流星雨の中で
時間軸の移動は、アイオスが持たない機能だった。
彼らが今いるのは、ヴィクトリアを発つ予定だったLM1523年1月11日から遡った、LM1521年3月15日だった。
エギムの町が襲撃により亡んだのは、忘れもしないLM1521年4月1日なので、その半月前ということになる。
それにしても、何故この日だったのだろう。
「現在本船は、彗星起源の微小な宇宙塵に囲まれています。エランドは年に一度の流星雨の中にあります」
アイオスが報告した。
「流星雨……」
コリンは思い出す。
「この日は、僕とニアの十四歳の誕生日だった……」
コリンが一歳の時に砂丘の底へ貰われてきたニアは、コリンと同じ一歳の猫だった。
コリンは覚えていないが、ニアはもう立派な若い猫だった。
エランドの習慣では、三歳を過ぎれば特に大きく誕生日を祝ったりはしない。
それでも、ニアもコリンと同じ三月十五日を誕生日として、その日は二人の特別な日になった。
その日、コリンが仕事を終えた後に見上げた夜明け前の西の空に、年に一度の流星群がやって来ていた。
皮肉なことに、コリンはウエイトレスのケリーと共に流れ星を見上げながら、このままみんなで幸せに暮らしたい、と願った。
そしてその後ヴォルトへ戻ると、ニアと特別明るく光る酒で乾杯をした。
流星群はある地点を中心にして、放射状に地表へ降り注ぐ。
その日、その時刻。コリンが砂漠から見上げた流星群の中心となる宇宙塵のただ中へ、オンタリオは転移してしまったようだ。
エギム時間では同じ日の早朝、午前四時。
それはコリンが無意識下で設定した、儚い願いの根源となる時空間座標だったのかもしれない。
今この時、十四歳になったコリンは空を見上げて、流星雨に祈っているのだろう。
流星の元になる雲の中は、エランドの砂漠の砂のように微細な宇宙塵が漂っている。
船体は結界により保護されているので大事はない、とアイオスが言った。
スクリーンにズームアップされたエランドの大気中へ、流星の尾を引く光が明滅していた。
「そうか、これはあの流星雨の日だったんだ……」
「私は寝てたかな……」
「オレも」
「俺もだな」
「わたしは起きてた。コリンはケリーちゃんと手を繋いで流れ星を見上げて、わたしのいる足元なんか、見ちゃいなかったけどね」
ニアが、不機嫌そうに言った。
「ケリーちゃんて、コリンのガールフレンドだった?」
「そう。わたしは仲良く繋いでいた手を、跳び上がって齧ってやったけど……」
「ニアも苦労していたんだな」
「そうだよ。本当にさ……」
コリンは黙って顔を赤くしているだけだった。
しかしこの場には、そんな話が何も理解できない者が一人いる。
「さて、三階へ行って景色を見ながらお茶の時間にするか」
ジュリオがスクリーンから目を離して言った。
「うん、お腹が減った」
「エレーナには、じっくり説明しないとな」
「早くみんなの話を聞きたいのだ!」
それから全員でブリッジを出て、店の三階へ行った。
アイオスはステルスレベル4で、エランドとの位置を転移した時のままに維持している。
コリンとニアがいつものように、甘いお菓子とコーヒーや紅茶を用意した。
そして惑星エランドで起きた数々の出来事を、エレーナに語って聞かせた。
長い話が終わり、エレーナは情報過多でボーっとしている。
そしてカップに残った甘いレモンティーを飲み干してテーブルに伏せると、顔だけを上げた。
「みんな、大変だったのだなぁ……」
「そうでもないさ」
「オレたちは大丈夫だ」
「そうよ。残った私たちはもう離れない、と誓ったの」
「本当に私がこの船にいてもいいのか?」
「バカ野郎、今更ちびっ子一人家に帰すわけにはいかねぇだろ」
「そうだよ。それにここは、わたしたちのいるべき世界じゃないし」
「ああ。それが目下のところ、一番の難問だな」
「とりあえず、少し休もう」
ジュリオは言う。
彼らの時間では、三時のおやつが終わったくらいの感覚だ。
「エレーナには船内を案内して、部屋や着替えを用意しなきゃね」
シルビアとニアがエレーナを引き連れて、船内の居室へと戻って行く。
エレーナにも、乗組員用の個室が与えられる。
「夕飯の支度が出来たら呼ぶからね」
コリンが、その背中へ声をかけた。
「うん、ありがとう。久しぶりにコリンの料理が食べられるね、楽しみ!」
シルビアが振り返り手を振る。
コリンは残ったケンとジュリオと何となく顔を見合わせた。
「おう、色々大変だったようだな」
「うん」
「しかしまさか転移魔法で戻って来るとはな。厳しい修業を積んだのか?」
「いや、それほどでも。密林の暮らしも、楽しかったよ」
「で、メアリー先生の妹は、どうなんだ?」
ジュリオは小声になる。
「うん、エレーナは信用できる。魔法の才能はドネル師もメアリー先生以上と認めているしね」
「ニアとも上手くやってるみたいだよね?」
ケンが不思議そうな顔をしている。
「最初は仲が悪かったんだけど、一緒に修行をしているうちに仲良くなったんだ」
コリンは長いような短いような、ヴィクトリアでの暮らしを振り返っている。
「一緒に来たいと泣いていたんだけど、師匠やメアリー先生の許可がないとダメだと言って、置いてくるつもりだったんだよ……」
「この船には秘密が多いからな」
「でも、もう色々と知られてしまったよ」
「けど、エランドの事件に巻き込むのはちょっとなぁ……」
「それだよ、ジュリオ。この状況は、エギムの町を救えと言われているようなものだよな」
「ああ、誰にそう言われているかはよく知らんが、千載一遇のチャンス、だな」
だが、コリンは遺跡のガーディアンや銀河連邦軍の艦隊に追われた経緯を、もっと重く考えなければいけないように感じていた。
だけど、今はまだそこまで頭が回らない。
「僕も部屋で休む。その話は明日からにしないか。少し一人で考えたいんだ」
「そうだな。俺たちもここで遊んでいたわけじゃない。明日はその話もしよう」
「じゃ、今夜は何も考えずにエレーナの歓迎会だね」
「うん、それがいい」
「おお、俺もそれがいいと思うな」