お客様がやって来た①
――コンッ、コンッ。
とってもおいしいサンドイッチの朝食を食べた後、居間のソファでレリウスさまのお膝にのってコロコロしていたら、ノッカーを叩く音が聞こえた。
……あ。ユーグさんが来たのかな?
わたしはお耳をピクピクと揺らし、玄関の方に意識を集中させた。案の定、使用人とやり取りする来訪者の声は聞き覚えのあるユーグさんのものだった。
《みゃー(レリウスさま、ユーグさん来たよ)》
「ん? ユーグが来たか」
わたしが右の前足でお膝をポフポフしながら訴えたら、レリウスさまは的確に察してくれた。
さらにレリウスさまは、「偉いぞ」というようにわたしの頭をよしよしとなでてくれる。
「お前は耳がいいな」
へへへっ、ネコですから。
わたしは大きな手に頭をすり寄せるようにして、大好きなナデナデを堪能した。
しばらくすると、使用人の案内でユーグさんが居間にやって来た。
「ユーグ、よく来てくれたな」
「お邪魔します」
「今日は休日だ、堅苦しい挨拶はいらんぞ。こっちで適当に座ってくれ」
「では、お言葉に甘えて。こちら、召し上がってください」
……あれ、お土産だ。いいな~。
「そうそう、これはルーナにお土産です。よかったら、後であげてください」
ん? わたしに……?
ユーグさんはレリウスさまに菓子折りっぽい箱を手渡した後、ポケットからなにかを取り出してポンッと箱の上に置いた。
いったい、なにをくれたのかな?
気になったわたしは後ろ足で立ち上がり、ぴょんぴょこ、ぴょんぴょこ飛び跳ねた。
すると、何度目かのジャンプでわたし用のお土産のチラ見に成功した。
《みゃーっ(わーっ!! ペロルの限定味!? そんなのが出てるの!?)》
知らなかったー! すっごくおいしそう、早く食べたーい!
わたしはテンション爆上がりで、喜びの感情のままテテテテッと居間を一周駆けて回った。
「まさか、こんなに喜んでもらえるとは」
「……ユーグ。その限定味はどこで手に入れた?」
わたしの浮かれきった様子を見てユーグさんがポツリとこぼしたら、レリウスさまがギンッと鋭い眼差しと唸るような低い声で尋ねた。なぜか、尋問みたいな口調で。
「どこって、知人が卸売業に従事してまして、その伝手でたまたまもらったんですよ。一般販売は来月ですから、まだ市場では入手できないかと思います」
ユーグさんの答えに、レリウスさまは憎々しげに舌打ちした……?ように見えたが、きっとわたしの気のせいだろう。優しい紳士なレリウスさまが舌打ちなんてするはずないもんね。
「……やれやれ。よくぞ一週間で、ここまでペットに入れ込めたものです。やはり脳筋ゆえ、こんなにも猪突猛進でのめり込みやすいのでしょうかねぇ」
「なにか言ったか?」
「いえいえ。今のは独り言ですので、お気になさらず」
その後はみんなでお茶を飲みながら、和やかに時間が過ぎた。
「レリウス様、昼食のご用意が整いました」
「そうか」
使用人の声を受け、わたしたちは食堂に移動した。
食堂に足を踏み入れた瞬間、ユーグさんがピタリと立ち止まった。
「どうかしたのか?」
「……え、待ってください。あのテーブル、どうしたんですか!?」
レリウスさまが問うと、ユーグさんは狼狽した様子で声をあげた。
「おお、いいだろう! ルーナと向かい合って食えるように、俺が真ん中に穴を開けた。あれのおかげで、美味そうに料理を頬張るルーナの様子が、あまさずに見られる。今日はお前の席も対面ではなく、俺の隣にしている。だからお前も、ルーナのかわいい食事風景がとっくと見られるぞ」
レリウスさまは得意げに胸を張り、饒舌に語った。
「……あり得ません」
「なんだなんだ。俺の隣だからと、今さら遠慮はいらんぞ。騎士団食堂では、当たり前のように隣合って飯を食っているだろうに」
「そうですね……。では、お言葉に甘えて隣に失礼します」
ユーグさんは額に手をあてて、よろよろとした足取りで示された席に向かう。
「王家御用達の老舗家具屋が手掛けた一級品のマホガニー材のダイニングテーブルに穴を開けるなど……。信じられません」
ヤマネコのわたしは人よりも耳がいい。レリウスさまは聞こえなかったようだけど、私の耳はユーグさんの小さなつぶやきをキャッチしていた。
……うわぁ。まさかこのテーブルがそんなにお高いものだったとは……。とはいえ、このお屋敷にしても目玉が飛び出ちゃう豪華さだもんね。騎士団長って、高給取りのエリートなんだなぁ。
わたしはレリウスさまをチラ見して、改めて彼の地位とその財力に唸った。
「おいユーグ、もしかしてお前、どこか具合が悪いのではないか? さっきからどうも様子がおかしいぞ」
……ん?
