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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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治癒魔法

 

 急峻な谷底を転げるように下り、一気に距離を稼いだ。


「下りは楽でいいのだ!」

 エレーナが元気だと、ペースが上がる。


 普通に野営道具を担いでいたらこんなペースでは走れないものだが、食料は現地調達と割り切り、水も魔法で出せる。


 土魔法で屋根も作れるので、基本の炊事道具とハンモックがあればどこでも行かれる。


 寒さに凍える心配もなく、砂漠で干物になる心配もない。改めて、ここはいい場所なのだとコリンは思う。


 いいペースで下り、目的地まで一キロほどまで近付いた。


 そこから先は高い岸壁の下で、崩れた岩が積み重なり草も生えていない不毛の地だった。


 こんな場所ではマナも薄く、エレーナも困りそうだ。

 これが師匠たちの避難している場所まで続いているのだろう。

 後方はまだ深い灌木の茂みでマナは多い。


「ニア、ここから百メートルおきに生物魔法で茂みを作りながら進みたいんだけど」

「うん、じゃあここから蔓を伸ばそう」


 ニアが地面に手を置くと、後方の茂みから何本もの蔓が前へ伸びていく。

 コリンは蔓と一緒に歩きながら、立ち止まる。


 その場で土魔法を使うと周囲にふかふかの土が広がる。

 その土に、たっぷりと水を撒いた。


 追って来たニアが更にその土に手を置くと、後方の茂みと同じ灌木が生えて新しい茂みを作った。


 エレーナも蔓に沿って歩いて、マナを切らさず進むことができる。


「ニアとコリンはマナの効率がいい。とてもエレーナには真似できないのだ……」

 コリンとニアが作る緑の道は薄暗くなる空の下、確実に距離を延ばす。


「明日の朝にはすっかり繋がった緑地帯に育っていると思うよ。だけど、師匠には内緒だよ」


「わたしの生物魔法は特別だからね」


「うん、知ってる。ニアがグリーンイグアナを捕まえた時に見たのだ」

「そうだったねぇ。腹減ったなぁ、イグアナを食べたいなぁ」


 そして周囲が暗くなったころ、一行はドネル師たちの隠れている岩陰へ到達した。



 周囲が暗くなると、細々とした魔法の光が、足場の悪い岩場の中に浮かぶ。


 視線の先を塞ぐ大きな岩の向こう側に、光が漏れていた。


「急に周囲のマナが増えたと思ったら、お前たちが来たのか。何をしたんだ?」

 ドネル師が不振に思うのも仕方がないが、素直に答えるつもりもない。


「さあ、暗くなって足元だけ見て歩いていたら、光が見えたのだ」

 エレーナが、立派にとぼけてくれた。


 一応魔法で整地された場所にシートが敷かれ、中央に灯っているのは魔法の光ではなく、野営用のランタンだった。


 目の前で立ち上がったドネル師の後ろに三人の男が横になっていて、女性二人が座っている。


 初対面のコリンとニアは丁寧に挨拶をするが、反応が弱い。


 それどころではないことを察するが、具体的な状況を聞くまでは、何もできない。


「師匠、医療キットを持ってきたのだ」

 エレーナが大事に背負っていた荷物を降ろす。


「マークとヒョンスは大丈夫なのか?」

 エレーナは座っている二人の女性に寄り添い、抱き合う。


 医療キットを広げるドネル師を見ながら、コリンは食事の支度を始めた。

 元々この場所でも最低限の結界を保つ程度のマナはあったらしい。


 師匠以外の五人の怪我は、ガーディアンの襲撃により上の崖から落下した時のものらしい。


 二人の女性を助けようと、男性三人が特に重い傷を負っている。


 周囲にマナが十分にあるのを見て、ニアがその場を囲むように土魔法の屋根を作った。


