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お客様がやって来た②




 ……なにこれ。まるで宝石箱みたい!

 スイーツは、お肉にだって負けないわたしの大好物だ。しかも改めて見た目の前のタルトは、目も眩むほど豪華だった。

 タルト台にはまず、バニラビーンズがほんのりと香るクリームがたっぷりと敷かれ、その上に真っ赤に色づいた大きな苺にツヤツヤのマスカット。太陽の光をいっぱいに浴びて育ったマンゴーとオレンジ。他にもカラフルなフルーツが何種類ものっていた。

 さらに色とりどりのフルーツは皆、薄くジュレのベールを纏い、一層艶やかに輝いて見る者を魅了した。

 はわわ。おいしそう……!

 ゴクリとひとつ唾を飲み込んで、わたしはさっそくひと口大にカットされたタルトを頬張った。

 うわぁああ~、口の中が天国!

 噛みしめる度、ザクザクと香ばしいタルト生地、優しい甘さのクリームと弾ける果汁が出会い、混ざり合い、そして絶妙なハーモニーを奏でだす。

 わたし用のワンカットは小さいから、カットごとに違うフルーツの味わいが楽しめるのもうれしかった。


《ふみゃ~っ(ん~っ、おいしかったぁ~!)》


 完食したわたしは、パンパンのお腹さすりながら、大満足でホゥッとひと息ついた。


「満足したか?」


 向かいから声をかけられて見上げたら、レリウスさまもちょうどデザートを食べ終えてフォークを置いていた。目にしたわたしは、ピョコンと穴から引っ込んで、テーブルの下をテテテッと駆け、レリウスさまのお膝に乗り上がった。

 レリウスさまの食事中にはじゃれつかないのがマイルール。だけど、食べ終わったのなら話は別だ。


《みゃあっ(大満足ですとも!)》


 お膝にのって甘えるわたしの頭にレリウスさまはポンッと手をのせて、ふと気づいたように口にする。


「そうか、よかったな。……ん? また口にクリームを付けているぞ」


 レリウスさまは親指の腹でわたしの口の端を拭った。レリウスさまの指にくっ付いたクリームを目にし、わたしはすかさずペロンと舐めた。

 ちょっとクリームの味がする……うまっ。


「はははっ、いい子だ。ルーナ」


 へへへっ。しかも褒められちゃって、二重にラッキー。

 ユーグさんは食後の紅茶を飲みながら、わたしとレリウスさまのやり取りを見つめていた。その目が最初の探るようなそれに比べ、ずいぶんと穏やかに感じられた。

 というよりも、げんなりというか、うんざりというか、ユーグさんからはそんな雰囲気が漂っていた。


「どうしたユーグ、さっきから黙り込んで。食い過ぎたか?」

「……たしかに、いろんな意味でお腹がいっぱいですよ」


 ここでユーグさんは、一度わたしに視線を移した。

 ん?


「ルーナは私の常識ではまるで推し測れない。同様に、堅物のあなたのこんなふうにとろけた顔を見る日が来るなど、これもまったくの想定外です」


 ユーグさんは再びレリウスさまに目線を戻して続けた。


「副官として共に数多の戦をくぐり抜け、戦場の外では交渉事に疎いあなたに代わって王宮他、他所との折衝を熟し、世の中を知り尽くしているつもりでいましたが、どうやら私はあなたの言うところの頭でっかちになっていたようです。世の中というのは、存外に奥が深い」

「いや、なに。俺こそ、戦場ではともかく、それ以外では他所とのやり取りをお前に任せきりにしておきながら、ずいぶんと偉そうなことを言った。俺よりお前の方がよほど世情に明るいのは純然たる事実だ」

「……レリウス様、昼餐の初めに私はネコの一般論を語りましたが、そもそもヤマネコというのはネコという括りの中では特殊なのです。個体数が少なく、人里に下りてこない特性もあり、いまだその生態に謎が多い。殊に〝魔窟の森〟に住まうヤマネコに関しては、動物学者でさえほとんど情報を持っていませんでした」

