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仔ネコ、忍び込みがバレる





 わたしは浅はかだった自分を恨みながら、快適とは言い難い馬上で窮屈に身を縮め、今後についてぐるぐると考えを巡らせていた。

 しかし、どんなに頭を悩ませたところで、この状況の打開案など思いつくわけもなく……はぁ。

 わたしはもう何度目とも知れぬため息をこぼした。

 そもそも屋敷を飛び出した時は、征伐に同行しようだなんて、大それた思いはなかった。ただ、レリウスさまの顔が見たかった。だけど今まさに出立しようという征伐隊に裏切者が紛れ込んでいると知ってしまった以上、行動せずにはいられなかったのだ。

 それがまさか、こんな結果になろうとは……。

 ここまま夜になれば、わたしは馬上の荷袋を破って突如現れた痴女として、後世まで語り継がれることになるだろう。

 それでも、その後うまく逃げおおせられればまだマシで、手練れの騎士たちに掴まったら翌朝には魔物だとバレてしまう。その先にどんな未来が待っているのかは、想像すら及ばない。

 もう八方塞がり……あれ、待てよ? 人型になれば、レリウスさまにコリンのこととか、口頭で全部教えてあげられるんじゃない!?

 わたしの処遇はどうなっちゃうかわからないけど、レリウスさまのことを考えたら、人型になった方がむしろいいかもしれない!

 ふいの思い付きに、わたしは活路を見いだした。

 ひとつだけ、ポッと出の怪しい女の言葉にちゃんと耳を傾けてくれるかが心配だけど、なんとなくレリウスさまなら無下にはしないだろう、そんな気がした。

 よし! 痴女でもなんでもいい、人型になったら真っ先にレリウスさまに伝えよう――!

 その後のことは、なるようになるさ……!

 腹が決まると、気が緩んだのか一気に頭痛と怠さに見舞われた。

 うぅっ、頭がぐわんぐわんする。

 ……馬酔いかな? ……ううん、前にレリウスさまと馬に乗った時はこんなふうにはならなかった。それに、ここまでは気が張っていて体調不良など意識する間もなかったけれど、もともとここ数日は調子が悪かったのだ。

 ……どうしよう。もう、まともに目を開けているのもつら……い――クテッ。

 わたしは襲いくる目眩と倦怠感に抗えず、ついに意識を失った。


***


 ……まさか、一度も屋敷に帰る間がないまま出陣の時を迎えることになろうとはな。

 屋敷の者たちは、俺が機密性の高い活動に従事しており、急な派遣や出陣が多いことも承知している。今さら俺が数日屋敷を空けたところで騒ぐこともない。だが、きっとルーナは首を長くして俺の帰りを待っているに違いない。

 ルーナと暮らすようになってから、俺が帰宅しない日はなかった。それどころか、多少の前後はあれど夕飯前には帰宅し、必ずルーナと同じ食卓を囲んでいたのだ。

 ……ルーナはちゃんと飯を食っているだろうか。毎日のブラッシングも、滞っていなければいいが……。

 こんなふうに、ワーグナー筆頭大臣の直轄地に続く森の中を部隊の先陣を切って進みながら、屋敷で俺を待つルーナへと思いを馳せていると――。

 ――ふみぃ。

 ふと、ルーナの声を聞いたような気がした。それだけではない、すぐ近くにルーナがいるような空気を感じた。


「おいユーグ、今ルーナの鳴き声が聞こえなかったか?」

「なに寝ぼけたことを言ってるんですか。こんな場所にルーナがいるわけがないでしょう。それよりも、ワーグナー筆頭大臣の直轄地はもう目と鼻の先です。今は征伐作戦にのみ集中してください」


 振り返って、俺のすぐ後ろで馬を駆るユーグに問うと、厳しい目でピシャリと返される。

 ユーグの言葉は正論で、ぐうの音も出ない。なにより部隊は予想より順調に進み、いまだ太陽が沈みきっていないが、既にワーグナー筆頭大臣の直轄地まで残り五キロを切っていた。

