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仔ネコ、不穏な会話を耳にする





 宿舎棟を出たわたしは、柵で囲われた厩舎の脇を進んでいた。

 ……あれ? 馬が馬房から出されてる。

 一頭や二頭なら気にもしないが、何頭もの馬が続々とスタッフに引かれてくるではないか。しかも、その中にレリウスさまとユーグさん、ふたりの愛馬の姿を見つけ、首をかしげた。

 ……おかしいな。騎馬訓練はいつも午後に実施するって、前にレリウスさまが言ってたのに。

 なんとなく気になり、わたしは足を止め、柵越しに中の様子を窺った。

 最終的には、厩舎スタッフの手によって五十頭ほどの馬がエリア中央に集められた。その全てに手際よく鞍が付けられていき、またある馬には見慣れない形状の積荷が括られていた。

 ……あの長くて大きいのって、なんだろう?

 よくよく目を凝らすと、それらの形状からピンとくる。

 カバーがかけられてるけど、中は刺股状の捕縛具や投擲武器とかそういうのだ! 昔映画で見た捕り物のシーンで、ちょうどああいうのが使われていた!

 ……間違いない。これは出陣の準備だ!

 五十騎程度の部隊編成というのは、かなり規模が絞られている。当然だが国同士の戦争とか、そういう類ではあり得ない。

 かといって、騎士団長自ら指揮を執るのだから、目的が盗賊や強盗団の退治という可能性は低いだろう。これは、もっと政治的に重要な意味を持つ出陣のような気がした。……そう。掃除係の女性が言っていた通り、国王様からなにかしらの密命を受け、レリウスさまが少数精鋭の部隊で国内の反乱分子の征伐に向かうと考えるのが自然だ。

 いまだ騎士たちの姿は見えないが、これだけ準備が進んでいるとなれば、出発はもう間近だろう。

 レリウスさまが行っちゃう前に、ひと目でいい。会いたいよ――!

 わたしは大急ぎで中央棟に向かいかけ、ふと思い直して足を止めた。

 ……ううん。今から中央棟に向かっても、レリウスさまと合流できるかなんてわからない。下手をすれば入れ違いになって、会えないままレリウスさまが出発してしまうかもしれない。ここで待っていれば、少なくとも顔を見ることはできる。

 わたしはここでレリウスさまたちが来るのを待つことに決め、人目を避けるように少し先の茂みの中に隠れた。

 しばらくすると、ふたりの男性がこちらに向かって歩いてくるのに気づく。

 ……あ、向こうから誰か来た! まさかレリウスさま……って、違うや。

 一瞬期待しかけたが、ふたりのうちひとりはグレス書記官。もうひとりは、初めて見る若い騎士だった。彼の引き締まった鋼のような体躯と、騎士服の胸に光る勲章を見るに、将来を有望される騎士であることは瞭然だった。

 なんだか今日は、グレス書記官をよく見るな。そんなことを思いながら、木の葉の隙間からふたりの姿を目で追った。

 ふたりの会話の内容までは聞こえないけれど、若い騎士は終始悲愴感の籠もる目でグレス書記官を睨みつけていた。

 ……どうして、あんな目でグレス書記官を見るんだろう?

 徐々にふたりが、茂みに近付いてくる。ふたりはわたしの存在にはまったく気づいていないようで、ひそめた声でずっと会話を続けていた。

 ついに、ふたりがわたしが身を隠す茂みの前に差しかかる。

 目の前を通過していくふたりに、わたしが真っ先に感じたのは強烈な違和感。ふたりの間には、痺れるような緊張感を孕んだ異様な空気が漂っていた。さらに、小声で交わされる会話がわたしの耳に届く。


「――本当に、妹は無事なんですね? 俺が言う通りにすれば、必ず妹を返してくれるんですよね?」


 ……なに? いったいふたりは、なんの話をしているの?


「これこれ、コリン。声が大きいですよ。そう怖い顔をせずとも、妹さんは然るべき場所で大切にお預かりしています。先ほど様子を見てきましたが、趣味の刺繍など刺しながら寛いでいましたよ。もちろん、じきにお返しします。……お前が我らにほんの少し協力してくれれば、ですけれどね」


 グレス書記官の脅しみたいな台詞を耳にして、若い騎士――コリンの表情が苦悶に歪む。

 わたしの胸にも不快感が込み上がり、全身の毛という毛がビリビリと逆立った。


「具体的に、俺はなにをすればいいんです?」


 グレス書記官は自身の懐から筒状の物を取り出し、コリンのポケットに捻じ込みながら続ける。


「なに、とても簡単なことですよ。ワーグナー筆頭大臣の直轄地まで残り三キロの地点に到達したら、他の部隊員に気づかれぬようこれに着火し、放るだけでいい。お前は部隊の殿、後方からの目がないのだからいくらでもやりようはあろう?」