「まさかお前、わざわざ動物学者の元を訪ねたのか?」


 レリウスさまが驚いたように尋ねた。


「いえ。知人がたまたま王立学術研究所で動物学の主席研究員をしておりまして。先日、偶然会う機会があったので、聞いてみただけです」

「……以前から思っていたが、お前はやたらと方々に顔が利くな?」

「そんなのは、たまたまですよ。その知人が〝魔窟の森〟のヤマネコについて学者らしからぬ面白い見解を述べていましてね。これは彼が独自に唱えた私見なのですが、レリウス様は存外、気に入るかもしれません」

「ほう?」


 レリウスさまは興味を引かれた様子で、ユーグさんを見返した。わたしも気になって、ユーグさんの続く言葉に耳を傾けた。


「彼曰く〝魔窟の森〟が『魔窟』と呼ばれる所以は、ヤマネコにあるそうです」

「どういう意味だ?」

「言葉の通りですよ。〝魔窟の森〟に暮らすヤマネコのコミュニティには、時折〝魔〟が混じるそうです。そしてヤマネコ社会においても異端の魔は、己の居場所を求めて人里に降りてくるのだそうです」


 耳にした瞬間、わたしの体がピクンと跳ねた。

 魔が、混じる……? わたしは長老が口にした〝禍の子〟という単語を思い出していた。

 心臓が口から出ちゃいそうなくらい、バクバクと鳴っていた。


「それはヤマネコの中に、魔物が生まれるということか?」


 レリウスさまが核心を突き、ユーグさんはそれに是とうなずいた。

 その瞬間、ハンマーで頭を打たれたみたいなガーンという衝撃と共に、自分がどういう存在なのかを否が応にも認識させられる。

 ……そうか。わたしって、『魔物』だったのね。

 わたしはこれまで、自分という存在についてあまり深く考えたことがなかったが、これでハッキリした。


「ええ、彼の見解によればそうです。ちなみに、彼の名誉のために言わせていただくと、彼は別段、古の魔法に傾倒した狂信者というわけではありません。公正な目を持った学者です。彼からこれを聞かされた時、私は彼がこんな非科学的な見解を述べたことに驚くと同時に、脳裏にルーナのことが思い浮かびました」


 ヤマネコ社会において、わたしは〝禍〟であり、よくない存在だった。だけど、まさか人間社会でも疎まれる存在だったなんて……うぅううっっ。

 わたしは非情すぎる神様の仕打ちに心でおいおいと泣きながら、レリウスさまのお膝から降りようと立ち上がった。

 ……だって、魔物に乗っかられてたら、誰だって嫌でしょう? ぅううっっ。。。

 ところが床に飛び降りる直前で、レリウスさまがわたしの胴体をワシッと掴んで持ち上げた。

 ん?


「はははっ! その見解はいいな! こんなにかわいい魔物なら大歓迎だ! なぁ、ルーナ?」


 えっ? 大歓迎してくれちゃの?

 レリウスさまは自分の頬にわたしの額のあたりを寄せ、白い歯をこぼしながら頬ずりする。

 ……レリウスさまは、ほんとにわたしが魔物でもいいの?

 レリウスさまにされるがまま顔中をなで回されながら、わたしは困惑しきりでパチパチと瞬きを繰り返した。


「伝承によれば、古の人間が有益に魔法を活用していたのとは対照的に、知性と理性に劣る動物は己の有する魔法を御せずに凶暴化し、『魔物』と呼ばれ厭われてきたと言われています。仮にルーナが魔物なら、現代にも魔法が息づいているという事実に加え、『凶暴』という魔物の定義が覆ります。どちらにせよ歴史を変える大発見です」