 ……たしかに、今は征伐に集中せねばいかんな。


「わかっている。もちろん征伐作戦には手抜かりない」


 こう答え、口を噤んだ俺だったが、五感は相変わらずルーナの存在を訴えていた。

 違和感を拭えないままさらに二キロほど進み、まもなく森を抜けようかという地点で、俺は馬脚を緩めて声を張った。


「征伐隊は一旦進行を停止! ここで二十分間の小休止を取る!」


 森を抜けると、拓けた平坦な地形が続く。進行する部隊を隠す術がないため、この森を出た後はワーグナー筆頭大臣邸まで一気に駆け、突入することになっている。

 ここが進行計画に基づく、最後の休息予定地だった。


「携帯食を配給する! ワーグナー筆頭大臣の直轄地まで残り三キロ弱、ひとたびここを出たらすぐに厳しい交戦が予想される。それに備え、各自しばしの体力回復に務めよ!」

「ハッ!」


 俺の指示で進行を止めた隊員たちは、手早く馬を周囲の木々に繋ぎだす。

 さらに携帯食を配給するべく、三人の隊員が馬上から荷袋を下ろし始めた。


「う、ぅわぁあっ!?」


 携帯食の袋を開けた瞬間、隊員のひとりが仰け反るようにして素っ頓狂な叫びをあげた。


「どうした!?」

「ネ、ネコが中にいます!」

「なんだと!?」


 駆け寄って中を覗くと、携帯食に埋もれるようにして輝くような白銀の毛をしたネコ――もとい、ルーナがいた。なんとルーナは俺を追って、こんなところまで付いてきてしまったらしい。


「ルーナ――!」


 慌てて脇腹を両手で掴み、袋から引き出す。ルーナは意識が薄れているのか力なくクタンと頭を下げたまま、俺の呼びかけに反応しなかった。

 ただし呼吸はちゃんとしているから、もしかすると狭い袋の中で長時間馬に揺られ、酔ってしまったのかもしれない。


「……長い時間苦しかったな。だが、もう大丈夫だぞ」


 労わるように小さな体をなでてやると、ルーナは無意識にだろう、俺の手にスリスリと体を寄せてきた。こんな些細なことが、苦しいくらいに俺の胸を熱くした。

 そして、これは絶対に声にはできないが、携帯食の中で窮屈に体を丸めるルーナを目にした瞬間、俺は驚きと共に大きな喜びを感じていた。忍び込みは決して褒められた行為ではないが、こんなにも俺を慕ってくれるルーナを前にして、俺には愛しい以外の感情を見つける方が難しかった。


「なんとまぁ、騎士団の極秘編制の部隊に潜入を果たすなど、君がカインザー王国史上初ですよ。本当に規格外なネコです。そして、その気配を嗅覚だけで感じ取ってしまうあなたもまた、規格外のお人です。……ねぇ、レリウス様?」


 ルーナと俺を順に見つめ、ユーグが氷点下の声音で告げる。

 答えに窮し口を結んだままの俺に、ユーグはさらに続ける。


「さて、ルーナの保護者であるレリウス様と、忍び込みを見過ごした主任料理人への責任追及は征伐成功の後ゆっくりとさせていただくとして、今はルーナをどうするかですね」

「どうするもこうするもない。俺が責任を持って安全な場所に連れて行く」

「部隊の指揮を放り出すのですか?」

「馬鹿を言うな。西に少し行った先に、今は使われていない地下貯蔵庫がある。そこにルーナを置き、出発までに戻る!」


 低く問うユーグに、キッパリと言い切る。


「いいでしょう。今の言葉をお忘れなきよう、二十分後……いえ、もう十八分後ですね。必ず戻ってきてください」


 ユーグはやれやれといった様子で肩をヒョイと竦めて答えた。


「ああ! すまんが俺の不在中、部隊を頼んだ」


 俺はユーグに後のことを任せると、手持ち式のランプと俺の割り当ての携帯食を掴み上げ、相変わらずぐったりとしたままのルーナを抱いて走りだす。

 今回の征伐にあたり、この森を含む進行予定ルートの近辺は、綿密な事前調査を行っている。当然、調査報告であがってきた内容は地理地形も含め、すべて記憶済み。ここから三百メートルほど西に行ったところに、地図にも載っていない地下貯蔵庫の入口が大木の根に隠されるように存在することも、しっかり脳内に叩き込まれていた。

