲しいものです」


 ユーグが横でボソボソとつぶやいた。馬脚に紛れてよく聞こえなかったが、貶められたように感じたのは俺の気のせいか?


「おい? なにか言ったか?」

「レリウス様、わかってますか? 今のでグレス書記官、すっかりヘソを曲げちゃいましたからね。王宮との文書のやり取りの際、窓口になっているのは彼ですからね。これから、やり難くなりますよ」


 俺が問うと、ユーグは少し声のトーンを上げ、隣の俺にだけ聞こえるくらいの大きさで答えた。


「なぜ、今ので仕事がやり難くなるなどという事態になる?」

「レリウス様が正論を武器にやり込めちゃったからですよ」


 ……やり込めた?

 そんなことをしたつもりは更々なく、ユーグの言い分が俺にはいまひとつピンとこない。


「俺は単に事実を伝えたまでだ。それのなにが悪い?」


 ユーグは呆れたようにヤレヤレと肩をそびやかした。


「ハァ~、あなたって人は本当に堅物なんですから。剣技の向上に勤しむのは結構ですが、騎士団長というのは管理職でもあるわけです。周囲と、もっとうまくやってくださいよ」


 俺が「うまくとはどういう意味だ?」と尋ねるよりもひと足早く、すかさずユーグが口を開いた。


「いいですか? 少なくとも今のような状況なら、ひとまず魔法や魔物の存在は濁し『なに、魔物が出たとて俺が一刀両断にしてくれる!』くらいのテンションで〝魔窟の森〟横断を強行してしまうのが最善だったかと。そうすれば無駄な軋轢も生まず、勢いのまま森に進めていたことでしょう」

「う、うむ」


 まさか、そんな受け答えがあったとは……。ユーグの回答に目からウロコが落ちる。


「まぁ、冷静に考えれば熊やイノシシだって素手で伸してしまえるレリウス様ですし、他国ではレリウス様こそが『カインザー王国の魔物』なんて呼び名で恐れられてるくらいです。この森に住まう全ての生物にとって、あなたこそが脅威って話ですけどね」


 ずいぶんな言われようではあるが、おおよそ的を射た発言でもある。

 随行する部隊員たちでこそ、日頃から俺と行動を共にし今さら俺の図体や眼光にビクつくこともないが、俺は二メートルを超す身長に無駄なく鍛え上げられた筋骨隆々の体躯。加えて、元来の悪党顔だ。そのせいで、俺がふらりと往来を闊歩しようものなら、必ずと言っていいほど子供に泣かれ、女たちは逃げ出し、老人は腰を抜かす。これが冗談でもなんでもない、俺の日常なのだ。


「ま、とりあえずグレス書記官には私が後でうまいこと取り成しておきますよ。けどこれ、貸し一個ですから。いいですね?」


 さらにこの場に不釣り合いなほど爽やかな笑顔でこんなふうに告げられて、俺は言葉少なにうなずくのが精一杯だった。

 副官のユーグには、女房役として日頃から言葉で言い尽くせぬほど世話になっている。これは動かしようのない事実だが、同様に我が副官は時に〝魔窟の森〟の迷信なんぞよりよほどに恐ろしい……。これもまた、俺にとって紛れもない事実である。




 どことなく重苦しい空気のまま、俺たち一行はついに〝魔窟の森〟に足を踏み入れた。

 俺を先頭にして、馬一頭がやっと進める細さの道を縦に隊列を組んで進む。


「……だから私は軍事会談の同行など嫌だったんだ。……これまでは私が修正して受理していたが、今後騎士団からの文書の不備は頑として突き返してやる。……ぶつぶつ。……ぶつぶつ」


 グレス書記官は不機嫌な様子を隠そうともせず、ずっと馬上でなにごとかぶつぶつと言っていた。具体的な内容までは聞こえてこないが、そんな彼の様子を見るに、やはりユーグの言う通り、俺の対応は上手くなかったのだろう。

 俺は八年前、長きに渡って対立関係にあったキエフ共和国との最後の戦で勝利を収めた。その後は、当時国王に就任したばかりのマリウスが戦後交渉に尽力し、王国史上初めてキエフ共和国との間に和平条約を締結した。以降、キエフ共和国との関係は安定している。

 この戦以外にも、俺は国内の小競り合いや蛮族の討伐など、あらゆる場面で部隊を率いて出陣してきた。ひとたび俺が先陣を切れば、どんな状況下でも最小限の被害で最大限の功績を上げてきた自負もある。

 そんな注力の甲斐もあり、ここ数年カインザー王国は大きな戦もなく安寧の世を謳歌している。

 戦に明け暮れている時分、俺は誰よりも強く、誰よりも的確に騎士団を指揮し、向かうところ敵なしだった。……しかし、平時にあって俺は未熟だ。


「はぁ」


 意図せず、特大のため息が漏れた。


「……ぶつぶつ。……ぶつぶつ」


 相変わらず、うしろではまともな意味をなさない念仏のような低い声が途切れることなく響いていた。






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