逆襲のゴーレム
遂に、コリンとニアがヴィクトリアを離れる日が来た。
「また遊びに来るから、そんな顔をするなよ」
結局残ることになったエレーナが口を尖らせて不満顔でアピールするが、最早どうにもならない。
二人を見送るため、ドネル一門全員が南米ステーションに集結した。
一行は、少し早めにゲートで転移して、ステーションのレストランで最後の食事をとり、展望窓から目の前の湖に浮かぶ軌道エレベーターの基部を眺めていた。
「ねえ、まだ時間があるのだ」
エレーナがコリンとニアを誘い、外へ出て湖畔の遊歩道を散歩した。
「あと四日でエレーナも十五歳なのだ。だからコリンとニアは、すぐに迎えに来るのだ!」
「だから、メアリーさんと話をしてちゃんと許可を貰ってからね」
「そうだよ、うちは移動酒場だからね。来るなら酒場の従業員として働くんだよ」
「だから、十五になったらエレーナの好きなようにするのだ!」
「あのね、僕らも船に戻って他の仲間と相談しないと決められないんだ。それに、一度船に乗ったら簡単に降りられないぞ。ここみたいに、自由に魔法も使えないし」
「うーん、魔法が使えないのは嫌なのだ……」
「ほら、もう一度よく考えてごらんよ。まだここで学ぶことが色々と残っているだろ?」
「でも、一緒に行きたいのだ……」
エレーナは涙目で下を向いた。
「コリン!」
ニアの警告で、二人が顔を上げる。対岸の森から大きな物体が近付いている。
「ゴーレムだぞ」
「何体もいるのだ!」
見える範囲で五体のゴーレムが遊歩道に出て、こちらへ向かって歩いている。
「ステーションへ向かっているのか?」
三人は道を逸れて密林へ踏み込み、樹木の間から様子を窺う。
すぐにエレーナの端末へ、ドネル師から連絡が来た。
「エレーナ、見えていると思うが、五体のゴーレムが湖の対岸からこちらに向かっている。早く戻れ!」
「師匠、もう戻れないのだ。私たちは、東側の密林に身を隠しているのだ」
「わかった。だがステーションは緊急事態で閉鎖されたぞ。コリンたちの出発も延期になるかもしれん」
「了解なのだ。ゴーレムが近くまで来たので、また連絡するのだ」
ゴーレムは三人の歩いていた湖畔の道を辿り、迫る。三人が気配を隠している樹林を見て立ち止まった。
「見つかったのだ」
三人は、強化した身体能力でその場から逃げる。だが、密林の奥からも茂みを分けて接近する音が聞こえた。
「挟まれたのか?」
ステーションの方向へ逃げれば被害が拡大すると考えたコリンは、仕方なく北へ迂回して湖畔の遊歩道へ戻るように進んだ。
時間をかけて再び遊歩道へ出る。
ステーションから離れても、ゴーレムは三人を追って来る。道の両側と、後方の密林からも、気配が迫る。このまま動かなければ、囲まれてしまう。
「ゴーレムがこっちへ来るのだ。私に復讐する気なのだ!」
エレーナが怯えた声を上げる。
「仕方ない、湖の上を走って、遺跡の島へ渡ろう!」
逃げ道はそこしかない。
「(コリン、やっつけちゃおうよ)」
ニアが遠話で伝えた。
「(今日は定期便が来る日で、大勢が外を見てる。おかしなことはできないよ。とにかく今は、逃げるしかない!)」
十体以上のゴーレムを相手に戦うとなると、そりゃ大騒ぎになる。
基本的に一般の魔術師はゴーレムと接触したがらないので、救援は望み薄だった。
「逃げ回って時間を稼ごう。師匠たちが助けに来てくれるのを待つしかない」
コリンの言葉に従い、三人は遺跡の浮島に向かって水面を走る。
「コリン、遺跡に入ってはいけないのだ!」
エレーナの言葉に、コリンははっとする。
「(もしかして、ゴーレムは僕ら二人を狙ってる?)」
「(あっ、そうかも……)」
先日カウンターウェイトから生還して以来、二人は遺跡に近付いていなかった。だが、今日この遺跡に接近したことにより、ゴーレムに感知されたのかもしれない。
「(だとすれば、エレーナは関係ないよな)」
「(でも、もう無理!)」
三人はゴーレムに追われるように、目の前に開いている遺跡の入口へ飛び込んだ。
石でできたトンネルの中へ入ると、内部が一瞬マナの輝きを放った。
「(ヤバい、この遺跡も生きてそうだ)」
「(でも、行くしかない!)」
三人はそのまま走り続ける。
エレーナの端末に、またドネル師の通話が入る。
「何をしてるんだ、早くステーションへ逃げ込め。特別緊急警報が出て、この宙域は軍に閉鎖されたぞ。一体何が起こっているんだ?」
「わからないのだ。たくさんのゴーレムに追われて、遺跡の中に逃げ込むしかなかったのだ……」
エレーナの通話途中で、通信が切れた。
そのころ、一般人には閉鎖された静止軌道にあるゲートステーションは、緊急警報により、続々と軍の艦船が転移して集まっていた。
到着する軍船の数に、『ヴィクトリア』のゲートステーションはパニックに陥っている。
「こうなればニア、遺跡の奥まで行ってカウンターウェイトへ転移して逃げるしかない!」
コリンが無茶苦茶なことを言い始めたので、エレーナは訳がわからなくなっている。
「そりゃ面白そうだね!」
ニアは乗り気だった。
「(アイオス、緊急出動だ。ヴィクトリア宙域まで可能な限り接近してくれ。ただし周辺宙域は軍に閉鎖されたらしい。軍の艦船に発見されないようにね)」
「(承知しました、コリン様。周辺宙域を警戒しつつ、最速で向かいます)」
「(頼んだよ。僕らはカウンターウェイトへ向かう! ……たぶん)」
(ダメなら、ここから直接オンタリオへ転移するのか?)
石の廊下を、奥へと走る。
予想通り、遺跡内部はマナに満ちている。
そして突き当りの扉が横に開くと、見たことのある丸いステージがあった。
「エレーナ、湖に潜った時を思い出して、最大の力で結界を維持するんだ」
コリンがエレーナの手を引いて進む。
「エレーナ、目を閉じて!」
部屋がマナの光に満ちて、魔法が起動する。
そして三人は、遺跡の転移装置によって、宇宙へ飛ばされた。
三人は手を繋いだまま、宙に浮いている。
エレーナは目を閉じたまま震えていたが、生きていた。
そして恐る恐る目を開けると、暗い部屋の中に三人は浮いている。
空気がないので言葉を話せないが、コリンが手を握ってくれていた。
「(アイオス、今どこにいる?)」
「(コリン様のいるカウンターウェイトから銀河中心方向十五度の円錐内、およそ三万キロ離れた地点を航行中です)」
コリンは方角を頭に思い描きながら、探知の網を広げた。
そして、何もない宙域を航行する『オンタリオ』の姿を、その範囲内に捉えた。
「(アイオス、速度はそのまま。これよりブリッジへ緊急転移する!)」
そしてコリンは集中した。
やがてマナの輝きが三人を包み込んで、三人一緒に『オンタリオ』のブリッジへと転移した。
「コリン、ニア!」
「やあ。何とか生きて戻れたよ」
コリンはジュリオたち三人の顔を見ると安心して、床に大の字に寝転んだ。
その右腕には、まだエレーナがしっかりと抱きついていた。