 俺は迷いのない足取りで山道を進んだ。




 ……ここだな。

 落ち葉をかき分けたら、大木の根のすぐ横に入口の扉が現れた。特に鍵などはなかったが、古い金属製の扉は軋み、開けるのに少し力が必要だった。

 扉が開くと、ルーナをマントに包んで懐に抱き、ランプで足もとを照らしながら体を中に滑らせた。

 そのまま慎重に地下に続く階段を下りていく。二メートルほど下り、五メートル四方の空間に行き当たった。

 今はなにも物が置かれておらず、貯蔵庫の中はがらんどうだった。管理の手も入っていないため空気は淀んでおり、お世辞にも綺麗とは言い難いが、ここにいれば最低限雨風を凌ぐことはできる。なにより、万が一征伐で残党が出て森に逃げ込んだ時に、ルーナの存在を隠し、守ってくれる。


「ルーナ、すべて終わったら迎えに来る。それまでここで大人しく待っているんだぞ」


 俺はマントを外して地面に敷くと、その上にそっとルーナを横たえる。脇に携帯食と、目覚めた時にルーナが暗がりで怯えぬようランプを置いた。

 ルーナはピクピクと瞼を揺らしており、もうじき目を覚ましそうだった。だが、今は目覚めを待っている時間はない。

 俺は名残惜しくやわらかな頭部をひとなでしてから、ルーナに背中を向け、地上に続く階段に足をかけた。


《ふみゃ(レリウスさま、待って……)》


 後ろからあがった鳴き声を耳にして振り返ると、ルーナが前足を支えに半身を起こしながら、俺を見つめていた。


「ルーナ! 目覚めたのか、よかった!」

《ふみゃふみゃ(聞いてレリウスさま、部隊に裏切者がいるの! コリンが狼煙で、征伐部隊の接近をワーグナー筆頭大臣にバラしちゃってる!)》


 ルーナがよたよたと俺の後を追い、必死な様子でなにごとか訴えていた。


「すまんが今は征伐を控え時間がないんだ。俺が迎えに来るまで、ここでじっとしていてくれ」

《みゃああ(待って。わたしの話を……そうだ、コリンの名前! わたし、ここに【Colin】って書くから、ちょっとだけ見てて!)》


 ルーナはハッと気づいた様子で地面に前足をあてるや、半円を描く。さらにその隣に、小さな丸を描き始めたが、これ以上見守っているのは時間的に限界だった。


「すまんな、ルーナ。詫びは後でゆっくりさせてもらう。今は時間がない、行かせてもらうぞ」


 ルーナが俺にこんなに必死になってなにか訴えてくるのは初めてで、その声に耳を傾けてやりたいのは山々だった。しかし今は、いかんせんその余裕がない。


《みゃぁあ――(だめぇ! 行ったら危ないから――)》


 ――バタンッ。


 後ろ髪引かれる思いでルーナを振り切って階段を上りきり、地上から入口の扉を閉めた。

 西の空に低く残っていた太陽が、ちょうど沈んでいくところだった。

 ……すまない、ルーナ! だが、少しの辛抱だ。ワーグナー筆頭大臣の征伐を成し遂げたら、すぐに迎えに来る――!

 俺は脇目も振らず、草木をかき分けて隊員らのもとへ駆け戻ると、計画通り宵闇に紛れての征伐を決行したのだった。






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