お土産は大好評だったのに
翌日の朝食後、トレーニングルームへ全員が集合した。
「この部屋にも、マナを全く感じないのだ!」
エレーナは、少し落胆した声を上げた。
「いや、宇宙じゃそれが普通だからね」
ニアが軽く突っ込む。
エレーナはマナに満ち溢れたヴィクトリアに四年も暮らしていたので、一般の魔術師とは感覚がまるで違う。
「そういえば、お土産も渡してなかったよね」
コリンはそう言うが、とても土産を期待できるような帰還ではなかった。
考えてみればエレーナはともかく、コリンもニアも出掛ける時に持って行った荷物すらなく、体一つで船に戻って来た。
「何がいいかな?」
「私は何か可愛いアクセサリーとかがいいな」
「じゃ、シルにはこれ!」
コリンが言い終わらぬうちに部屋の中央に体長三メートルを超えるクロカイマンが現れた。
悲鳴を上げて飛び退かないのは、コリンとニアだけである。
「大丈夫、生きてないよ。クロカイマンは、アリゲーターの仲間で最大のワニなんだぞ!」
「そんな知識いらないわよ!」
「こんなのはサプライズじゃなくて、ヒドイ嫌がらせなのだ!」
慣れているはずのエレーナですら、怯えて涙目になっている。
ジュリオとケンはただただ言葉を失っている。
「いや、これでワニ革のバッグでも作れないかと……」
「それに、お肉も美味しいよっ」
コリンとニアは、全く動じる気配もない。
「そもそも、どこから出した!?」
やっとジュリオの脳が活動を始めた。
「あれ、言ってなかったかな。僕の自動収納庫だけど……」
「そんなのは、聞いたことがないのだ!」
「だとよ。俺たちが知るわけがねーだろ!」
「あんたたち、まだ何か隠してるの?」
シルビアがワニから隠れるようにコリンの背後に回り、コリンとニアの肩を叩く。
「わたしたちの魔法に関しても、一々説明する必要がある?」
「そりゃ構わないが、オレたちの心臓に悪い!」
「あ、ケンにはこっちがいいかな?」
コリンは続けて新しい獲物を床に出現させた。
それは半分凍った太いニシキヘビの近縁種、十メートルはあろうかという水生の凶暴なヘビ、オオアナコンダだった。
「「「「!!!!」」」」
四人は再び悲鳴を上げて、壁際まで後退する。
「いや、蛇革の方が好きなのかなって……」
「うん、このヘビもなかなか美味なの!」
「いいから、早く収納庫とやらへ戻せ、バカヤロウ!」
「こんなのと一緒に収納されてるお土産なんて、絶対にいらないからね!」
シルビアの怒りが爆発している。
「でもこれ、今夜のおかずだよ」
軽くニアが言うと、シルビアは黙ってその首を掴んで、締め上げた。
ニアは猫の姿に変化して逃げ出す。
「コリン、お願いだからやめてねっ」
シルビアが潤んだ瞳でコリンを見つめた。
「う、うん。じゃ、今夜もイグアナにしておくよ」
「……今夜も?」
「昨日の唐揚げは、みんなすごく喜んで、何度もお代わりしてくれたからね……」
「……えぇぇぇぇっ?」
「シルも大絶賛していっぱい食べたでしょ。今夜も楽しみだね!」
「イ、イグアナって…………いや待て、コリン。間違っても今その本体を出すんじゃねぇぞ!」
「でも、残さず食べるのがジャングルの掟なのだ」
「も、もう私たちはいいから、残りはあんたたちがしっかり食べなさいよね!」
「「は、はい……」」
気を取り直して、ジュリオが口火を切る。
「アイオスとシルビアには、エランドの情報収集と分析を頼みたい。これから俺たちに何ができるのか、考える材料が必要だ」
「その前に、ちょっと昨日の続きをやりたいんだけど……」
ケンが部屋の隅へ歩いて行く。
