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まさかの変身バレで大ピンチ!?①





 ぽぽんっ!という変身音に、わたしの頭の中は真っ白になった。


《ふみゃーっ(う、うっ、うわぁああああ~っ! えらいこっちゃーっ!!)》


 どうしよう。どうしよう。


「……まさか、本当にルーナだったとは」


 わたしがあたふたと叫んでいたら、頭上から低く掠れた声がかかり、ビクンッと体が跳ねた。ギシギシと軋む動きで首を巡らせると、レリウスさまが食い入るようにわたしを見つめていた。

 っ! 目にした瞬間、わたしは反射的にレリウスさまに背中を向けた。

 ……どうもこうもない! 変身の瞬間を見られてしまったのだ。わたしの正体が魔物だとバレてしまったからには、もうレリウスさまのもとにはいられない!

 わたしはレリウスさまにくるりと背中を向けて、駆けだそうとした。

 悲しいけど、レリウスさまとはここでお別れするしか……え? ところが、最初の一歩を踏み出したところで、後ろから伸びてきた腕にむんずとお腹を掴まれた。


「おい、どこに行く?」


 お腹を掴んだままヒョイと持ち上げられ、くるんと体の向きが変えられる。レリウスさまと私の視線がぶつかり、彼の瞳に籠もる静かな怒りに気づいて、ビクンとした。

 ……レリウスさまが、すごく怒ってる。

 声を荒らげたりとか、睨みつけたりとか、そういうんじゃない。でも、ずっと一緒に過ごしてきたわたしには、アイスブルーの瞳に燻る怒りがわかる。


《みぃ(どこって、そんなのわかんないよ。……でも、わたしが魔物だってバレちゃったからには、もう一緒には暮らせないでしょう)》

「まさか、俺のもとから逃げようとしているのではあるまいな?」


 地を這うような声音で問われ、わたしはおっかなびっくりで答える。


《ふみぃ(違うよ。逃げるんじゃなくて、わたしはふたりの未来のために出ていくんだよ。魔物なんて飼ってたら、レリウスさまのところにお嫁さんがきてくれなくなっちゃう。わたしとしても、レリウスさまと仲良くする女性の姿を見るのはやっぱりつらい。だからわたしが――)》

「許さん! どんな理由があれ、俺のもとを出ていくなど許さんぞ!」


 あっ! 突然、レリウスさまの胸にギュッと抱きしめられて、苦しさに息が詰まった。


《ふみゃぁ(レリウスさま……?)》

「……ルーナ、お前はその姿の時でも俺の言葉がわかっているのだろう? ならば、俺の想いを聞いてくれ」


 レリウスさまはここで言葉を区切ると、一拍の間を置いて続けた。


「俺はもう、お前なしの人生など考えられない。ネコの姿のお前も、人間の姿のお前も、どちらのお前も愛しているんだ。どこにも行くな。そして、俺の妻になってくれ」


 ……レリウスさまはいったい、なにを言っているの? だってわたしは魔物で……。

 すぐには理解が追いつかず、わたしはしばし呆然としながら、レリウスさまの瞳に映る自分の姿を見つめていた。

 ふわふわの毛からちょこんと顔を出す三角耳にぺちゃんこの鼻、ピンと伸びたおひげ。目の前に映った自分は、ネコ以外の何者でもない。月が出ている夜の間は人型を取るとはいえ、一般的な夫婦のような日常は到底望めないだろう。

 そんなわたしが、レリウスさまに妻として望まれるなんてあるのだろうか……?


