未来
「魔導師が宇宙開拓を始めた初期には、コリンがやったみたいな転移魔法で宇宙船ごと移動していたと思うんだ」
夕食後、ジュリオは好きな酒も飲まずに考えていた話を始めた。
「だけど、その転移先は初めて行く場所だ」
「まあ、最初はそうだろうね」
「そうだ。例えば行き先が現在地から精密に観測した、100光年先の星系だったりする。観測できるのは、光の速度でやって来た、100年前のデータだ。そこを目標に転移をすれば、ぴったり100年前のその場所へ転移するんじゃないのか?」
「確かに……」
「戻るときは?」
「それは、きちんと戻る場所の時空間座標、例えば出発した時間と場所を正確に把握していれば、元の時空へ戻れるんじゃないかなぁ?」
「だけど、敢えてそうしなければどうなる?」
「100年前の転移先から転移元を観測して再度転移すれば、更に100年前の地点へ戻る?」
「つまり、往復で200年前に時間転移が可能だってこと?」
「おい、こりゃヤバいぞ」
「ちょっと待て、例えば100年間の開拓期間が必要な100光年先の惑星を考えてみよう」
ジュリオが話を続ける。
「転移元の惑星Aから100光年離れた惑星Bの、100年前へ転移する。その星系に開拓団を残したまま、船は元の100年後の世界、つまり転移元Aに戻る」
「まぁ、それが普通だよね」
「ああ。すると転移元Aは出発前と同じ時空だが、同時に転移先Bでは、既に100年前から開拓が始まり、開拓期間を終えてすぐにBへ入植が可能になっている」
「そんな馬鹿な……」
「そこで今度は今のゲート装置と同じで、時間をリンクさせて同じ時間AからBへ転移すると、即入植が可能となっているんだ」
「ひでぇインチキじゃねえか」
「だが、このやり方なら、ほぼタイムロス無しで居住惑星を開拓可能だ」
「……そりゃ便利だよな」
「あっという間に人類が銀河へ進出できた、本当の理由かもしれん」
「これは過去の改変にならないの?」
「完全にアウト。過去の改変だよ」
「だが、今のゲート装置には、その時間座標を設定する機能がない。転移先と時間を同期するシステムが組み込まれたんだろうな」
「それで同期された時間線の中で、安全に転移が可能になるってわけか」
「つまり魔導師たちは、時間改変を恐れてゲート装置に制限をかけた……」
「逆はできるのかな?」
「100年後をイメージして、時間だけ転移?」
「そりゃ難しいのかもしれんな」
「だけど、オレたちは今ここで、一年十か月後の未来を知っている……」
「100年前の惑星Bから元の時空の惑星Aへ戻れるのなら、僕らも元の二年先の時空へ戻れる可能性がある。僕の魔法次第だけどね」
「つまり、余計なことをして過去を改変しないうちに、とっとと元の世界へ戻った方がいいってことだ」
それが、ジュリオの結論だった。
しかし、シルビアは簡単に納得しない。
「元の世界に戻る方法があることはわかったわ。それはいいニュース。でも、私たちには、まだするべきことが残っている」
「まさか、エギムの崩壊が無かったことに出来るなんて思っちゃいないよな?」
「それは、無理ね」
「では、俺たちには何ができるんだ?」
「町の人たちを、救出するのよ」
「おい、シルビア。あそこにはお前もいただろ。俺たちが脱出する前に何度も派手な爆発があって、街が大きく揺れた。あれを無かったことにはできねえよ」
ジュリオは、ハロルドの言葉を思い出す。
彼らがクロウラーで脱出した後、ハロルドも天の枷のクロウラーで町を後にした。だがその時には、地上に残った住民は誰一人いなかった。
それは、コリンとニアも町の外から見ているし、アイオスの録画もある。
あちこちから煙の上がる町から脱出して行ったのは、天の枷のバギーとクロウラーだけだった。
「コリンとニアがずっと探していたが、俺たち三人以外に町を脱出した住民は知られていない。あとは、コリンみたいな非常識な魔導師が町を全部どこか違う時空へ吹き飛ばしてしまわない限りはな……」
「ほら、ジュリオもわかっているじゃない。何故それを、私たちができないって思えるわけ?」
シルビアは当然のように言った。
「えっ?」
コリンは耳を疑う。
「だって、町の住民も精霊の森も、全てが砂に埋もれて、行方不明なのよ。それなら、彼らが全員、どこか別の場所で生きていたっていいでしょ。私たちがこうして無事に生きているんだから!」
「そんなことが出来るわけが……」
「違うわ、ジュリオ。コリンはもうやったのよ。だから、行方不明者の情報は何も出て来ない。単純な話でしょ。だから、コリンにはできる。絶対に!」
「そうなのだ。私の時と同じで、過去の改変をしないためにも、コリンは町を救いに行かねばならないのだ!」
「おい、ちびっ子。自分が言っている意味が分かるか?」
「ちびっ子じゃない。エレーナなのだ」
「いいかい、エレーナ。僕らはあの時みんなあそこにいたんだ。だから、僕らが町に近寄れば、きっとゴーレムが現れる」
「大丈夫。今日だって密林にゴーレムは現れなかったのだ」
「だけど、そうじゃないかもしれない。確実なことは何もない」
「俺は、これ以上みんなを危険な目に会わせたくない。ただそれだけだ……」
ジュリオの言動は保護者として、常にそこを原点としている。
「ジュリオはオレたちのガーディアンだからな……でも、オレたちにも、守りたい家族や友人がいる」
ケンは、両親と二人の妹と一緒に暮らしていた。
「僕らでないとできないこと、か」
「わたしは、コリンがやるなら協力するよ」
「シル、皆でもう一度全部の記録を洗い直そう。オレたちの行動が絶対に過去の改変にならないような、そんなプランを立てるんだ」
「そんなこと、僕らができると思う?」
「やるんだ。できないと、ジュリオが行かせてくれない」
「大丈夫、できるよ。だってコリンは、もうそれをやったんだから」
「僕らの未来はまだ確定していない………僕らにそれが出来なければ、本当に全部の住民が砂に埋もれることが確定してしまう?」
「そう。これがラストチャンスだ。まだ何も決まっちゃいないぞ。救い出せる可能性が本当にあるのかは、これからオレたちが捜して、行動するんだ」
「おい、可能性が無いようなら、俺はコリンの尻を叩いてでも、エランドからすぐに離れるからな!」
「わかってるって」
「うん、皆でやるのだ。ガーディアンのおじさんも一緒にするのだ!」
「……なんか俺だけ立場が変じゃねぇか?」