今度も現在地どころの騒ぎではなかった(第三章第一話)
完結となる第三章の開幕です。
緑の魔境『ヴィクトリア』のゲートステーション周辺に展開した銀河連邦軍の艦隊に包囲されて、コリンたちの乗った『オンタリオ』は緊急転移により脱出を図った。
転移先は懐かしい生まれ故郷の星、エランドの近くだった。
コリンの転移魔法で脱出する以上、コリンのよく知っている宇宙空間を転移先に選ぶしかない。そうなると必然的に、エランドの地表から眺めていた夜空のどこか、となる。
そして目標となるのは当然、軌道上の転移ゲートステーションだった。
以前、コリンは古いゲートを通じて、そこへ通信用のブレスレットを転移させたことがある。
今回はそこからやや離れた夜空を目的地として、無事に転移は成功したはずだった。
しかしアイオスの警告は、転移先の時間座標にずれがあり、一年十か月前の過去へ転移してしまったと告げた。
咄嗟のことで、その意味を正しく理解するのには、もう少し時間が必要だ。
『ヴィクトリア』の地表でゴーレムの集団に追われて軌道エレベーターのカウンターウェイトへ逃げ、そこからどうにか『オンタリオ』のブリッジへ緊急転移し、息つく暇もなく今度は船ごと遠距離の転移をした結果が、この混乱だった。
しかも、コリンの右腕には大きなおまけがくっついている。
「このちびっ子は誰なの?」
「そうだった……」
コリンはそこでやっと、エレーナの存在に思い至る余裕ができた。
「エレーナ、ここは僕らの船の中だよ。仲間に紹介するから、目を開けて」
床に座ったままのコリンの隣でエレーナが目を開けて、周囲を見る。
即座にニアが駆け寄り、コリンの腕からエレーナを引きはがした。
「ニアもいるのだ……」
エレーナは、まだ意識がぼんやりしているようだ。
「エレーナ、立てるかい?」
コリンとニアが両側から手を貸して、エレーナを引っ張り上げた。
「あ、えーと、はじめまして。エレーナ・クレールと申します」
「緑の魔境で一緒に修行をしていた仲間だよ」
「うん、これでも十四歳だから」
「これでも、は余計なのだ」
「あ、そうそう。定期通信でも話したけど、エレーナはメアリー先生の妹だよ」
最後のニアの言葉に、やっと三人が反応する。
「嘘をつけっ!」
スタイル抜群の美女だったメアリー先生を思い出して、ジュリオは本気で怒っている。
「ウソじゃないのだ。メアリーはホントに私の姉なのだ!」
そうして怒った顔をジュリオに向けると、何となく面影が似ている。
「そ、そうか。そりゃすまねえ」
「でもどうして一緒にここへ?」
「そうだ。今日は二人でシャトルに乗ってヴィクトリアを出る日だったよな。そもそも何でこうなった?」
シルビアとケンの疑問ももっともなので、先ずはコリンがこうなった理由を説明した。もちろん、エレーナの紹介も兼ねて。
「なるほど。それは災難だったな。だけどよ、今はそれどころではないんだな、これが……」
やっと、目前の大問題に意識を向けられる。
「だけどよ、コリン。そのエレーナにも、この現実に向き合えるようにしてやった方がいいんじゃねえのか?」
「それはこの船の乗組員として迎えるってこと?」
「わたしは賛成!」
ニアは即答する。
エレーナは何のことかわからずに、まだぼんやりとしている。
「アイオス、ここが二年近く前のエランドで間違いないんだよね。すぐに元の時間に戻る方法はあるの?」
「現在位置と時間には間違いありません。そして本船の能力では、元の時間へ戻る方法は、このまま一年十か月間待機する以外にはありません」
「…………」
エレーナ以外の全員が、アイオスの言葉に衝撃を受けていた。
その中でジュリオは責任を感じて、言葉を選びながら話す。
「エレーナさん。よくわかっていないだろうけど、君をとんでもないことに巻き込んでしまったようだ。申し訳ないが、当分の間は我々の仲間として行動を共にしてもらう必要がある。どうかな?」
それを聞くと、エレーナの顔がパッと輝いた。
「ここに一緒にいてもいいのか?」
「もちろん」
「この船に乗せてくれるのか?」
「うん。アルバイトは雇ってないんだ。正式な乗組員になってもらうだろうな」
「ありがとう、なのだ。おじさんはいい人なのだ」
おじさん、というところで、聞いていた皆が爆笑する。
「では、おじさんから自己紹介してよ」
コリンが吹き出しつつ、ジュリオを見た。
「ああ。俺はジュリオ・エルナンデス。大規模プラント系のエンジニアをやっている」
「私はシルビア・ハーパー。ソフトウェア担当のエンジニアよ」
「オレはケン・ローズ。機械や精密機器全般が得意な分野だ。ジュリオ以外は皆エレーナより一つだけ年上かな」
「あと、わたしがニア・ランス。ちょっと前までは猫だったんだぁ」
そう言って、ニアが久しぶりに猫の姿に変わる。
笑って聞いていたエレーナの顔が、引きつった。
「ど、どうなっているのだ、これはっ?」
「うん、この船に乗るための通過儀礼だねぇ……」
コリンがため息をついた。
ブリッジの中には当然、魔術師が使えるマナはない。
「そういえば、コリンも無重力の宇宙空間で魔法を使っていたのだ……」
「よく気付いたね。賢い子だ」
おじさんが笑顔でエレーナの頭を撫でる。
「ひっ!」
エレーナは短い悲鳴を上げて首を引っ込めた。
「おじさん、エレーナをいじめないでっ!」
人間に戻ったニアが、ジュリオを睨む。
エレーナは再びコリンにしがみついて、その後ろに隠れる。
「そういえば初めて会った時、エレーナはわたしを野良ネコって言ったよね。それは、半分正解。わたしは野良じゃないよ。でもわたしの正体を知ったからには、もう引き返せない。出て行くのなら、お前を頭から喰ってやるぅ」
ニヤリと笑って白い歯を見せたニアが、エレーナに飛び掛かった。
「ぎゃっっ!」
エレーナはそのまま腰を抜かして後ろへ転がり、白目をむいて意識を失った。
「あーあ、ニア。やり過ぎよ、これは……」
「可哀そうに」
「この殺気で密林の王様、ジャガーを追い払ってたくらいだからねぇ……」
コリンはエレーナを抱え上げて、リクライニングさせたキャプテンズシートに寝かせた。
「さて、エレーナが仲間になるのは仕方がないよね。これでも飛び切り優秀な精霊魔術師なんだ」
「そうだな。本人も喜んでいたから、いいんじゃねえか」
「ニアとは仲が悪いの?」
「そんなことは全然ないのだ」
「ほら、エレーナの口調が伝染するくらいに、二人は仲がいいんだよ」
「目が覚めたらちゃんと謝って、全部一から説明してね」
「はーい」
「でも、俺をおじさんと呼ぶのはナシ!」
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