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仔ネコの秘密②


***


 翌朝、ルーナはいつも通り日の出とともにブランケットを銜えて戻ってきた。


「おかえり、ルーナ」

《ふみゃぁ(ただいま、レリウスさま。昨日はごめんなさい。わたしのこと、怒ってる?)》


 耳と尻尾をへちょんと垂らし、申し訳なさそうにこちらを見上げるルーナを、俺はそっと腕に抱きしめた。


「なぁルーナ、昨夜は強引に引き止めようとしてすまなかったな」

《みゅぁ(……え? レリウスさまが謝るのはおかしいよ)》

「実は、以前に騎士団員がネコというのは気ままな生き物だと言っていたのを思い出してな。お前が夜は気ままにひとりで過ごしたいというなら、今後は屋敷で眠ることを無理強いはしない。俺に飼われたからと言って、お前がなんでもかんでも俺に従う必要はないんだ。お前は気の向くまま、自由でいいんだ」

《みゃあっ(レリウスさまっ! わたし、夜だけはどうしても一緒にいられないけど、それ以外はずっとずっとレリウスさまといるよ! レリウスさまのことが大好きだもん!)》


 ルーナは俺の胸にバフッと顔を突っ伏すと、かわいらしく鼻先や頬をスリスリしていた。

 そのまましばらくスリスリと甘えていたルーナだが、ふいになにかに気づいた様子で俺の胸から顔を上げた。


《みゃぁ(名残惜しいけど、これ以上はレリウスさまが遅刻しちゃうよね)》


 コテンと小首をかしげ、上目遣いに俺を見るルーナがあまりにもかわいくて、自ずと頬が緩んだ。


「そうだ。昨日は言うタイミングを逃してしまったんだが、今日は仕事が休みなんだ」

《みゃあっ(え!? レリウスさまお休みなの!? やったぁ、嬉しい~っ!)》


 俺が『休み』と告げた瞬間、ルーナはキランッと目を輝かせ、再び俺の胸にポフンと顔を埋めた。

 まるで俺の言葉がわかっているかのような反応に、ルーナへの愛しい思いが募る。

 こんなに分かり合える存在が、果たして他にいるだろうか。……いいや、これほどまで心と心で通じ合えるのはルーナだけだ。

 愛しい思いのまま、ルーナを抱きしめる腕にも自ずと力が篭もった。


《ふみゅっ(わわわっ、苦しいよレリウスさま?)》


 ルーナは驚いたように小さく声を漏らし、クリクリの紫の目で俺を見上げた。


「おっと、すまん」


 俺は慌てて腕の力を緩め、ふわふわの白銀の頭をなでながら口を開いた。


「それでこの後なんだが、ユーグがお前に会いたいと言うんでな。昼飯に招待しているんだ」

《ふみゃ(ふーん。そっかぁ、ユーグさんが来るんだ。……まぁ、別にユーグさんはいてもいなくても、どっちでもいいや。レリウスさまがいてくれれば、それでいいもんね)》

「ああ見えてユーグは結構な美食家でな。シェフにいい肉を取り寄せてもらったから、楽しみにしているといい」

《ふみゃっ(えっ、お取り寄せのいいお肉っ!? やっほ~、ユーグさん、来てくれるのを待ってるよっ!)》


 ユーグを招待していると伝えても特段興味なさそうにしていたルーナだったが、肉を取り寄せているのひと言にはキラリと瞳を輝かせ、尻尾をパタパタ振って反応した。


「はははっ、現金なやつだ」

《みゃーっ(……あ、レリウスさま! わたしのお肉はよく焼けにしてね?)》

「わかっているさ。お前の分はしっかり中まで火を通し、焼き目を付けて出すようにもうシェフに伝えてあるぞ」

《ふみゃ~っ(ん~っ、さすがレリウスさま! わかってる~!)》


 ルーナは伸び上がり、俺の首もとにスリスリと頬を寄せた。

 やわらかな毛に肌をくすぐられて、俺はこそばゆい刺激に目を細くしながら口を開いた。


「そういうわけで、今日は昼が豪華だ。朝食は軽めでとシェフに伝えてある。ルーナもそれでいいな?」

《みゅーっ(うんっ、お昼にいっぱい食べるから朝は軽くで!)》


 ルーナは即答するみたいに、かわいらしく鳴いた。


「よし、いい子だ」


 俺はルーナを抱いたまま食堂へと足を向けた。

 以前、我が家には通いの使用人しか置いていなかった。シェフも例に漏れず通いで来てもらっていたのだが、ルーナを飼い始めたのを期に住み込みに変更できないか相談したところ、独り暮らしだった彼は快諾してくれた。そして、現在は俺とルーナの朝夕の食事、加えてルーナ用の昼飯の支度と存分に腕を振るってくれている。

