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まさかの変身バレで大ピンチ!?②




 ん? ルーナの示した先に視線を向けると、馬上のユーグがおどろおどろしい空気を撒き散らしながらブツブツと念仏を唱えていた。


「おいユーグ、いったいどうした? 鬼も裸足で逃げ出しそうな恐ろしい顔をしているぞ」

「ハァッ!? その台詞、比喩でなく普段から女子供に泣いて逃げられる形相をした、あなただけには言われたくありませんよ! それに『いったいどうした』ですって? ……誰がどの口で言っているんでしょう。それ以上ふざけたこと抜かしてると、冗談じゃなく今すぐに辞職届を叩きつけて離隊しますよ!」


 ユーグはギンッと俺を睨みつけ、ピシャリと言い放つ。


「なっ!? 待て待て! お前に抜けられては困るぞ! 俺はこの通り無骨者だ。そんな俺と騎士団を脇から支え、円滑な運営を維持してくれているのはお前だ。そのお前が急にいなくなっては、騎士団が機能しなくなってしまう」

「ハッ! まさか私のことをそうまで買ってくださっていたとは意外や意外。どれだけ甘く見られたものかと思っていたところです」

「甘く見るなどと、馬鹿を言うな。お前のことはいつだって頼りにしている」

「嘘をおっしゃい! あなたに同行した隊員らがワーグナー筆頭大臣を連行して戻ってきたというのに、肝心のあなたがいつまで経っても戻ってこない。私はやきもきしながら待っていたんですよ!? そうしたら、あろうことかあなたは日も昇りきってからひょっこりルーナを抱いて帰ってきて、にやにやしながら開口一番『ルーナと夫婦になったぞ』とぬかしやがったんですよ……!? これこそ、この上無く人を馬鹿にして、甘く見ているなによりの証拠でしょう!!」


 ユーグがグワッと牙を剥いて迫る。

 ぐうの音も出ないとは、きっとこういうことを言うのだろう。俺の副官は時に、閻魔王も真っ青になるくらい恐ろしいのだ。


「す、すまん」


 ユーグの迫力に圧され、腰が引け気味になりながらなんとか詫びを告げる。ついでに、浮かれた気持ちのまま発したあの時の第一声を、今さらながらに悔いた。

 蛇足だが、俺の言葉を聞き付けた隊員らは、一様にポカンとした顔をして固まった。そして『騎士団長は愛猫に入れあげすぎて、ついに頭がおかしくなった』と確信を持たれ、副リーダーらによってあれよあれよと救護用の馬車に押し込まれそうになっていたところを、ギリギリでフォローしてくれたのはユーグだった。

 慌ててやって来たユーグは、声をひそめて俺と二、三言葉を交わすとすぐに『ワーグナー筆頭大臣が人質にしていた少女は、解放後にやって来た連れの者と一緒に帰った』、代わりに湧いてでたルーナについても『後を追ってきたルーナを、たまたま見つけた』と代弁した。『ルーナと夫婦になった』という台詞は『騎士団長なりのジョークだった』と押し通してくれたのだ

 ユーグのフォローがなかったら、俺は行き過ぎたネコ好きによる心の病と認定されたまま、今頃救護用馬車に押し込められていただろう。

 どちらにせよ、俺がみなまで言わずとも『消えた少女』と『代わりに現れたルーナ』、さらに『俺の迷言(?)』と『これまでの事情』を加味し、だいたいのことを察してしまうのだから、ユーグが実に有能なのは間違いなかった。


「……これまで私は、何度となくあなたをフォローしてきたつもりです。しかし、にへらにへらとふやけた顔でこうも思慮に欠けた失言をしでかすあなたを、今後も笑顔でフォローし続けられるほど人間ができておりません」

「平にすまん」


 今回、ユーグの怒りは根深そうで、俺は頭を抱えた。

 するとここで、ルーナが帯でぐるぐる巻きになった後ろ足で俺の膝上に立ち上がった。


「どうしたルーナ? 足の傷が開いてはいかんから、座っておけ」


 包帯の下のルーナの足は、裸足で森を走ってきたため、切り傷やすり傷でかなり痛々しい状態になっていた。

 ワーグナー筆頭大臣邸に戻った後、「ネコだから舐めておけば平気!」とでも言うように治療を拒もうとするルーナに、俺が半ば強制的に治療を施したのだが、その時初めてじっくり見た足裏の状態は予想以上にひどい有様だった。それこそ、俺の手の甲の傷などよりもよほどにだ。

 今も、当の本人は足のことなど気にした様子もないが、俺は痛々しく血を滲ませた薄ピンクの肉球と、乾いた血でぼそぼそと毛束ができてしまった足先を思い返し、胸が苦しかった。