「もしルーナが魔物なら、そうなるな。だが、ルーナは魔法など使えん。だからルーナは、魔物ではあり得ないがな」


 ……ううん。それがね、実は使えちゃうんだよ。

 心の中でしょんぼりと漏らした声は、当然レリウスさまには届かない。


「では、レリウスさまは見解そのものには否定的なわけですね」

「当たり前だ。太古の昔はわからんが、少なくとも現代に魔法は存在しない。当然、魔法を持った動物もいない。ルーナはかわいい上に、他よりも利口なヤマネコというわけだ。なぁ、ルーナ」


 同意を求めるみたいに『なぁ』と言われても、この一件に関してはノーコメント。

 わたしは無言のまま、ツツツッと視線を逸らすのが精いっぱいだ。


「……なるほど」

「なんだユーグ、不服そうだな。お前とて、『魔法の存在は過去のもの。今は科学技術の時代だ』と常々言っているではないか」

「そうなんですけどね。事ルーナに関しては、魔物という知人の見解が妙にしっくり嵌まるのですよ。そもそも、なにをもって『ルーナは魔法が使えない』と断言できるのでしょう。私には、ルーナが魔法で私たち人間の会話をすべて理解していると言われた方が、よほどにしっくりきますけどね」


 ……え、言葉?

 今まで考えつきもしなかったけど、元日本人のわたしが異世界の言葉を理解してるのって、たしかにすごくヘンだ。

 ……ううん。言葉だけじゃない。そもそも、わたしがネコの習性をガン無視した食生活や生活習慣でここまで生きてこられたのだって、考えてみれば奇跡的だ。

 ずっと、魔法はわたしにとってちょっと使い勝手の悪いものという認識だった。少なくとも、わたしが自発的に使うことができる月の魔法は、かなり使用場面が限定される。でも、もしかするとこれまでも、わたし自身知らないうちに魔法の力にいっぱい助けられていたのかもしれない。


「まぁ、魔物だろうがヤマネコだろうが、ルーナがとびきりかわいいというのは疑う余地もありません。それから、私はずっと側に控えてきましたから、あなたがカインザー王国のために私生活を犠牲にし、騎士団長として先陣きって駆け抜けてきたことを知っています。ルーナを飼い始め、幸せそうに足早に帰宅していくあなたの背中を見るに、うれしい思いにもなるのですよ」

「ユーグ……」


 ユーグさんはカタンと席を立つと、こちらに一歩足を寄せ、わたしを覗き込んだ。


「レリウス様、やはり『ペロルを与える役』は譲っていただかなくて結構です。天使の如くかわいいルーナはどうぞ、あなたが堪能してください。……ルーナ、あなたが動物でも魔物でも構いません。レリウス様をよろしくお願いします」


 ユーグさんはそう言って、レリウスさまに抱かれたわたしの頭をそっとなでた。

 ユーグさんの手は温かで、間近に見る栗色の瞳も優しい光をたたえていた。


《ふみゃ(えぇっと。よろしくって言われても……どっちかっていうとわたしがお世話かけちゃってる側だしなぁ)》


 わたしがなんと答えたものか首を捻りながら小さく呟いたら、ユーグさんはフッと笑みをこぼして、わたしの頭から手を引いた。


「なんだ、ユーグ。もう帰るのか」

「はい。白状すると、ルーナが悪しき思惑を持ってレリウス様に取り入っているのではないかと少々疑っていたんです。ルーナが魔物かどうかの是非はわからずじまいですが、あなたに害なす存在でないことだけは、わたしの目にも瞭然でした。これが確認出来れば十分です」

「はははっ、そうか。上官のプライベートにそこまで気回しするとは、相変わらずマメなことだ。お前も気苦労が堪えんな……おお、そうだ! お前もなにかペットでも飼い、私生活を充実させるといい。ペットはかわいいぞ」

「……では、ご馳走様でした」


 レリウスさまが最後に付け加えた明らかなのろけに、ユーグさんは呆れたような目をしてくるりと踵を返した。

 こうしてユーグさんは、わたし自身知らなかった情報と限定味のペロル――これがまた、後で食べたら激ウマ!――を残し、ひとりサッサと帰っていった。





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