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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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宿題の成果

 

 南米大陸の中央にある名もない湖の畔へ戻ると、コリンとニアがヴィクトリアで過ごした日々は既に、三か月になっている。


 その日は、十二月三十日の大晦日だった。


 次の船便は一月十一日。二人は既に帰る便を予約済みだった。


 コリンとニアは充分に楽しんでいるが、ジュリオがそろそろ限界のようだ。


「ケンがヘタレぶりを発揮して、シルがジュリオに八つ当たりしてるらしいよ」

「シルは早くコリンの料理が食べたいってさ」


「う~ん、ケンはジュリオの料理も悪くないって言ってたけど……」


「まったく、ケンはシルの料理もちゃんと褒めろよ。シルは、それが気に入らないんだからさ!」


 どうやら最近では、ケンの方が空気を読めなくなっているらしい。

「でも、シルは欲張りだからねぇ」

「確かに……」


 お姫様のお守りは大変だろうと口に出しかけて、コリンは止めた。ニアがいない分だけ、まだ向こうは楽なんじゃないかなとも思ったからだ。


 無事にLM1523年が明けた元日の午後、ドネル師の前で三人の宿題が披露された。


 家の前に広がる、湖畔の草原に皆集まっている。

「では、僕から」

 コリンが前に出て、湖を背にして立つ。


「どうした、早くしろ」

 マークがモヒカンの髪を揺らして挑発する。


 そのコリンの視線がギャラリーの後ろにあるのを感じて、皆一斉に振り返る。

 そこには、今にも飛び掛かりそうなゴーレムがいた。


「おい!」

 だがゴーレムは立ち木の後ろへ消える。


「ゴーレム召喚!」

 次にコリンが叫ぶと、皆の前の地面からゴーレムが生えるように、実体化した。


 ゴーレムが襲い掛かるように前に動くと、悲鳴が上がる。だが、すぐにゴーレムはまたかき消えた。


「召喚魔法だと?」


「いや、そんなのは物語の中だけの話だろ?」


 続いて、コリンが右に目をやる。数十メートル離れた湖畔の道に、一人の女性が立っている。


「メアリー姉さんなのだ!」


 一瞬、ドネルの顔色が変わる。


 だが弟子たちがざわつく中、ドネル師は正体を暴く。


「召喚魔法ではなく、単なる幻影だな」

「はい、これは幻影魔法です」


 コリンはメアリーの幻影を消して、ゴーレムを目前に出した。


「なるほど、よくできている」


「ただ、今のところ動画じゃなくて静止画なんです。全体を前後左右に移動させたり拡大縮小するくらいが精一杯で」


「メアリー姉さんも、幻影だったのか?」

 エレーナは残念そうだ。


「人間の場合は近くで見ると偽物だとバレるので、使い方がもっと限定されます」


「うん、だがなかなか面白い」


 コリンは大木の幻影を出して、その幹の中に体を隠した。

「こういう使い方もできます」


「おお、密林ではかなり有効だな」


 拍手で終わり、コリンはホッとする。


「じゃ、次はわたしね」

 ニアが前に出ると、足元が緑の草で覆われ、次々と黄色い花が咲く。花は全て白い綿毛となり、吹き抜ける一陣の風に舞い上がる。


 タンポポの綿毛がギャラリーの顔にまとわり付いて、視界を遮る。


「これは幻影じゃないのか!」

「本物の綿毛か?」

「そうですよ~」


 幾ら結界で体を覆っていても、結界に付着した綿毛が次々と芽を出し緑の葉を広げ黄色い花が咲き、やがて白い綿毛を飛ばす。もう、辺りは真っ白だ。


「何も見えないし、うざい!」


「名付けて、タンポポ魔法!」


「うーん、外から見ていると結構きれいなんだけど、やられる方は、ただひたすらうっとうしいだけなんだよなぁ」


 隣のコリンが呟く。こんな無意味な魔法を使うのは、ニアだけだろう。


「わかった。もういい!」

「確かにすごい魔法だけど、二度と見たくないわ!」


 先輩の評価も散々で、ドネル師も呆れるタンポポ魔法に拍手はない。


「最後は私の出番なのだ」

 エレーナは、黙ってマークを指差す。


「俺?」

 周囲の皆が、マークから離れる。


 マークの頭上に白い雲が集まり、密集して黒い雲になった。


 直径2メートルほどある雲の中では、小さな稲光が弾ける。


 続いて、雨が降り始めた。

 結構な豪雨だった。


 漫画のように、マークの頭上にだけ黒い雲が浮かび、雨を降らせる。


 逃げても振り切れないで、常にマークだけが雨に打たれている。


 結界で濡れないようにしているが、それでも視界は悪く、周囲の音もよく聞こえない。しかも、時折小さな落雷まである。


「エレーナ、これはいつまで続くんだ?」


「五分から十分の間で消えるのだ」

「そんなに待つのか!」

 マークは諦めて立ち止まる。


 途端に拍手が沸いた。


「ニアの魔法と同じで、単なる嫌がらせじゃないか!」

 当のマークは、怒っている。


「うん、三人ともいい魔法だった!」

 ドネル師は満足気に言った。



 一日一日と、コリンとニアが帰る日は近付く。


 エレーナは、コリンとニアに、自分も一緒に連れて行けと迫っている。

 だが、二人は慎重だった。


 先ずはメアリーとドネル師の許可が無ければ答えられない、と。


 そして、エレーナはメアリニーには何も言うつもりがない。言っても無駄だと知っているからだ。


 そこで、姉には絶対に言うなと師匠を脅しながら、先ずは師の許可だけでも取ろうと必死である。


 ただ、エレーナはもうすぐ十五歳になる。

 成人年齢は十八歳なのだが、十五になれば独り立ちをするのが、この世の習わしである。


 メアリーを含めた三人の約束では、ドネルがエレーナを預かるのは十五になるまで、と決められていた。


 だからと言って、エレーナが十五歳になったらすぐに放り出されたり、自分から飛び出たりすることもなかろうと、メアリーは気楽に考えていた。


 自分が最近送り込んだ、二人の異次元魔術師の存在をすっかり忘れているのだった。まさに喉元過ぎれば何とやら、である。


 コリンとニアと一緒に行くと言って聞かないエレーナだが、誕生日を過ぎればメアリーにもドネルにも止められない。


 エレーナ自身は、密かに教会から特別顧問の地位を打診されていた。


 そんな面倒な肩書は不要と無視するつもりでいたエレーナだが、今後のコリンたちの行動の役に立つならと、正式に受諾する方向で再検討を始めた。


 そう言われれば、今後の移動や営業のお墨付きとして、エレーナの同行は非常に心強い。まさに水戸黄門の印籠である。


 これで、エレーナの思い通りに事は進むように思えたのだが、エレーナが十五歳になるのは一月十五日。二人が定期便で出発した後である。


 それだけが、エレーナの誤算であった。



 


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