レリウスさまの声でユーグさんに視線を向ける。するとユーグさんは椅子をひきかけた体勢のまま、わたし用のくり貫き穴の前に置かれたプレートを注視して、岩のように固まっていた。
「……ちょっと待ってください。あれはいったい、誰の食事ですか?」
「ん? ルーナの分だが……なんだ? もしかしてお前も、料理ごとに別皿で配膳するよりワンプレートの方が食いやすかったか?」
「いやいやいや。料理の提供方法うんぬんではなく、普通に考えて問題は料理ですよ! だってあれ、人間の食事がそのまま並んでいますよね!?」
……ギク。
ユーグさんの指摘に、わたしはビクンと肩を揺らした。
知っての通り、レリウスさまという人は、とんでもなくおおらかな人である。
事、わたしの食事に関しても大雑把と言うかなんというか……とにかく、細かいことはまったく気にせず、わたしの求めるままなんでも与えてくれていたのだ。シェフや使用人たちも皆、主に似て非常におおらかな人たちばかりだ。
だけど普通に考えたら、わたしの味覚と嗜好は一般的なネコとは随分ズレているわけで……。
「そのまま? 馬鹿を言え、ちゃんとルーナの分は俺たちの三分の一程度の量になっているだろう。それに料理はすべてルーナが食いやすいよう、ひと口大にカットしてワンプレートにしてある」
「……いやいや。量じゃなくてですね、ネコというのは普通、生野菜や生の果物は食べませんよ。生で食べるのは肉や魚くらいです。それに本来は肉食動物ですから、たとえ過熱したとしても野菜や果物などを大量に摂取させる必要はありません。ネコを飼っている者なら、これくらいは常識かと」
初めて現れた常識人(?)と、その人からされた的を射た指摘に、わたしはちっちゃくなって首をすくめた。
……やだぁ。サイドメニューのサラダとデザートのフルーツタルトを取り上げちゃわないで~。
さらに、わたしは今後、温かな食事を奪われてしまわないかと気が気じゃなかった。間違っても「ネコ用カリカリを与えておけば十分」とか、そんな酷いこと言わないでぇ……。
やっとありつけた温かい食事を取り上げられてしまったら、泣いたって泣ききれない。
「そういうものなのか? ルーナは生野菜も果物も大好物だ。むしろ、生肉の類は一切口にせんぞ。今日のメイン料理のステーキとて、ルーナの分だけシェフが追加で火を通しているくらいだ」
へへへっ。シェフのおじちゃんには、いつもお手数かけます……って、今はそうじゃなくて! ユーグさんの突き刺さるような視線をどうしよう……。
「ネコが、生肉を食べない?」
ヒィッ! ユーグさんが漏らした低い声と射貫くような眼差しに、思わずちびりそうになった。
「……レリウス様、常識的に考えてもルーナの食事はひとまずネコ用の総合栄養食に変えるべきです」
出たぁああっ!
生肉強要も嫌だけど、ネコ用カリカリも嫌だよぅ……、ぅううっ。
「うむ。お前の言う『普通』や『常識』はわかった」
ひぇええっ! しかもレリウスさまが、ユーグさんに賛同してる!?
……あぁ、終わった。わたしのご飯、カリカリになっちゃう。
わたしはショックに打ちひしがれた。
「だがユーグ、すべてがすべて『こうあるべき』と、頭でっかちに型に嵌め込む必要はないだろう。人間にも野菜を好む者がいたり、肉を好む者がいたり好みは様々だ。ネコとて、同じでいい」
……え?
うなだれていたわたしだったが、予期せぬ流れを察し、ガバッと顔を上げレリウスさまを見仰いだ。
「俺は今後もルーナの食事はルーナが望む物を望む調理法で与えるつもりだ」
レリウスさまぁ……!
キッパリと言い切ったレリウスさまの背中に後光が差して見えた。
「……なるほど。少々乱暴なあなたらしい理屈ですが、たしかに一理あります。そして私は、あなたのそういうところが憎めない。ゆえに、苦労が絶えないあなたの副官を辞めるタイミングを逸してここまできたんでしたよ」
おぉ~! さっきのレリウスさまの言葉で、ひとまずユーグさんも納得してくれたみたい。よかったぁ~!
「なんだ? 俺の副官を辞めようなどと考えていたのか?」
レリウスさまがギョッとした様子でユーグさんに尋ねた。
「ええ、一度や二度ではありません。しかしその度に踏みとどまり、私は今もこうしてあなたの側にいる。これもまた、腐れ縁というやつなのでしょうかね」
「ふむ。……まぁ、あれだ。お前の存在にはいつも助けられている。今後も、引き続き踏みとどまってくれたら有り難い」
レリウスさまがちょっと早口で告げたら、ユーグさんは苦笑いで応え、静かに席に着いた。
わたしも高椅子にのっかって穴からひょこっと顔を出し、食べる準備は万端だ。
「よし、温かい内に食おう」
初っ端にひと悶着あったものの、レリウスさまのナイスな取り成しで無事に一件落着し、昼餐が始まった。
《みゃーっ(いっただきまーす!)》
わたしは気を取り直し、超豪華お昼ご飯に噛り付いた。もちろん、初めは前菜のサラダから!
