カウントダウン
エギム滅亡までの10日が、長いのか短いのか。
そもそもコリンの時空転移により、本当に未来へ戻れるのかも怪しい。
迂闊に実験をしてコリンが戻れなくなれば、残されたメンバーは取り残される。
試験もできない中、ぶっつけ本番で戻るのも躊躇する。
必然的に、エギム崩壊の詳細を調べることに熱が入った。
だがシルビアの言うように、町の住民一万人を無事に転移させる自信は、コリンにはない。まあ、それは当然だ。
何しろ初めて『オンタリオ』ごと転移した結果が、これなのだから。
次は何が起きるのか、予想もつかない。
今持っている情報を整理することで、あの日起きた事件の詳細なタイムテーブルを作る。
少なくとも、それ以上の情報を手に入れる方法が今はない。
翌日、シルビアの提案で、船は惑星エランドを直接観測可能な位置へ、もう一度転移した。
シルビアは、得られるあらゆる情報を整理してあの日何が起きたのかを精密に再現する作業に没頭する。
コリンは、悩んでいた。
「実際に時空間転移魔法を何度も練習して習得しないと、今後の行動が全て無意味になってしまう」
「空間転移はいいとして、時間転移は必要なのか?」
ケンが口を挟んだ。
「だって、一年十か月後へ戻るのには必須だろ」
「それは最悪、どこかでじっと待てばいいだけだろ」
「いや、もう一つあるんだ。エギムの一万人が、その後二年近く行方不明だったことは確実だ。その理由は、本当に砂に埋もれたのか、或いは未来へ転移してしまったのか、どちらかしかない」
「ああ。俺もそう思う。いくら何でも一万人以上の人間がどこかで生き延びて、それを全て隠し通せるとは思えない」
ジュリオの言いたいことは、コリンにもよくわかる。
「つまり、過去を改変しない唯一の可能性は、オレたちの来た1523年1月11日以降の未来へ、全員を転移させねばならないのか……」
ケンも理解したようだ。
「だけど、その未来を僕らは知らない。そこへどうやって転移すればいいのかも……」
シルビアが夜も寝ずに情報を整理する中、コリンは船内での短時間転移実験を始めた。
だが、空間転移と違い、時間の転移には制約がある。
目の前に、一分未来の自分が転移して来る、という事態は避けたい。
そこで、ニアとコリンの居室を使って実験を始めた。
ニアは、まだ転移魔法を使えない。
空間系の魔法は最初から小さな収納庫を持っていたくらいで、苦手にしているわけではない。
でも、まだ成功したことが無い。
だから今、コリンと同じ転移魔法を使おうと、必死になっている。
「だって、コリンは一人でエギムへ行って、一万人を未来へ転移させるつもりでしょ」
「うん、今のところ、自分も一緒じゃないと、転移魔法が使えない。それに、失敗する場合を考えると、他人だけを転移させるようなことはできない。僕も一緒に行き、何度でも成功するまでやらなければ」
「だから、わたしも一緒に行く」
「ダメだよ。ニアがいなければ、船を動かせなくなる」
「それは、エレーナとケンが研究を始めたから」
「それって、ニアの生物魔法で船中に植物を生やすってプラン?」
「うん、それだけじゃないけど」
「僕は、僕にできることをやるだけだ。だから、僕が戻らなかったら、ニアがやってほしい」
「そんなのダメ」
「じゃ、一緒に転移魔法の練習をしよう」
「うん、一人でどこかへ行っちゃダメだよ」
「……」
コリンは空間転移には慣れてきたが、時間を移動するのは再現できない。
ニアに至っては、何度試しても空間転移すらできない。
朝から晩まで色々な場所で色々な訓練を続けるが、進捗はない。
遂にコリンはニアを連れて、砂漠のただなかへ転移した。
砂丘の向こうとこっちとに二人が別れ、遠話で話しながら転移魔法の練習を続ける。
強力な結界で身を守りながら、寝ずに何度も何度も試行錯誤を繰り返す。
その間に、ジュリオは他のメンバーに伝えた。
「今の暮らしも、これまでの出来事も、全てコリンとニアのおかげで俺たちはやって来られた。だが今回の件は、それではだめだ」
「当たり前よ、私が一番無理して進んで来た道だからね」
シルビアの思いは、人一倍強い。
「そうだ。でも、その成否のほとんどは、コリンとニアの魔法にかかっているのは間違いない。しかも、今回の勝算は正直言って低い。町民と一緒に転移したコリンが、二度と戻らない可能性もある。ニアがコリンから離れないのも、当然だと思う」
「肝心のコリンは、そんなこと気にしちゃいないだろうけどね」
「うん、そうなのだ」
「だけど間違えちゃいけないのは、今回の件には一万人を超える町民の命がかかっている。俺たちの家族や知人だけじゃねぇ。それを全部、コリンの小さな肩に負わせることだけは、しちゃならねぇ」
「そうね」
「そうだ」
「なのだ」
「ああ。だからこれからXデイまで、俺たちは死に物狂いで働いて、コリンとニアの不安材料を少しでも取り除いて、成功へ近付けねばならん」
砂漠の荒行を三日三晩続けて、無尽蔵と思われたニアの体力も限界となり、ついにマナが尽きた。
コリンは意識を失ったニアを連れて船に帰還し、ニアをベッドへ寝かせると治癒魔法を掛けながら手を握る。
エレーナにやったようなマナ補給が行われて、ニアの頬に赤味が差した。
それを見届けるとコリンはすぐ地上へ取って返し、一人で訓練を始めた。
ケンが試作中のターゲットポイントを、砂に打ち込む。
これが発信するビーコンは、変化する時刻を刻み、時間経過のマーカーとして機能する。
それは過去から未来への時間経過を発信することによって、具体的な予測地点を明示し、その時間へ転移する灯台の役目を担う、貴重な道標だった。
ケンは今、これに設置場所の空間座標を組み込んだ最終形を、開発中だ。
このターゲットをマーカーとして目標にし、コリンが見知らぬ未来のどこかへ行かれるように。そして、コリンがどこからでも船に帰還できるように。ターゲットポイントには、ケンの祈りが込められている。
ターゲットは、ブレスレットと同じマナ通信によりビーコンを発信する。
コリンはひたすらに予測した目標に向けて、転移を繰り返す。
転移した場所に予測通りのビーコンが発信されていれば、目標の時間に転移できたということだ。
やがてそれは一人だけの転移ではなく、周囲の大量の砂を携えての転移へと変化する。
誰一人いない時の止まったように静かな砂漠で、コリンの巻き起こす時空の嵐が吹き荒れていた。
不思議と、そこにガーディアンは現れなかった。
気が付くと、コリンの隣にはニアがいた。
「わたし、船から一人でここまで来られたよ!」
「スゴイ!」
「うん。やっとできた!」
「みんなの様子はどう?」
「忙しくて、死にそうになってる」
「そうか。僕らも負けていられないね」
「うん。わたしも色々と手伝ってきたよ」
ニアは、コリンの手を取る。
「コリン知ってる、今日が何日か?」
「あれ、今って、転移する前なのか後だったのか?」
「あ、時間転移は成功したんだ?」
「うん」
「それなら、いつでも好きな時間に行けば?」
「そうはいかないよ。またゴーレムに狙われちゃう」
「そうなのかぁ」
「これは転移前の僕らの時間だよね」
「うん。明日が四月一日だよ」
「そうか。いよいよだね……」
「今日はもう帰る?」
「うん。ニアの準備ができたのなら終わりにして、今夜はご馳走を作るよ」
「久しぶりだね」