 わたしは『ワーグナー筆頭大臣』という名前に聞き覚えがあった。レリウスさまに引き取られてすぐの頃、屋敷に来たユーグさんの口からその名前を聞いたのが最初。

 他にも、レリウスさまが持ち帰った重要そうな書類の中に、その名前が頻出していた。

 ……そう、侮るなかれ。わたしは異世界の言葉のリスニングだけでなく、リーディングができる。もっと言えば、人型ならば日本語をしゃべっている感覚でスピーキングと、なんとライティングまでできちゃうのだ。


「これは……?」


 コリンはポケットの上から感触を確かめながら尋ねた。


「狼煙筒です。だが、心配することはありません。長めの導火線が内蔵されており、時間差で発煙するようになっています。その上、特殊な技術で発煙時間も短く設定されていますので、上手くやれば部隊の仲間にお前の仕業とバレることもありませんよ」

「なんだって!? そんなことをしたら、ワーグナー筆頭大臣に勘付かれて……っ、それこそがあんたの狙いか!? この裏切者が!」

「口を慎め。妹の無事は、お前の心ひとつだということを忘れるな? ……さぁ、返事は?」


 ……なんてことだ。コリンは妹さんを人質に取られ、裏切りを強要されている――!


「クソッ! わかった」

「よろしい。おっと。そろそろ、部隊員が集まり始めているようですね。ここでの会話はいったん忘れ、普段通りの顔でお前も合流しなさい。くれぐれも、妙な気を起こさぬように。……部隊にはもうひとり、私の息がかかった者がいる。お前の動向もまた筒抜けなのだと、妹がかわいければ肝に銘じておくことです」

「……わかった」


 コリンは奥歯が軋むくらいきつく噛みしめ、苦々しく同意した。握り締めた彼の拳は小刻みに震え、さらに手のひらに爪が食い込んで切れたのだろう、その手に朱色の滴りが滲んでいるのが見えた。

 コリンの心情を思うと内側からあふれるような怒りとやるせなさが湧いてきて、段々と遠ざかるグレス書記官の背中を睨みながら、わたしもまたわなわなと体を震わせた。

 グレス書記官は数メートル先の分かれ道で中央棟に続く歩行路に消えていき、コリンもなんとか表情を取り繕い、足早に厩舎前のエリアへと向かっていった。この頃には、出陣の支度を整えた騎士らが続々と集まって来ており、コリンも仲間たちと合流していた。

 どうしよう。このままじゃ、征伐隊が……レリウスさまが危ない!

 ……なんとか、わたしも部隊に同行できないだろうか?

 知ってしまったからには放っておくなんてできなかった。

 茂みから出たわたしは、周囲の目を気にしつつ、じりじりと厩舎の入口へと近付いていった。

 その時。宿舎棟の方向から、ひとりの男性が厩舎に駆け込んでいくのが見えた。

 ……あれ? 今のって、厨房で他の料理人たちから『主任』って呼ばれてた人だよね。


「おい、主任料理人。携帯食はまだなのか? 他の荷は、もう全て積み終わっているんだぞ」


 厩舎内のスタッフが主任に歩み寄り、声をあげた。


「すまんすまん。今、数量の最終確認が終わり、荷袋に纏めているところだ。じき、若いのが持ってくる」


 どうやら、追加で積荷がくるらしい。しかもその荷物は、若手の料理人らが今まさに厨房で纏めていると……?


「そうか。出立前の点呼までには頼むぞ」

「大丈夫だ、もう十分とかからん」


 ……よし、これだ! 携帯食の荷袋の中に入り込んで、征伐隊に同行だ――!


 覚悟を決めたわたしは、行き先を厨房に定め、ダッと駆け出した。

 そうして舞い戻った厨房では、まさにふたりの料理人が携帯食を袋詰めしている最中だった。

 荷袋は全部で三つ。スラリとした体格の料理人がふたつの袋に携帯食をどんどんと詰めていく。その脇では、ずんぐりむっくりした体格の料理人が残るひと袋にとろとろと……いや、ゆっくりと丁寧に袋詰めしていた。

 わたしは抜き足差し足で忍び寄り、ジーッとチャンスを窺った。


「あの~、こっちの袋にまだ結構余裕がありますけど~?」

「いや。先に詰めたこっちと合わせて、もう指定の数が入ってるッス。その袋は、そのまま閉じてしまって大丈夫ッス」


 ずんぐりむっくりした料理人……うーんと、長いから彼のことはずんぐりでいっか。そのずんぐりがのんびりとした声で問うと、スラリとした料理人がテキパキとした指示を返す。


「わかりました~」


 わたしは、ずんぐりが纏めている袋に狙いを定めた。


「よし、こっちのふたつは完成ッス。それじゃあ、先に運び始めるッスね」

「はい~」


 スラリとした料理人はふたつの袋を手にスックと立ち上がり、ひと足先に厨房を出ていった。

 ずんぐりがひとりになった瞬間、わたしは即座に脇のスパイスラックから目当てのブツ(コショー)を掴み取ると、キュッと口を閉じ、呼吸も止めて、彼に向かっていざ渾身のひと振り。


 ――パッ! もひとつおまけで、パッ!