 座らせようと、そっとルーナの背中に手をあてる。ところが、ルーナはその手を振り切るようにピョンッと跳び上がり、ユーグの馬に乗り移った。


「なっ!? 危ないぞルーナ!」

「おっと!」


 ユーグは驚きつつ、すかさず片手でルーナを支えた。

 常歩でスピードこそ出ていないが、後続のユーグの馬まで一メートル以上の距離がある。無事に跳び移れたからよかったようなものの、突然のルーナの行動に肝が冷えた。

 今も心臓がバクバクと鳴り、嫌な汗がドッと汗が噴き出していた。


《ふみぃ(ユーグさん、ごめんね。さっき本人も言ってたけど、レリウスさまって無骨というか、ちょっと空気が読めないところがあって。でもね、ユーグさんにいっぱいいっぱい助けられてて、いつもすっごく感謝してるのはほんとなの)》


 当のルーナは、俺のことなどお構いなしで、ユーグに支えられながら両方の前足をパフッと合わせ、潤んだ瞳で一心にユーグに訴えていた。


「……ルーナ?」


 ユーグは驚きと戸惑いが混じったような顔でルーナを見つめていた。


《ふみゅぅ(だからユーグさん、どうかレリウスさまを見捨てないであげて? わたしからも、お願いします)》


 コテンと小首をかしげながら、ルーナが口にした《ふみゅぅ》の破壊力たるやすさまじい。まさしく、かわいさの凶器――!

 ……とはいえ、そのかわいい《ふみゅぅ》はなぜ俺に向けらたものではないのか? 激しい嫉妬の炎が燃え上がるが、今回はグッと胸の内に押し留める。


「はぁあ~。仕方ありませんね、今回の征伐の功労者であるルーナに免じて離隊は踏みとどまることにしましょう」


 ユーグがルーナの頭をポフポフしながら、やれやれといった様子で告げた。

 なんと、ルーナの《ふみゅぅ》が、ユーグの怒りを鎮めてしまった。ルーナはパァアっと瞳を輝かせ、ユーグの手にスリッと頭をすり寄せた。

 ……ぬぬぬ。俺はふたりの様子を食い入るように眺めながら、こめかみに青筋が立つのを感じていた。

 ちなみに、ユーグにだけはワーグナー筆頭大臣邸を出発する前に、ルーナの変身や征伐における関与と貢献についても、包み隠さず打ち明けていた。今後を考えれば、隠し通せるものではないと思ったからだ。

 さすがにこんな奇想天外な話は信じてもらえないかと危ぶんだが、ユーグは特に驚いたり疑ったりする様子もなく俺からの報告を聞いていた。すべて話し終え『信じたのか?』と問う俺に、ユーグは『今さらでしょう。人智を超えたなにがしかの力が関与しなければ、あそこから戦況は覆りません。その力の出どころが、ルーナだったというだけの話です』とあっさり口にしたのだ。ユーグとは、つくづく肝が据わった男である。


《ふみゃあ(ありがとう、ユーグさん! うちの主人がお世話かけます……って、やん。主人だなんて恥ずかしい~っ)》


 ユーグの膝の上でもだもだと身悶えするかわいすぎるルーナ。

 ……ぐぬぬぬぬ。いまやこめかみの血管は、いつ破れてもおかしくないほどクッキリと浮き上がっていた。


「やれやれ。二メートル超えの脳筋ゴリラが羞恥に頬を染めながら結婚を報告してきた時には殺意を覚えましたが、ルーナ、あなたはかわいくていけない」


 ユーグはルーナの頭に手を添えたままチラリと俺を流し見て、もう一度ルーナに視線を戻す。


《みゃぁ(えぇっと、ユーグさん?)》

「フッ。いえ、あなたたちは本当に似た者夫婦ですね。……さぁ、ルーナ。これ以上は新婚夫の血管が千切れてしまいそうだ。大惨事になる前に、あちらに戻ってやりなさい」

《みゃ(わっ?)》


 ユーグはヒョイッとルーナを片手で抱き上げると少しだけ馬を寄せ、俺に差し出した。


「ルーナ……!」


 俺はルーナを受け取ると、ユーグの匂いを払うように頭から首後ろ、腹周りにかけてわしゃわしゃとやわらかな毛をなで回した。


《ふみゃみゃ(わわわっ、どうしたのレリウスさま?)》

「消毒だ」

《みゃーっ(え~、消毒ってなに? わたし、ばっちぃ物になんて触ってな……って、きゃぁあ~っ。くすぐった~い!)》


 ひと通りなで終えると、ルーナがどこにも行ってしまわぬようすっぽりと懐に押し込んで、キュッと抱きしめた。


《ふみゃっ(やんっ。レリウスさまったら、そんなにキュッとしたら苦しいよ?)》


 ――ギュゥッ。


 ルーナが上目遣いで訴える姿があまりにかわいらしく、ますます腕に力が籠ってしまう。


《みゅーっ(え~っっ?)》


 目を真ん丸にするルーナも、これまた別格のかわいさで、俺は鼻血が噴き出そうになるのを根性で堪えた。


「……はぁ。やれやれ」


 脇からあがった冷ややかなため息も、俺の耳を右から左に抜けていく。

 王都に向けて馬を駆りながら、俺の胸はぽかぽかと温かだった。この温かさは、きっと物理的な体温だけが理由ではない。俺の人生はルーナという伴侶を得て今後もずっと温かに、心豊かに続いていくのだろうと、そんな予感がした――。






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