再び砂漠へ
三日後、慎重に進めていたシルビアを中心とした調査活動が一段落し、ある程度のことが確認できた。
居間と化しているレストランの三階に全員が集まり、今後の方針を話し合う。
「結論から言うと、ここは私たちの暮らしていたエランドと寸分違わぬ歴史を持つ世界だということね」
「つまり……」
「そう。今のエギムには十四歳の私たちが暮らしていて、もう少し髪の毛が多いジュリオもいるってことよ。あと、毛だらけの猫だったニアもね」
「うーん、なんかシルの悪意が流れ弾みたいに飛んで来て痛いよう……」
ニアの感想に、ジュリオが無言で何度も頷く。
シルビアは、敢えて家族の話はしていない。だがテーブルの上で組んだ両手は、小さく震えている。
アイオスの中には、あの日以降収集した天の枷に関するデータの一部が残されてはいた。それは貴重な、これから現実となる未来の記録だ。
だが、当時のアイオスはあくまでも動く住居であり、賢いインフラの一部だった。
当時コリンが個人的に利用していたメモや予定、日記や聞き込み調査の結果など、情報の多くはネットの中にデータがあって、今は入手不可能だ。
それらがネット上に保管され蓄積されるのは、今から一か月以上先の未来なのだから。
アイオスを経由して通信していたので、どこかにキャッシュが残っている可能性もあった。
が、あるとしてもそれはこの『オンタリオ』ではなく、砂丘の底がある『スペリオル』の中だろう。
残念ながら、今はそれも入手不可能だ。
「安全確実なデータ保管をうたう銀河ネットに、そんな落とし穴があるなんてなぁ」
ジュリオは他人事だと思って笑いながら、悔しがるコリンを見ている。
「目から鱗というか……でも、こんな落とし穴にはまる人は他にはいないでしょうけどね……」
「そう言うシルだって、同じじゃないの?」
「私は天の枷の調査データなんて、持ってなかったわよ」
アイオスの持つ情報には、エギムの事件以前に公表された天の枷についての情報も含まれている。
アイオスとシルビアはそれら全てを再度洗い出しながら、今現在のエランドの状況を宇宙空間から観測して、砂漠の基地を推定し、捜索した。
最後まで謎だった、あのシルビアが破壊した中央ドームを持つ基地の情報も、今ならある程度アイオスが取得している。それを基準にし、もう一つの基地がありそうな位置を何か所か推測した。
あの砂嵐が接近していた状況下で天の枷が逃げ切れたのだとすると、大型クロウラーでの移動とかではなく、近くにもう一つ、安全に身を隠せる基地があった可能性が高い。
緊急出動した保安部隊から隠れられるような手段が他にまだあった、ということだろう。
「そのために、もう少しエランドに接近して地表の観測をしたいのだけれど、どうかしら?」
「アイオス、大丈夫そう?」
「問題ありません」
「じゃあ、いいよね?」
「ああ。シルの望むままに」
「おお、姫様の仰せのままに」
「泣き虫姫のやりたいようにしていいよ!」
「何よ、それはっ!」
終始エレーナは、黙って聞いているだけだった。
その後『オンタリオ』はステルス状態でエランドへ接近し、高軌道上から地表の探査を続けた。
そして遂に、一つの基地らしき構造物を特定した。
アイオスの転移能力により、砂漠へ船を着陸させた。そこから天の枷の基地と思われる場所までは、まだ数十キロは離れている。しかも細かい砂粒が刻々と地形を変化させる砂丘地帯で、通常は人類の踏み入れぬ地域であった。
慎重な調査の結果、やはりそこは天の枷の秘密基地で、しかもあのドーム基地の数倍の規模がありそうだった。
恐らくエギム襲撃時の戦力は、半分以上がこの基地から出撃していた。
「今すぐにこの基地を機能停止に追い込めば、エギム襲撃が中止されるか、例え実行されても戦力は激減する……」
ジュリオは独り言のように口に出した言葉を、フェイドアウトさせる。
レストラン船『オンタリオ』は、地表に降りてワーム形態に変化している。
『スペリオル』のように巨大なサンドワームではないが、全長は数十メートルある。宇宙では小さく感じた船体も、地表では意外と大い。
「だが、ワームで基地ごと押し潰すには、船体のサイズが物足りない」
「はい。他に有効な攻撃用兵器も搭載しておりません。更に、一方的な破壊・殺戮行為は本船の行動規範に則り、許容範囲外です」
「それなら、今度こそ治安部隊に出動してもらおう!」
「おい、コリン。本当にそんなことで解決すると思っているのか?」
ケンはコリンの欺瞞を突く。
「そうよ。それは全部失敗したんじゃなかったの?」
「でも……」
コリンはまだ積極的に介入することに懐疑的だった。
「じゃ、シルはどうしたいの?」
ニアにそう言われると、シルビアにもどうしていいのかわからない。
「ネットから基地のシステムに浸入して、停止させる。同時に内部情報を外部へ流出する……」
「それができれば、シルはもうやっているだろ!」
「そうだ。さすがにハロルドの作った組織だ。そこのガードが堅いから、俺たちはこうして地上へ降りて来たんじゃないのか?」
「そりゃそうだけど……」
「せっかく降りて来たんだから、陽動を兼ねて様子見で接近してみるか」
ジュリオたちが、地上活動用に小型ランチを改造した全天候型クロウラーがある。
小型の魔道エンジンを搭載し、コリンかニアが乗り込んでいれば、どこまでも行ける。貨物用トレーラーを牽引して、偶然通りかかった商人を装い基地の近くを通過してみよう、ということになる。
「どうせなら全員で行くか?」
揉めるに決まっているので、ジュリオが先に提案した。
「あれぇ、ジュリオもわかって来たじゃないの」
ニアは平手でバンバンとジュリオの背中を叩いた。
「エレーナも一緒に行けるのか?」
「もっちろーん」
「今のコリンとニアが障壁を張っていれば、空から宇宙船が落ちて来ても無事だからな」
「確かに。でも今回は結界で隠れるのはナシだよ。なるべく遠くから目立つように走って行こう!」
「黙って通り過ぎるだけ?」
「そう。余計なことはするなよ。特にニア!」
「わたしは何もしないよぅ」
「シルもな」
そうして、六人は新造のクロウラーに乗り込んだ。