 その他にも数名の使用人に住み込んでもらうことで、これまでとは格段に手が行き届いた生活を送れるようになっていた。今も、俺たちが席に着くと控えていた配膳係がタイミングよく朝食を運んできて、さっそく食べ始めることができた。

 かつては使用人らに囲まれた生活を窮屈に感じ、最低限しか配置していなかったが、ルーナが不足なく過ごすためならさらなる増員とて喜んで検討したいというのが本音だった。


「うまいか?」


 俺はスモークチキンのサンドイッチを齧りながら、俺の向かいでおいしそうにフルーツサンドを頬張っているルーナに問う。

 実は、ルーナと快適に暮らすため、俺はこの六日のうちに屋敷の備品のいくつかに手を加えていた。

 食堂のテーブルもそのひとつ。美味しい料理に目を輝かせるルーナのかわいい姿を一瞬たりと見逃したくなかった俺は、考えた末、テーブルの真ん中にルーナ用の穴を開けた。さらに穴の下には、ルーナがちょうどよく乗り上がれる高さの高椅子を設置した。

 これにより、俺はテーブルの真ん中からひょっこり顔を出したルーナと、向かい合って食事を楽しめるようになったのだ。ルーナの一挙手一投足を漏らさず眺められるようになり、食事時は俺にとって至福の時となった。

 そのルーナが、ちょうどフルーツサンドをごっくんとして、向かいからキラキラの目で俺を見上げた。


《みゃみゃ~っ(うんっ、フルーツサンド最高! でも、これで軽めってほんとなの!? だってこれ、滑らかなクリームと宝石みたいなフルーツが挟まってて超豪華! これから食べるもう一個のやつだって、これでもかってくらいにお肉がたっぷり入ってる! こんなの、贅沢すぎちゃうよ~)》

「そうか、フルーツサンドが気に入ったか。……おっと、口の端にクリームがついている」

《みゃ(えっ?)》


 ルーナの口の端にクリームがついているのに気づき、人差し指の腹で拭い取る。

 普段からあまり甘いものを好まない俺の皿に、フルーツサンドは乗っていない。ルーナが目を輝かせるフルーツサンドに興味を引かれた俺は、クリームがついた指を自分の口もとに運び、そのままペロリと舌先で舐めた。

 甘さが抑えられたクリームは、とろけるような口溶けだった。なるほど、これにフレッシュフルーツが加われば甘さと酸味のバランスがより際立ち、さぞ美味だろう。


「ふむ、たしかにうまいな」


 ルーナはフルーツサンドに挟まっていた大粒のブドウみたいに目を真ん丸にして俺を凝視していた。


「ん? どうした? そんなに目を見開いては、綺麗な瞳が落っこちてしまうぞ」


 ルーナはパチパチと幾度か瞬きした後、まるで俺から逃げるみたいにパッと目を逸らし、そのままソワソワと落ち着きなく視線をさ迷わせていた。

 最終的には皿に残るチキンのサンドイッチに目線を止めたが、なかなか食べだそうとはしなかった。


「ああ、もしかしてチキンの味付けを心配しているな? 大丈夫だ。お前の苦手なスパイスは使われていなかったし、これもフルーツサンドに負けないくらいいい味だった。安心して食べるといい」


 俺が俯いたままのルーナの頭をポンッとなでながら伝えたら、ルーナは片方の前足を胸にあてて上目遣いで俺を見た。

 ……ん?

 ふと、ルーナの目が僅かに潤んでいることに気づく。

 さらに、ルーナはもふもふの体毛ゆえ皮膚の色などわかろうはずもないのだが、なんとなく人が照れたり恥ずかしがったりする時のように頬を赤く染めているような、そんな気がした。


《みゅーぁ(レリウスさまのバカ。……わたし、心臓が止まっちゃうかと思ったんだから)》


 ルーナがあげた小さな鳴き声は、非難めいているようにも、甘やかな響きを含んでいるようにも聞こえ、俺を戸惑わせた。

 ルーナは再び目線を皿に落とすと、今度こそサンドイッチに齧り付いた。ルーナが食べ始めてからも、俺はなかなかルーナから視線を逸らすことができなかった。

 不思議なくらい、ルーナの行動が俺の心を揺り動かす。飼いネコの挙動に一喜一憂し、こんなにも心掻き乱されるなどまったくの予想外だが、まるで不快とは思わない。むしろ、ルーナがやって来てから俺の日常は別物みたいに楽しくなった。


《みゃみゃっ(えっ!? なにこのチキンサンド……! わたし、こんなにおいしいの初めてっ! ……うまうま、うまうまうまっ)》


 目をキラキラさせて幸せそうに頬張るルーナの姿は、否応なく俺の心を躍らせる。


「そうか、うまいか。いっぱい食べて大きくなれよ」


 俺はルーナの頭をそっとひとなでし、心満たされた思いで自分の食事を再開させた。





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