「言ったろう? ネコの姿も愛していると。ルーナ、俺が望むのはお前だけ。お前以外、ほしくない」


 レリウスさまは戸惑うわたしの耳もとに唇を寄せて囁いた。

 それはまるで、わたしの心に巣食う不安を見透かしたみたいな言葉……。

 もしかすると、レリウスさまはわたしの心を透かし見る魔法が使えるんじゃないだろうか? 半ば本気でそんなことを考えながら、目からはポロポロと大粒の涙がこぼれていた。

 大好きな男性に、真摯に愛を囁かれ、妻に望まれる。月乃の時にだって経験し得なかった至上の幸せ――。

 宙に浮かんだみたいに心と体がふわふわする。幸せで……あまりにも幸せすぎて苦しかった。


「その涙は同意と考えていいな?」


 幸福の涙は一向に止まる気配がなく、レリウスさまの問いかけに、わたしは泣きながらコクンと頷くことで答えた。

 レリウスさまはやわらかに笑んで、わたしの目もとにそっと唇で触れる。そうして涙の滴を丁寧に唇と舌先で吸い取ってくれる。


「ルーナ、愛している」


 優しい告白を耳にして、目頭がますます熱を持ち、新しい涙が滲んだ。

 ……わたしもだよ。

 本当は、レリウスさまが他の女性とお付き合いや結婚をするのなんて見たくなかった。

 レリウスさまの隣はわたしだけの指定席じゃなくちゃ嫌だった。だけど、わたしじゃレリウスさまの隣には相応しくないって、ずっと自分に言い聞かせてた。

 予防線を張って、抱きはじめた恋心に真正面から向き合うのを逃げていた。でもね、ほんとはずっと――。


《ふみゃ(レリウスさま。わたし、ずっとずっとあなたのことが大好きだった……)》

「ルーナ……」


 レリウスさまはわたしの想いを、しっかりと汲み取ってくれたようだった。

 弾けるような笑顔を浮かべたレリウスさまが、ドアップで迫ってきて……え? 次の瞬間、わたしの口にちょんっとなにかが触れた。

 っ!?

 もしかして、今のって……わ、わっ、わぁああ~っっ!

 挙動不審に視線をあっちゃこっちゃに漂わせ、手足をバタつかせだしたわたしを見下ろして、レリウスさまはフッとひとつ笑みをこぼした。そうして宝物を包み込むみたいに、わたしをそっと抱きしめた。


「さて。ずっとこうしていたいところだが、そろそろユーグが頭から湯気を出しはじめているだろうからな。一旦、戻るとするか」

《みゃー(うん、レリウスさま……)》


 わたしの胸は、はじめてのキスの恥ずかしさ、嬉しさや安堵、色んな感情がごちゃ混ぜだった。

 この状態でレリウスさまの顔を直視するのは、さすがにハードルが高かった。わたしはレリウスさまの懐に張り付いて、すっぽりと顔を埋めていた。

 レリウスさまはそんなわたしの頭や後ろ首を愛おしそうになでながら歩きだした。


***


 俺はルーナを懐に抱いて愛馬に跨り、部隊の先頭で王都への帰路を進んでいた。

 隊列には、出陣の時にはなかった馬車を二台加えている。言わずもがな、一台は護送車だ。中にはワーグナー筆頭大臣と、共に謀反を企てた彼の側近たちが乗っている。

 もう一台は救護車で、コリンとアックスの他、二名の隊員が車内で負傷した体を横たえている。

 コリンから罪の告白があったことは、既にユーグから報告を受けた。コリンは、もう一名内通者がいる可能性を伝えてきたらしいが、そちらはグレス書記官の嘘だったようで、該当者はいなかった。

 コリンの正式な処分は保留になっているが、彼を犯行に走らせた事情が事情だ。俺個人としては、無罪放免で構わないと思っている。妹の捜索については、征伐成功の一報を携えて先発した隊員が施設に残る騎士たちに要請する手筈になっており、じきに発見されるだろう。

 そのコリンも含め、隊員らの傷はいずれも急所を逸れていて、全員命に別状はない。あの状況から一名も欠けることなく、生還できたことは不幸中の幸いだった。

 そして、窮した戦況から部隊を救い、この結果に導いたのは他でもないルーナだ――。

 そのルーナはといえば、照れているのだろう。いまだ俺の腹にバフッと顔を埋めたまま、微動だにしない。

 俺は恥ずかしがり屋の新妻の頭をサラリとなでながら囁いた。


「かわいい奥さん、少し体の力を抜いて楽にしてはどうだ? 道中ずっとそれでは、体が凝り固まってしまうぞ」


 ルーナは俺の声でもぞもぞと身じろぎ、ゆっくりと顔を上げると、眉をハの字にしてなにごとか訴える。


《ふみゃみゃっ(レリウスさま。お願いだからこれ以上、ユーグさんの神経を逆なでするようなことを言わないでっ)》

「どうしたどうした? まだ口吸いのことを恥ずかしがっているのか。かわいい奴め」


 困り顔のルーナがかわいくて、いとしくて堪らない。ふわふわの毛で覆われた頬をツンツンと突きながら、口もとが緩むのを止められなかった。


《ふみゃふみゃっ(レリウスさま、本気でやめてぇえ! ユーグさんが怖いから! ブツブツが明らかに大きくなってる! どうしてアレを無視できるのよぉお~! アレを見てってば!)》


 ルーナは俺の手から逃げるように体を仰け反らせ、震える前足で少し後ろを走行するユーグを指差した。





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