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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第三章 ペルリネージュ
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時間旅行

 

「ねえ、もう一度遺跡を調べてみたいんだ。これから、僕ら二人でここからヴィクトリアの地表へ転移してもいいかな?」


 コリンが突然言い出した。


「おい、コリンが急にそんなことを言い出すなんて、珍しいじゃねぇか」

 聞いていたジュリオも、少し慌てる。


「うん。何か忘れていることが、まだあるんじゃないかと思ってね」

「例の、記憶を操作する魔法、って奴か?」


「教会には、そういう怪しい系統の魔法は存在しないのだ」

「そうなんだね」


「だから、師匠も驚いていたのだ」

 確かに、存在自体を忘れる魔法を記憶操作の一種と位置付ければ、明らかに認識疎外とは系統が違う。


「わたしが覚えてないのは普通だけどさ……って、誰かに言われる前に自分で言ったよ!」

「……」

 ニアの声に緊張感が抜け、脱力した。


「ま、お前ら二人なら大丈夫だろ」


「うー、私も行きたいのだ!」

「ダメだよ。下にはエレーナ本人がいるんだから!」

「そうだったのだ」


 二人の行先は、最初にカウンターウェイトへ転移させられた、密林の小さな遺跡だった。


 そこならば、ガーディアンがいなかったから。


「では、時間旅行に行って来るのだ!」

「ああっ、コリンまで、私の真似をしたのだ!」



 二人は宇宙服を着たまま地上へ転移し、バイザーで顔を隠したまま密林を歩く。


「これなら絶対に正体がバレない」

「完全に怪しい、宇宙からの侵略者だよ~」


「このまま飛行魔法でエレーナを脅かしに行こうか。宇宙人は存在したのだ、って大騒ぎになるぞ」


「うーん。それは、本気でやってみたい!」

「ゴーレムも来るかな?」

「いいね、宇宙戦争だ。楽しそう!」



 とはいえ、姿を見られて良いことは何もない。


 それどころか、船とのリアルタイムでの通信も含めて、音声や映像などの記録を残すことも、一時的に中止している。


 緊急連絡以外は、行わない方針だった。


 二人は結界により姿も気配も消して、野生動物にすら気付かれぬよう慎重に、遺跡のあった場所を目指す。


 そこは湖の西側に広がる深い森で、わざわざそんな場所へ行くのは、ドネル師の身内だけである。


 そういう場所であれば、人の目を気にせず思う存分魔法の修行に打ち込める。湖周辺の密林地帯には、コリンたちも毎日のように分け入っていた。


 その密林の地下に、人知れぬ遺跡は眠っている。


「僕らがいたころと、何も変わらないね」

「うん、二年前だってことを忘れてしまいそうになるよ」


 二人が遺跡に接近すると、不意に鋭い気配を感じて、足を止めた。

 聞こえたのは、野獣の低い唸り声だった。


「ひっ!」

 その後に、人間の押し殺した悲鳴の欠片が続いた。


「(修羅場に遭遇してしまったみたいだ)」


 コリンは気配を殺したまま、足を速める。



 二頭の子を連れたジャガーが、人間の女の子を威嚇している。


 こんな場所にいる人間の子供は、エレーナ以外に考えられない。


 今のエレーナより更に小さな子供が一人で、必死で防御結界を張りながら緊張して固まっていた。


 小さなエレーナは二人の姉弟子から離れた場所にいて、子連れのジャガーはその目前で低く唸り声を上げている。


 親のジャガーは、今にもエレーナへ襲い掛かろうと、態勢を整えつつ身構える。


 恐怖で凍り付いているエレーナは、このままでは二頭の子供の餌として狩られてしまうだろう。


 ニアは姿を隠したまま躊躇なく自然に唸り声を発して、親のジャガーに軽い警告を与える。


 驚いた親ジャガーは、警告の声が聞こえた方向へと振り向く。ピンと立てた両耳と鼻が、ひくひくと動く。


 だが二人は結界で気配を隠していて、野生のジャガーにも存在を気取られることがない。


 ニアは更に追い打ちで、猫族固有の言語らしきものを駆使して、何かを伝えた。


 ジャガーの親子は凶悪な怪物にでも遭遇したような恐怖に体毛を逆立て、その場から慌てて逃げ去った。


 その間にエレーナもそっと後退してその場から脱出し、何とか同行している姉弟子二人に合流した。


「(いったい何と言って脅かしたのさ?)」

「(それは秘密。でも、これでもう二度とエレーナは襲われないよ)」


「(うーん、かなりスゴイ脅迫行為をしたことだけはわかった……)」

「(あっ、これって過去の改変になるんじゃないの?)」


「(だって、エレーナがあのままジャガーの餌になってたら、それこそ過去の改変だよね。僕らはそれを防いだんだから、ゴーレムも文句ないでしょ?)」



 そういえば、いつかエレーナがジャガーと遭遇した日のことを、語っていた。

 エレーナは湖や湿原が苦手なので(今でも)、主にジャングルを修行の場としていた。


 いつもは危険なので師匠と一緒だったけど、その日はジョディとシムと、女性三人でいつもの森へ来ていた。


 三人は順に気配を消して、互いを見つけ合う「かくれんぼ」のような遊びをしながら、熟れた果実を集めていた。


 エレーナが鬼で姿を見せたまま二人を探しているときに、目の前にジャガーの親子が現れた。


 油断していたので全く気付かず、次の瞬間には鋭い爪に襲われるような、緊迫した場面に追い込まれていた。


 まだ強力な防御障壁を張れなかったエレーナは、死を覚悟した。

 頼るべき姉弟子二人は、近くにいない。


 しかし不思議なことにジャガーの親子は、そのままエレーナを無視して去って行った。


 後で姉弟子二人には、エレーナは不味そうでジャガーも食べない、と散々からかわれたらしいが。


 それが今、目の前で起きた出来事なのだろう。



「(確かに、痩せて小さいエレーナは不味そうだ。きっと子供の狩りの練習相手に丁度いいと思ったんだろうね)」

 ニアが笑う。


「(それにしても、まさかエレーナに出会ってしまうとは。今日はもう引き上げようよ)」


 コリンもこれ以上危険は冒せないと判断した。


「(そうだね。本当にゴーレムが来る前に帰ろう!)」


 そうして、二人は何の成果もなく、コリンの転移魔法で直接船へ戻った。



 


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