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騎士団長、少女に再会する①





 突入直後、征伐隊はワーグナー筆頭大臣の私兵団に囲まれた。異常な数の兵士を認めた瞬間、俺は征伐隊の情報が漏洩していることを直感した。


「どうやら、突入のタイミングまでダダ漏れだったようですね。いやはや、頭の痛いことです」


 ユーグは俺にだけ聞こえるようにこぼし、チラリと後続の隊員らを流し見た。

 俺とて思うところはあるが、今は仲間の裏切りを嘆いている暇はない。


「ユーグ、今は目の前の敵に集中しろ。全員で生還するぞ」

「同感です。なにより、あなたが生還せねば、ルーナもまた野垂れ死ぬことになる。あなたを慕いここまで追ってきたのですから、必ず迎えに行かねばなりませんね」

「当たり前だ」


 俺はキッと前を見据え、隊員らに叫んだ。


「陣形を広げすぎるな! 背後を取られぬよう留意しながら行くぞ! 敵は数だけが頼りの寄せ集めの素人集団だ、一気に叩く――!!」

「ゥォオオオオ!!」


 先陣を切り、向かい来る敵をなぎ倒す。

 以降、俺は死闘に全神経を集中させた。





 交戦開始からどのくらい時間が経ち、どれだけの敵を倒したのか。

 考える余裕もなく、ひたすら目の前の敵を切った。

 ……チッ! 切っても切ってもきりがない!

 先の言葉通り、私兵団の戦力は弱い。だが、いかんせん数が多く、時間が経つほどに戦況は苦しさを増していった。


「ハァアアアッ!」


 ――ガキンッ! キンッ、カキンッ!! ザシュッ、ザシュッ!


 俺は気合のひと声と共に、頭部を目がけて飛んできた矢を打ち落とす。さらに、剣の勢いそのままに三方向から切りかかって来る三騎の敵を切り倒した。

 ……他の隊員は無事か!?

 敵から注意を逸らさぬまま、素早く視線を一周させ、仲間たちの動向を把握する。

 今はまだなんとか全員が食らいついているが、確実に隊員らにも疲労の色が見え始め、負傷者も出始めていた。

 ……いかんな。アックスが相当、剣を受けてしまっている。

 部隊の後方で戦っているアックスは、隊員の中でも一番実践経験が少ない。彼は既に満身創痍で、いつ落馬してもおかしくない状態だった。

 殿を務めていたコリンがピタリと脇につき、広く守備範囲を取ることでアックスを援助し、なんとか凌いでいた。

 その時だった。ここまでどうにか耐えていたアックスの体がグラリと傾ぐ。左体側がガラ空きになり、対峙する敵がすかさずそこを狙って剣を突き入れてくる。


「アックス――!」


 ――ガキンッ!


 剣先が脇腹を貫く直前、コリンがアックスの前に出て、馬から大きく身を乗り出して腕を伸ばす。コリンは立ち乗りの苦しい体勢で、なんとか敵の剣をなぎ払った。

 弾かれた剣が弧を描いて吹き飛んでいくのを目にし、俺が安堵しかけたのも束の間。

 馬上での無理な体勢が災いし、コリンの背後に一瞬の隙が生じていた。そこに、敵が射た矢が迫る。


「コリン、後ろだ!」


 ――ズンッ!


 気づいた俺が声を張るのとほとんど同時、体勢を立て直そうとするコリンの背を矢が射貫く。コリンは前に倒れ込むように落馬し、体は無残に地面に叩きつけられた。

 すぐにでも駆けつけたいが、戦況がそれを許してはくれない。


「クソッ!!」


 襲いくる敵を切り伏せてから横目で見たら、持ち直したアックスがコリンを守るようにきつく前を見据え、剣を構えていた。そのことだけが唯一の救いだった。


「待っていろコリン! すぐに助ける! ……ハァアアッ!!」


 俺は返り血と汗で滑る剣を握り直し、同時に向かってくる四騎の敵を一太刀で叩き切った。

 満月が不思議なくらい発光を強くしたのは、その直後だった。


「っ、これはいったい……!?」


 突如月が輝きを増したと思ったら、まばゆい光のシャワーが降り注ぐ。

 目の前は、あっという間に清らかな白い光で塗られてしまう。視界が奪われたことに恐怖を覚えたのは一瞬で、光のシャワーを受けながら全身にどんどん力が漲ってくるのを感じた。

 まばゆいほどの白光がやわらぐと、徐々に視界が戻ってくる。そうして目にした景色は、これまでと一変していた。

 ……どういうことだ?

 相対する兵士がひとり、またひとりと剣を下ろしていく。俺たちに向かって四方から矢を射るべく構えていた兵士たちも、こぞって弓を下げていくではないか。

 まさか投降者が続出し、俺たちは一気に優勢に転じていた。

 さらに、最終的に半数ほどに数を減らした私兵らも明らかに戦意を喪失しており、既に俺たちの敵ではなかった。


「この機を逃すな! 屋敷まで一気に切り込むぞ!!」


 疑問は尽きないが、今は天からもたらされた幸運を生かし、勝利を手にすることだけに意識を集中させた。


「ゥオオオオッ!!」


 征伐隊は鬨の声をあげ、ワーグナー筆頭大臣の私兵団を一網打尽にしていった。

 その勢いのまま、俺たちはついに屋敷内へ切り込んだ。しかし、部屋という部屋を片っ端から捜索しても、一向にワーグナー筆頭大臣の姿が見あたらない。


「隈なく捜せ! 先に捕縛した側近らの証言では、いまだ大臣は屋敷内にいるはずだ!」


 その時、大臣の政務室を捜索していた隊員のひとりが、政務机の下を指差しながら声を上げた。


「騎士団長、床に僅かな突起があります。隠し扉かと思われます!」

「なんだと!?」


 駆け寄って突起を摘まみ上げると、床板が外れ、少し下った先に人ひとり通るのがやっとの細い通路へと繋がっていた。

 ユーグと目配せし、俺は隊員らに指示を叫びながら通路へと身を滑らせる。


「半数の隊員は俺と共にここからワーグナー筆頭大臣の捜索に! 残る隊員はユーグをリーダーとし、継続して捕縛者の監視と負傷者の救護、投降者への対応等、この場の管理統制にあたれ!」


 俺に続き、隊員らが次々と通路に降り立つ。

 残る捕縛対象は黒幕であるワーグナー筆頭大臣ただひとり。絶対に、逃がしてなどやるものか――!


