転生ヤマネコ、愛猫から愛妻にジョブチェンジ①
無事、王都に帰還したその日の晩。
わたしはネコの姿でレリウスさまと一緒に夕ご飯を食べ、久しぶりのペロルに舌鼓を打ち、ブラシをかけてもらった。と、ここまでの流れは、今まで通り。
これまでと違うのはここからで……。
現在、わたしは月明りの下、初めてお屋敷の中で人型を取ってレリウスさまと対峙し『今晩どこで寝るか』について、言葉の応酬を繰り広げていた。
「ねぇえ? レリウスさま、どうしても一緒のベッドで寝なきゃダメ? やっぱりわたし、自分用の寝床でいいよ」
寝間着がわりのレリウスさまの大きなシャツを前でキュッと握り合わせ、もう一度聞いてみる。
「馬鹿を言うな。あんな狭いところで眠っては、体を痛めてしまう」
「ん~」
……そうは言うけど、これまでずっと穴ぐらとか、木の根もととかで適当に体を丸めて寝ていたのだ。今さらふかふかのベッドで眠れるかなぁ。
むしろ、初日にレリウスさまがソファの上にブランケットを敷いて用意してくれたわたし用の寝床なんかが、ちょうどよさそうなんだけど……。
件の寝床をチラッと振り返り、わたしがう~んと小首を傾げていたら――。
「わっ?」
突然、後ろからすっぽりと抱きすくめられて、レリウスさまの人肌の温もりと香りに包まれる。
「俺は以前、君に飼い主としての立場から『自由でいい』と言った。だが、夫としての俺は、君が寒さに震えるのも、硬い地面の上で休むのも到底見過ごせない。もちろん、狭いソファの上ももっての外だ」
耳元にかかるレリウスさまの吐息がこそばゆい。ほっぺたが一気に熱を持ち、心臓が駆け足になった。
……ひぇええ。こんなんじゃ、ひと晩中ドキドキしちゃって寝れないよぉ。
「そ、それじゃあ、わたしは客間のベッドで……」
「だーめーだ。ルーナは我が家の客ではなく、俺の妻だからな。夫婦は同じベッドで眠るものだ」
「そんなぁ」
ぷぅっとほっぺを膨らませていたら、後ろでレリウスさまがフッと微笑む気配がした。
……チェッ。なんだか、レリウスさまばっかり余裕な感じでズルいんだ。
わたしの肩に回っていたレリウスさまの腕が離れたと思ったら、背中と膝裏にあてられる。
「きゃっ」
「さぁ、ルーナ。議論はここまでだ、君は征伐隊の同行で疲れている。もう休む時間だ」
レリウスさまは軽々とわたしを横抱きにすると、驚いてぺしゃんこになったわたしのほっぺにチュッと触れるだけのキスをした。
っ!!
