救援要請
「あ、師匠からの連絡なのだ」
エレーナは、通信端末を取り出した。
「エレーナか。今どこにいる?」
「えっと、東のジャングルに来たところなのだ」
「そうか。緊急事態だ。悪いが家の救急キットを持ってこちらへ来てくれ。怪我人が出て動けん」
「だ、大丈夫なのか?」
「ああ、命に別状はないが、ガーディアンにしてやられた。岩場で二人が足を骨折し、他にも軽症だが歩けない者がいる」
「わかったのだ。ニアとコリンも一緒に行くのだ」
「そうか。それは助かる。こちらの位置はわかるな?」
「はい。地図の場所へすぐに向かうから、待っているのだ!」
「わかった。また連絡する」
朝食後、すぐに森へ入ったばかりだった。
早朝の定時連絡では異常がなかったが、その後に何かあったようだ。
三人は、慌てて家に戻り、支度をした。
食堂に使っている一階の広間へ集まり、スクリーンで地図を見る。
「ここが遺跡で、師匠が今いるのはここなのだ」
「ここが、岩場?」
「そうなのだ。この辺は岩が多くて、マナが少しだけ薄い場所があるのだ」
どうやらガーディアンに襲われ、マナの薄い場所へ追い込まれているらしい。
「ここまでの道は、普通に歩けば四日はかかるのだ」
「師匠が出たのは三日前だよ」
「強化魔法で走れば二日?」
「頑張れば一日で着くのだ」
だがその道のりは、峠を幾つか越えて谷を渡り、かなり厳しい。
コリンはもっと地図の広い範囲を見た。
「こういうルートはどう?」
コリンが示したのは、北の山へ続く尾根上を駆け上がり、そこから遺跡のある谷までまた一気に駆け降りるルートだった。
地図上の距離ではかなりの遠回りになるが、一度山頂近くまで上がってしまえば、後は目的地まで駆け降りるだけだった。
「うん、わたしもそれがいいと思うよ」
登る山の斜面は急だが、日当たりのよい南側の深い森だ。マナはたっぷりある。
樹上を覚えたばかりの足場魔法を使い連続ジャンプで登れば、エレーナにも負担が少ないだろう。
「下りは少し岩場の混じった谷底の急斜面だけど、変に上り下りが少ない分だけ、楽だと思うんだ」
「わかったのだ。その道は行ったことがないけど、コリンに付いて行くのだ」
「よし、じゃ、このルートで行こう」
コリンは密かにアイオスに連絡し、入手した地図のデータを送信した。
「(アイオス、このルートでナビを頼むよ)」
「(承知しました。予想到着時間は、上り六時間、下り四時間、合計十時間です。これに休憩時間を加え、目標到着時間は十二時間後に設定します)」
「では出発だ。途中で暗くなっても、到着するまで頑張って走り切るよ。エレーナ、最初から魔力全開で飛ばすからね!」
三人は家の裏側に広がる森へ跳躍した。
強化した手足の力で枝を掴み、跳び、空中に足場を作って飛び出すと、魔法で作った強い追い風を受けて空を駆けた。
コリンが先頭で見事な魔法の連携を見せると、エレーナも必死にそれを追う。
その体をニアが優しく魔法で支えながら、後を追った。
魔法で強化した体を長時間使うには、全てを魔法に任せて肉体の疲労を極力抑えることが必要だった。
四年も濃厚なマナの中で暮らすエレーナはその使い方も慣れたもので、ただこれだけ長い時間強力な魔法を使い切るには体力だけではない何かを消耗するようだった。
それに比べると魔法使い暦はまだ一年少々のコリンとニアだが、自分の内部にあるマナを消費するだけなので、マナの続く限りは苦労もなく魔法を発動できる。
まるで息をするように魔法を行使する二人に比べて、エレーナの疲労は徐々に蓄積した。
三十分ごとに短い休憩を取りながら、三人は進む。しかしコリンのペースはアイオスの予測よりも速いペースで進んでいた。
「ペースが早すぎる?」
「大丈夫なのだ」
「大丈夫そうに見えない!」
ニアはそう言って、エレーナに治癒の魔法を使った。
「えっ、ニア、今何をしたのだ?」
「ああ、疲労回復のおまじないをしただけよ」
「だって、急に体が楽になったから……」
「へえ、効くんだ、このおまじない」
「なになに、エレーナにも教えてほしいのだ」
「それは無理」
「どうして?」
「うーん、どうしても」
「あのね、今のは魔法じゃないから」
「うん、気の持ちよう、って感じのおまじないよ」
「ウソ?」
「でも元気が出たのなら、出発するよ!」
「(まさか、ほんとに効くとは思わなかったよー)」
ニアはかなりびっくりしていた。
「(うん、これから気を付けよう。でも、途中でもう一度くらい。おまじないが必要になるかもね)」
おまじない効果でそれから二時間はエレーナも頑張れた。
予想より二時間も早く、登りの行程を終えてしまう。
「標高が高くて涼しいから、ここで食事の休憩にしよう」
コリンはバックパックから出したように見せかけて、収納からホットドッグを出して魔法の炎で軽く焙る。続いて野菜たっぷりの温かいスープを取り出した。
「このスープはすごく美味いのだ」
「うん、グリーンイグアナの濃厚なスープは野菜とよく合うんだ」
「ぐえ、これはイグアナなのか?」
「うん、きっと足が速くなるよ」
イグアナはなかなか素早い動きで木に登り、川を泳ぐ。
「わたしはイグアナ大好きだけど」
「うん、僕も」
「確かに、スープは美味しいのだ……」
たっぷり一時間休んでエレーナも元気を取り戻した。
「予定よりまだ一時間早いから、明るいうちに到着するかも」
「よし、師匠に連絡するのだ!」