その一角には作業台や収納庫が置かれて、ちょっとした研究施設のようなコーナーとなっている。
「ここは、オレがラボとしてアイオスに借りてる場所」
「ああ、ブレスレットを改造してたのは、ここなんだね」
「そう。ここなら作業と実験が同じ場所でできるから、都合がいい」
この広い部屋には、様々な機器や仕掛けが用意されている。
「さて、では実験Ⅱといこうか」
ケンは壁際の収納棚からブレスレットを一つ取り出す。
「昨日はコリンに遠隔でマナチャージを試してもらって、成功した。今日はまずエレーナにも同じことをやってもらいたい」
「では、コリンと手を繋ぐのだ」
エレーナが出した手をコリンが握り、マナを送る。
「来たのだ」
「では、この台の上のブレスレットへ触れずにマナをチャージしてみてくれ」
「わかったのだ」
「チャージに成功いたしました」
アイオスが答える。
「よし、では次。今度はコリンが手を放して、逆にブレスレットからエレーナへマナを送る実験だ」
「ん、それは昨日ちらっと聞いたような……」
「そう。元々別のブレスレットへ遠隔でマナを送る機能があるのだから、エレーナが上手くそれを引き出せれば、魔法が使えるようになるかと思ったんだけど」
エレーナの目が輝く。
「すぐにやってみるのだ!」
エレーナがじっとブレスレットを見つめて、集中する。
「ダメなのだ。このブレスレットからはマナを感じないのだ」
「待てよ。船から、またはブレスレット同士でのマナチャージは、自動でやっているんだよね」
「はいその通りです」
アイオスが返事をした。
「そのトリガーは、何か受け側からのリクエスト信号があるのかい?」
「いいえ、船体とブレスレット相互のマナ通信により、常時状態を監視しています」
「ほとんど見えないような、微弱なマナで結ばれているよ」
アイオスの返事をニアが補足した。
「状態監視プログラムにより適宜マナ補充プロトコルが働くのね。この台にあるブレスレットは、ケンの指示で特別にマナの補充を止めているんでしょ?」
シルビアの質問に、アイオスがその通りですと返す。
「じゃあ、エレーナのブレスレットにも特別な指示をすればいいんじゃない?」
「あ、そうか。じゃ例えば、エレーナが『HEY、アイオス』って言ったら、ブレスレットからエレーナの腕にマナを流すっていうのはどうだ?」
「承知しました。やってみましょう」
「じゃ、言うのだ。『HEY、アイオス』なのだ」
すると、エレーナのブレスレットがぶるっと震えて了解を伝えた。
「ん、来たのだ!」
そしてエレーナは、水の少ないアフリカ大陸の旅で必死に覚えたばかりの、洗浄魔法を使ってみた。
エレーナの周囲を風が包み、穏やかな結界内部で洗浄魔法が発動した。
「おお、これってニアの風呂嫌い魔法か!」
結界が消えると、爽やかな香りを振りまくエレーナが笑っている。
「できるのだ!」
魔法の行使が一区切りすると、マナの供給は止まった。
「お、オレにもその魔法やってみて!」
「やってみるのだ。『HEY、アイオス』なのだ」
すぐに、ケンの体を旋風が包む。
「おお、これがニアの横着風呂ギライ魔法か。一度やってみたかったんだ!」
「ただの洗浄魔法なのだ」
風が消えた後には、妙に爽やかなイケメンが笑顔でポーズを決めていた。
だが、周囲のリアクションはない。
「ただ、このウェイクワードは変えてほしいのだ」
「そこはアイオスとよく話し合って決めてくれ」
何はともあれ、実験Ⅱも大成功だった。
「さて、これで砂漠へ降りる準備が一つ終わったぞ」
「確かに、それは一歩前進、なのかな?」
コリンには、昨日来たばかりのエレーナが当然のように馴染んでいることが、不思議でならなかった。