「もちろん、君が俺と一緒に眠るのは決定事項だ。いいね、奥さん?」
はわわわわ~っ。
わたしはぷしゅーっと顔から湯気を出しながら、コクコクと頷いた。
「いい子だ」
レリウスさまはいとおしそうにわたしの額にもうひとつキスを落とし、宝物を運ぶような慎重な足取りで寝室に向かっていった。
レリウスさまの寝室の、広ーいベッドの上。
わたしはレリウスさまと同じお布団に包まって横になり、これまでの暮らしぶりや魔法のことなど、色々な話をしていた。
そんな中で、話題はわたしの誕生日にも及んだ。
「――なんと、ルーナは昨日が生後一年の誕生日だったのか。これは、改めて祝いをせんとならんな」
わたしは背中にピタリと寄り添うレリウスさまを振り返り、緩く首を横に振る。
「ううん、お祝いはいらないよ。だって、大好きなレリウスさまとこうして一緒にいられるだけで、なにより幸せだもん」
ブルーの瞳を見つめて告げたら、後ろからわたしをすっぽりと抱き込んでいた丸太みたいな太い腕がビクンッと跳ねた。
さらにレリウスさまは、わたしの背中にピタリと密着していた体をいそいそと引いて、なぜかちょこっと隙間を作った。
「レリウスさま? どうかしたの?」
「い、いや。なんでもないから気にしなくていい。……それより、ルーナは人間の年齢でいうといくつになったのだ?」
「うーんと、ヤマネコ世界では生後一年で成猫と認められるの。人間の姿もそれに準じて成長してたから、人間の成人の十六歳になったってことでいいと思うんだ」
この国では男女共に十六歳が成人なのだ。
「そうか……! 実は若干不安だったんだが、成人していたんだな」
レリウスさまは、わたしの答えにホッとした様子を見せた。
「不安って……?」
「いや、さすがに未成年を妻にはできんだろう」
「あ、それもそっか! よかったぁ、レリウスさまのお嫁さんになれて!」
「……成人を迎えたとはいえ、それでも一般的には結婚には少し早めだ。本来なら、数年待つのが外聞的にもいいのだろう。だが、俺は一分一秒でも早く、そして長く、お前と夫婦として過ごしたい。……ルーナ。誰よりも大切にし、誰よりも幸せな花嫁にする。生涯、お前ひとりを愛すると誓う。だからどうか、俺の妻になってくれ」
わたしが軽い調子で口にしたら、レリウスさまに殊の外真剣な言葉を返された。少しの戸惑いと、それを上回る大きな喜びが胸に湧く。
「わたしもずっと、レリウスさまだけが大好きだよ。だからレリウスさま、どうかわたしをレリウスさまのお嫁さんにしてください」
「ありがとうルーナ。今の言葉だけで、俺はきっと残る人生も、お前の思い出だけで幸福のまま生きてゆけるだろう」
……ん? なんだこの、やたらと重々しい上に、わたしが先に死ぬのが決定事項みたいな告白は……あぁ、そうか!
レリウスさまの意図にピンとくる。
一般的なネコの寿命は長くても十五年くらい。野生のネコならば、寿命はもっと短い。レリウスさまはわたしの寿命を、これらネコの基準で考えているのだ。
……なるほどね、その心配があったのか。……だけど、たぶんわたしはもっと生きるような気がする。
「うーんとね、レリウスさま。たぶんだけど、わたしは普通のネコよりも長生きすると思うよ。……というか、たぶんこれ以降は人間ベースで年を重ねていくんじゃないかな」
「それは本当か!?」
「うん」
誰に聞いたわけでもないし、なんら確証があるわけでもないが、本能的にそう感じた。しいて言えば、身のうちを満たす月の魔法が、そう教えてくれているような気がした。
「そうか! ふたりで一緒に年を重ねていけるのか!」
レリウスさまが、それはそれはうれしそうに声を弾ませる。そんな彼の様子に、わたしまでうれしい思いになった。
ふぁああ~……っと、いけないいけない。レリウスさまと真剣なお話をしてるんだから……。
わたしはあくびを噛み殺し、トロンと重たくなってきた瞼がくっ付かないように力を込める。
「レリウスさま、ふつつか者ですが、いい奥さまになれるように頑張ります。これから、どうか色々教えてくださいね……?」
眠いのを我慢してなんとか発した声は、ちょっと舌足らずで、どことなく甘えたような感じになってしまった。
……うぅ。もう、そろそろ眠気が限界。だって昨日は一睡もしてない上、色んなことがあった。それにいっぱい走ったし、馬での移動も長かったし……ぐぅ。
半分夢の世界に旅立ちながら、わたしは温もりを求め、心地いいレリウスさまの人肌に擦り寄った。
へへへっ、あったかくって極楽~。
「っ、もちろんだルーナ! 安心しろ、俺が全部教えてやる。もちろん優しくする! だから、なにも心配はいら……ん?」
レリウスさまの声を心地いい子守歌に、レリウスさまの人肌の温もりを湯たんぽ代わりに、わたしは完全に爆睡モードになったのだった。




