アフリカとアジア
ニアとコリンは、湖の西側で新たな遺跡を発見したと、その夜ドネル師に報告した。
何事もなかったように。
「ところで、ニアとコリンが来て早二か月になるが、君たちはいつまでここにいるつもりだ?」
ドネルは、二人には船で帰りを待つ仲間がいることを、メアリーから聞いている。
「次の定期便には間に合わないので、その次の定期便まではいるつもりですが……」
実際には、この家に転移ゲートがあることが判明したので、間に合わないことはない。だが、ドネルが言いたいのは、そんなことではなかった。
「エレーナがこの星へ来て四年。まだまだ学ぶことは多いが、この大陸から離れる機会は少ない。俺を含めて他の弟子たちは、アフリカと東南アジアの二大陸で過ごした日々が長いからな」
「そうなのだ。何度か他所にも行ったけど、すぐに帰って来たのだ」
「そこで三人で少しの間、旅でもしてみてはどうかと思ってな」
ニアは喜んで、エレーナに抱き着く。
「いいのか、師匠。エレーナも一緒に行って」
「ああ、今回の件でお前ら二人なら安心して任せられると思った。エレーナにも今日、一緒に行きたいと言われたしな」
「他の危険はないのですか?」
「つまり、自然環境以外にってことか?」
「確かに、これだけの人間が集まれば犯罪も起きるし、治安の悪い場所もある。だが基本的に人の集まる場所なら、どこへ行っても安全だろう」
「どうしてそんなことが?」
「お前らは、ここじゃものすごく目立つんだ。魔術師の子が魔術師とは限らない。それに、子供のうちは魔法を使うのも難しい。だからこんな危険な場所で子育てをする家族なんて、この惑星には誰もいないのさ」
「なるほど」
「同様に、お前ら三人のようなティーンエイジャーなんてのも、ほぼいない。魔法の能力がないと生きられない世界だから、若くても二十歳過ぎないと来られるような場所じゃない」
「うーん、その割には結構住人が多いですよね」
「そりゃ、銀河の人口は多いからな。それに、この星に来て暮らすのに最低限必要な能力は何だと思う?」
「えっと、ゲートを操作する転移魔法の基礎と、身を守る結界魔法かな」
「そうだ。それは同時に、教会が必要として重点的に教育している魔術師の基礎能力と重なる。つまり、ある程度経験を積んだ優秀な魔術師なら、ここへ来られる、ということだ」
「なるほど、そうだったのか」
「だから余程辺鄙な場所へ行かない限り、わざわざ目立つお前らに悪さをするような大人はいないってことだ。逆に、若者は大事にされるぞ」
「わかりました。師匠や先輩たちと会えなくなるのは寂しいですが、僕らもそんなに時間があるわけじゃないので、行ってみたいです」
「よし、では明日から暫くの間、三人で二大陸を見て来い!」
「えっと、次の定期便は明後日だから、その次の便で帰るとすると、あと一か月くらい?」
ニアはエレーナと抱き合ったまま、コリンを見上げる。
「バカモノ。明後日の次に来る定期便は一月一日ではなく、十二月二十一日だぞ。そして、その次は一月十一日だ」
ドネルがニアの頭をぽんと叩く。
「どういうこと?」
「標準暦の年末年始で移動が増えるからな。知ってるか、この惑星は一秒と狂わず標準暦とぴったり同じ周期で自転と公転をしている。そのせいか、毎年のように新年を祝いにここへ戻って来る、バカな魔術師が結構いるんだ」
「じゃ、年末にここへ戻って来ればみんなで新年を祝って、その後十一日の便で僕らは帰れるんだね」
「やったー、たっぷり一か月は旅ができるね」
「嬉しいのだ」
「では、明日出発ですか?」
「どうせ大した準備もなかろう?」
「でも、この大陸だってまだよく知らないのに……」
「まあ、アマゾンはどこへ行ってもこんな感じだ」
「アマゾンですか?」
「ああ、オールドアースの南米大陸を流れていた大河の名前だ。この大陸は、その流域の生態系を模倣して造られている」
「うーん、誰かがアマゾンには何でもあるって言ってたような気がするんだけど、何もないところだよなぁ……」
ドネルは、少年少女にもっと大きな世界を知ってほしいと願った。
「何もなくても、悲観することはない。これからの旅で、何かを見つけてこい」
「そうですね。ニアみたいに、もっと楽天的にならないと……」
そして、三人は翌日南米ステーションの東にある村へ転移して旅支度を整えると、南米ステーションからアフリカステーションへ転移した。
ステーションでは旅行者向けのガイダンスを受け、三人は野生の王国サバンナを目指した。
ドネル師からの宿題もしっかり出されている。
「一人が一つ、小さくてもいいからオリジナルの魔法を作ること」
それが師の、三人に対する宿題だった。
「(見せられない魔法は色々あるんだけどなぁ)」
「(うん、困ったね)」
コリンとニアには、既にオリジナルと言えそうな隠している魔法が色々あった。
だがそれを明かせば騒ぎになることはわかっている。
「(エレーナと一緒に考えようか?)」
「(そうだね)」
一か月という限られた時間を効率的に使うため、三人は野営をせずに村や町に宿泊し、転移ゲートを利用して移動した。
おかげでコリンとニアの秘密を必要以上に開示することもなく、旅は続いた。
ただエレーナの執拗な要求に応えて、コリンは何度か自分のマナをエレーナへ少しだけ分けて魔法を強化することを試した。
一度見せてしまった以上は、ある程度仕方がない。それに、ニアの生物魔法を秘密にしてもらっている弱みもあった。
おかげで、エレーナはますますコリンに擦り寄る。
そもそもこの惑星の住民自体が非常に少ないので、転移ゲートを持つような集落は、大陸に幾つもない。
そこを拠点として動こうとすれば、ある程度一か所の滞在日数も計画できてしまう。
しかし元より引きこもりのコリンとものぐさなニアなので、外へ出るより宿で酒を飲んでゴロゴロしている方が楽しい。
活動的なエレーナとは、相性が悪かった。
最初の何日かは物珍しさが勝っていたが、数日すると旅にも飽きて移動が面倒になる。
エレーナに引きずられるように大陸の端から端へと順に移動してみたものの、食事以外の楽しみは少ない。
そもそも、その食事だって質素なものだ。
結局は現地の素材でコリンが調理したものの方が美味で、東南アジア大陸では移動を減らし、短期で家を借りることにした。
十五日でアフリカから東南アジアへと移動する。
そこで五日ずつ二か所で家を借りて周辺を探索した。
最後の五日は旅の締めくくりとして、旅の間にいた場所の中から一番気に入った場所へ行き、そこでのんびり旅の最後を味わった。
三人が選んだのは、最初に行ったアフリカのサバンナだ。
旅の始まりに宿泊したホテルではなく、町から少し離れたところにある、バンガローだった。
旅の終わりは、キリンやゾウが毎日遊びに来るような、開放的な場所で過ごした。
町で仕入れた現地の食材で毎日コリンが料理をして、二人も手伝う。
こうして三十日間の旅はあっという間に終わった。