「全員そろったな、行くぞ! 後に続け!」

「ハッ!」


 逸る思いで、先頭に立って通路を駆けだした。






 隠し通路は、ワーグナー筆頭大臣邸の敷地を囲う垣根の外に通じていた。

 石のモニュメントの裏に巧妙に隠された出入口は、実際にそれと知らなければまず気づくことはないだろう。


「こんなところに通じていたか」


 俺に続き、大柄の隊員らが窮屈そうに出てくるのを眺めつつ、悪事に関してはつくづく知恵の回る男だと敵ながら感心した。ただし、悪あがきはここまでだ。必ず、俺が捕えてみせる――!


「よし、残る足跡を辿っていく。後に続け!」


 全員が出てくるのを確認し、先頭を切って走りだす。

 ワーグナー筆頭大臣は悪知恵は働いても、所詮は素人。足跡を消すことなく、その行方を俺たちに知らせていた。

 足跡を辿り、三百メートルほど進んだ先に火の見やぐらが見えてくる。その下にふたつの人影を見つけ、目を凝らした。


「……親子連れか?」


 最初、ピタリと寄り添った人影は、その体格差もあって父娘を連想させた。しかし、さらに近づくと――。


「っ! ワーグナー筆頭大臣!! 血迷った真似はよすんだ!」


 ワーグナー筆頭大臣に羽交い絞めにされ、首にナイフをあてられた白銀の髪の少女を目にした瞬間、俺は隊列を飛び出して残る百メートルほどの距離を猛スピードで一気に詰めた。

 ……なっ!?

 なぜか、騎士団員に支給される共通のマントにすっぽりと身を包んだ少女。その少女の顔を間近に見て、俺の胸に真っ先に湧きあがったのは驚きだった。ただし、ここでの『驚き』は単に少女との奇跡的な再会を指すものではない。

 白銀の髪をなびかせた美貌の少女は、たしかに小屋で遭遇したあの少女なのだ。しかし、少女の身には常識では測れない変化が起こっていた。

 瑞々しい肢体はスラリとして細いが、あの時よりやわらかなまろみを帯びて女性らしくなった。身長も伸び、今は閉ざされた目もとから頬、顎へと続くラインが大人っぽくなっている。少女から女性へと、まるで硬く結ばれていた蕾が花開くかのように艶やかな変貌を遂げていた。

 ……あり得ない。だが、確実に成長している――!

 前回出会った時、十四、五歳くらいだった少女は、今やカインザー王国の成人である十六歳程度にまで、明らかに年単位の成長をしていた。いくら成長期とはいえ、ひと月足らずでこの成長はあり得ない。

 しかし、一見すれば奇異な少女の変化が、俺にはとても喜ばしいものに感じられた。神々しいほどの輝きを放つこの娘が到底只人ではないという事実が、不思議なくらいストンと納得できていた。

 同時に、胸に強固な決意が満ちる。

 傷ひとつ負わせはしない! 俺がワーグナー筆頭大臣の魔の手から救ってみせる――!!


「来るな、レリウス騎士団長。この女を傷つけたくなかったら、武器を捨てろ!」


 言われるがまま、俺は手にしていた長剣と腰に下げていた短刀を放る。後から到着した隊員たちにも捨てるように目配せし、全員が剣を手放した。

 その様子を満足げに眺めた後、ワーグナー筆頭大臣は厭らしい笑みを浮かべて俺を見つめた。


「やはりこの娘が、其方がいっとき血眼になって探していたという『白銀の髪と紫色の目をした少女』だったか。こうして目にするまでは『愛猫に入れあげすぎて、ついにネコが人型を取ったと妄想まではじめた』という巷の噂をグレスと共に笑っていたが、まさか本当にこんな髪色を持った女が実在していたとはな。それにしても、成人を迎えるか迎えぬかの少女に食指が動くのだから、レリウス騎士団長、其方も存外俗物だったのだなぁ?」


 下品な物言いは、果たして俺への挑発なのだろうか。だが、俺のことをなんと言われようが、そんなのは構わない。

 この瞬間、俺の頭を占めるのは、いかにして少女を無傷で救出するか、この一点だけだ。


「御託はいい。こんなふうに人質を取ったところで、其方に行く先はないぞ。其方にも想像ができるだろう? 馬鹿な真似はやめ、投降しろ」

「行く先はない? ……ふむ、たしかにそうかもしれんなぁ」


 ワーグナー筆頭大臣はその言葉ぶりとは裏腹に、勝ち誇ったような不遜な表情をしていた。


「わかったら、ナイフを下ろせ」


 なんとなく嫌な空気を感じながら、務めて冷静に促す。

 ワーグナー筆頭大臣は求めに応じ、少女の首に押し当てていたナイフをゆっくりと引……っ、いかんっ!

 引いたかに見せかけて、大臣はナイフを振りかぶり、少女に振り下ろす。


「ならば、道連れにするまでだ!!」

「やめろ――!!」








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