「……へ、へっ、へーっぷしゅ! わわわ~、鼻水が~。鼻紙、鼻紙……あったあった~。チーン」


 今だ――!

 わたしはずんぐりが鼻をかんでいる一瞬の隙をついて、ボフッと袋の中にダイブした。

 ……バレないように、なるたけ奥の方にっと。

 もぞもぞと奥の方に潜り込み、小さく体を丸めた。


「ふぅ~。なんで急に鼻がムズムズしたんだ~? ……ん、コショーの瓶?」

「おい、なにぐずぐずしてるんッスか? 早く厩舎に運びに行くッスよ!」

「は、はい~。今行きます~」


 後に付いてこないのを訝しみ戻ってきた料理人から厳しい声を受け、ずんぐりはさすがに少し急いだ様子で袋の口を閉じた。


「よいしょっ~」

「なんだ、その袋も意外とパンパンじゃないッスか」

「あれ~? おかしいな~」


 厩舎に向かいながら指摘され、ずんぐりは少し不思議そうに答えていた。





 厩舎に着くと、主任料理が待ち構えており、急いだ様子で積載を指示する。


「おお、やっと来たか。レリウス騎士団長とユーグ副官が間もなく到着し、点呼が始まる。急いでこっちの馬に括れ」

「了解ッス! どんどん積むッス!」

「はい~っ」


 ――ドスッ!


 グエッ。


 ――ギュギュギューッ!


 わぁあ~っ、そんなに荷縄でぐるぐるに括ったら、苦しいってばぁ!


 乱暴な扱いと、容赦のない締め上げに思わず悲鳴をあげそうになったが、なんとか体を捩り、紐が直接食い込むのを免れてひと息ついた。

 ……ふぅうう、死ぬかと思った。


「皆、出陣の準備はいいか?」


 ……あっ! これ、レリウスさまだ!

 九死に一生を得たところで、凛と響くレリウスさまの声を聞く。

 レリウスさまがカツカツと長靴を鳴らし、隊列を組んで整列する部隊の前に立ったのが、見ずとも気配でわかった。彼の登場で、周囲の空気が一気に熱を帯びたのを肌で感じていた。


「マリウス王はついに、ワーグナー筆頭大臣が機密情報を西の隣国ボルニダ公国に流し、彼の国と結託して現政権への謀反を企てている重大な証拠を得て、我らに出陣の命を下された!」

「ゥオオオオ!」

「これまでの調査でワーグナー筆頭大臣の公金横領、領民に対する不当な徴税と賄賂の強要、これら多くの証拠を掴みながら捕縛に移らなかったのは、偏に今日という日のためだ。我ら征伐隊の目的はただひとつ、ワーグナー筆頭大臣の制圧――! 我らの手でワーグナー筆頭大臣を捕らえ、これまで奴が犯してきたすべての罪に対し、適正な裁きを受けさせるのだ!」


 騎士たちが沸き、どんどん士気が高まっているのがわかった。


「目指すはワーグナー筆頭大臣邸! 大臣の直轄地への到着は日没直後を予定、遅れを取るな! 征伐隊、出立――!!」

「ォォオオオッ――!」


 レリウスさまの声を合図に、征伐隊が出立した。

 ……なんて凛々しいんだろう。視界が遮られていても、声だけで勇ましく部隊を率いるレリウスさまの姿が鮮明に想像できた。

 わたしは荷袋の中でひとり、不謹慎にも頬を染め、ほれぼれしながら馬に揺られ……って、待てよ?

 ……さっき、レリウスさまは『到着は日没直後』って言ってなかった? ……え? それって、ヤバくない?

 桃色から一転、わたしの顔面が蒼白に変わる。

 それもそのはず。今日の天気は、雲ひとつない晴れ。しかも、暦でいけば今夜は満月だ。

 このまま日が暮れたら、煌々とした満月に照らされて、わたしは変身を――う、うっ、うわぁああ~っ!! えらいこっちゃーっっ!!

 内心で吼えるわたしを余所に、お馬さんはどこ吹く風でパッカパッカとリズムよく足を進めるのだった。






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