本音を言えば、真っ先にお肉にいきたいところだけど、野菜でワンクッションおいてからメインにいくのが月乃の時からの習慣だった。
はぐはぐとサラダを頬張るわたしを、レリウスさまは優しい目で、ユーグさんは少し胡乱げな目で見つめていた。
《みゃあ~っ(はわぁ~、お肉うんま~っ♪ やわらかくって、とろけちゃう~)》
サラダの後、待ちに待ったお取り寄せのステーキをあーんとした瞬間、あまりのおいしさに目がハートになった。
当然尻尾は揺れまくり、穴の後ろ側にペチペチとぶつかっているが、おいしいお肉に夢中なため、これっぽっちも気にならない。
「はははっ、よっぽど気に入ったようだな」
レリウスさまはそんなわたしの様子を目を細くして眺めていた。
……あれ、もうなくなっちゃったぁ。
だけど、おいしい物はいつだってあっという間。目を丸くして食べていたら、気づいた時にはもう食べきってしまっていた。
しゅん。
わたしは名残惜しく、お皿のお肉が乗っかっていた辺りをペロペロした。
「ルーナ、もうひと口食べるか」
《みゃっ(えっ?)》
見上げたら、レリウスさまが自分の皿からよく焼けているステーキの端の部分を切り分けて、わたしのお皿にのっけてくれた。
《ふみゃ~っ(うわぁっ、うれしい~っ! いっただっきまーす♪)》
わたしはレリウスさまの手にほっぺをスリスリしてお礼を伝え、さっそくパクッと噛り付く。
ん~♪ お取り寄せお肉、サイコ~! しかも、レリウスさまから追加でもらった『もうひと口』は、最初に食べた自分のよりも、ずっとずーっとおいしく感じた。
なんでだろう? 不思議~!
ごっくんとして口からお肉がなくなってからも、わたしは口をもっちゃもっちゃとさせておいしい余韻に酔いしれた。
「うまかったのか? よかったな」
《みゃ~ぁ(ん~、お口の中がすっごく幸せ~。ありがとう、レリウスさま)》
「よしよし、いい子だ。いっぱい食って、大きくなれよ」
わたしの《ありがとう》が的確に伝わったようで、レリウスさまは向かいから腕を伸ばし、わたしの頭をわしゃわしゃとなでながら答えてくれた。
へへへっ。だけどレリウスさま、これじゃあわたし、横にばっかりおっきくなっちゃうよ?
「さぁルーナ、肉もいいがシェフのタルトも絶品だぞ。食ってみるといい」
《みゃぁ~(食べる~! ねぇねぇ、レリウスさま。もし、わたしが横におっきくなっちゃっても、嫌いになっちゃやぁよ?)》
「どうしたんだ、甘えん坊さん。よしよし」
レリウスさまは乙女心には疎いみたい。わたしがコテンと首をかしげながら上目遣いで確認したら、ナデナデする範囲を広げつつこんな頓珍漢な答えを寄越した。
もうっ。
……でもいいや。わたし、レリウスさまのナデナデだーい好き!
《みゃーっ(ねぇレリウスさま、お耳のあたりももっとなでて?)》
「ん? こっちもか?」
ん~っ! そこそこっ!
わたしは穴から少し伸び上がり、レリウスさまの手に頭を押しあてるようにして、心地いいナデナデを堪能した。
すると、ひとり黙々とステーキを食べながら、わたしたちの様子を見ていたユーグさんが、ポツリと呟いた。
「……甘っ」
「おお! やはりわかるか。これは脂の甘みとやわらかな肉質が特徴のブランド肉なんだ。お前は味覚が鋭いからな。来訪が決まった日のうちにシェフに手配を頼んでおいたんだが、正解だったな」
これにすかさずレリウスさまが反応した。
「……それはどうも。たしかに肉も脂に良質な甘みがあり、筋がなくて肉質もやわらかですね」
ユーグさんは長い間を置いてから、ちょっと遠い目でこんなふうに答えた。
「そうだろう。満足してもらえたならよかった。それから今、ルーナにも伝えていた通り、うちのシェフはデザート作りの腕も確かだ。タルトの方もうまいぞ」
「それは楽しみです」
ひと通りなでてもらって満足したわたしは、レリウスさまの手からスッと頭を引いて、穴の中にすっぽりとお行儀よく座り直した。
「時にレリウスさま、ワーグナー筆頭大臣の動向に関して続報が入ってまいりまして――」
そこからふたりの会話は、わたしの知らない話題に移った。
わたしはふたりから、目の前のフルーツタルトに意識を集中させた。