 逃げていた光が天井に反射して、周囲が明るくなる。

 続いて天井がもっと明るく輝き始め、周囲を結界で覆った。

 それは、ドネル師の魔法だった。


「今までは最低限の結界を維持するだけでやっとだった。日が暮れて、何かマナの変化があったのか?」


 だが、それに答える者はいない。


 エレーナ以外のドネルの弟子は、一番弟子のアラン、二番弟子のマーク、三番弟子のヒョンス、四番弟子のジョディ、五番目がシム。


 最初の三人が男性で、エレーナを含めた後の三人が女性だった。


 一番弟子のアランは最年長で、遠征隊のリーダーである。五人の健康状態は持ち込んだ医療キットで診断された。


 マークとヒョンスが足の骨折、アランは重い捻挫。ジョディとシムは打ち身と擦り傷程度だが、精神的なショックが大きいようだ。


 ここから歩けない三人の男性を連れて帰るのは、長い旅になりそうだった。


「じゃあ、一丁やってみようかぁ」

 ニアがコリンの調理の手伝いを止めて、立ち上がる。


 一番重症のヒョンスは右足太ももの骨折だが、骨は既にきれいに繋いで添え木で固定されている。


 ニアはそこへ屈みこみ、ジュリオが銃撃された時と同じように治癒魔法を使った。

 コリンはピンクゴールドの光を見て、やっちまったな、と思う。


 だが、そのニアの行為を非難することはできない。


 治癒魔法が上手く効いてくれるとよいのだが、と祈るような気持ちで見ていた。


 ニアの手から放たれた光は、他の人間には見えていない。

 しかし確実にその怪我を癒し始めた。


 手応えを感じたニアは、同じ姿勢のまま追加の魔法を発動する。そして結果を見ずに隣のマークへ向かい、患部に手を添えた。


 三人目のアランは捻挫だったので、一回の治癒魔法でほぼ癒えてしまう。


 女性二人にも同じことをすると、全身の小さな傷が見る見るうちに治ってしまう。


 何が起きているのかいち早く悟ったドネル師は、驚愕の叫びをあげた。


「こ、これは治癒魔法ではないか!」

 師の叫び声に、その場がどよめく。


「どうしてニアが、この魔法を使える?」


「……えっと、昔教会の精霊魔術師がコリンの捻挫を治療したのを見て、覚えたのかな……」

 噓は言っていない。


「治癒魔法は、精霊との親和性を極限まで高めた教会の高位魔術師だけが使える秘術だ。そんな物を平気で使うお前は、何者だ?」


 エライことになった、とコリンは悩む。


「でも、教会の魔術師から覚えたのはこれだけなんだよねぇ」

「嘘をつけ!」


「だって、軌道からこの惑星へ降下した時に、僕らは初めて転移ゲートを自分で作動させたくらいですから」


「本当にお前ら二人の魔法はデタラメだな!」


「へへ、そうなの」

 ニアが照れ笑いを浮かべる。


「褒めてるんじゃないぞ!」


 ドネル師と共に騒いでいるうちに、他の三人の弟子も怪我が治って茫然としている。


「師匠、本当に骨折を治療されちゃったみたいです……」

「お、俺の足も、治っちまったみたい……」

「もうどこも痛くないんだよ。怖いよ、何が起きたんだ?」


 それから質問攻めに合うニアを横目に、コリンは食事の支度を終え配膳を始めた。


「夕飯だって?」

「いつ用意したんだ?」

「シチューとパンだと。こんなもの持ってきたのか?」


 だが、食欲の前には好奇心も霞む。


「よくわからんが、コリンとニアに感謝していただこう」

「師匠、私もいるのだ!」

「そうだな、ついでにエレーナにも」


 コリンが遠慮がちにバックパックからブランデーのボトルを出すと、大歓声が上がる。


 それからみんなが眠りに落ちるまでに、ボトルが三本空いた。コリンは密かにそのうち二本を回収して、眠りに就いた。



 


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