光る果実と飛行魔法
「ちょっと遺跡の方が心配なので、様子を見て来る。それまで三人で留守番を頼む」
数日後、逃げ出すようにドネル師は一人で遺跡へ向かった。
残された三人は、気楽なものである。
コリンとニアは湖の畔にも飽きたので、エレーナの道案内で東に広がる密林の中を新しい遊び場にした。
ドネル師の家の倉庫を漁って野営道具を持ち出し、シートを張った屋根の下にハンモックを吊り下げて、密林の中で気ままに過ごした。
コリンの収納やニアの変身以外の魔法能力を隠さずにいられるのも、気楽な要因だ。
三人は珍しい食材を求めて密林を彷徨い、見知らぬ茸や木の実を集めてはコリンが調理した。
エレーナに酒を飲ませるわけにはいかないのが難点だったが、密林の中には光る酒と同じような、光る果実が実っていることに気付いた。
やはり、その光はコリンとニアにしか見えないようだ。
「エレーナ、この実を食べてみて」
「うん」
だが、一口食べて顔を歪める。
「不味いのだ」
だが、コリンとニアには極上の味わいである。
「じゃぁそれは、わたしが貰う~」
ニアが喜んでかぶりつく。
二人は密林を走り回り、強化した身体能力で猿のように木の枝から枝へと飛び移りながら、光る果実を探した。
エレーナには、二人が何を求めて何をしているのか、さっぱりわからない。
そこでエレーナは食料となる鳥や小動物を狩り、卵やハーブなどを集め、ここでの暮らしで姉弟子のジョディやシムに教わったことを、二人に伝授する。
野生動物を狩り食料とするのは、ここまでの湿原の旅で見様見真似でやっていただけなので、コリンとニアは喜んだ。
調味料は密かにコリンが収納から色々出して、毎日凝った料理を作っては楽しんだ。
密林での狩りは山火事が怖いので、火や雷系の魔法は気軽に使えない。
土魔法や氷魔法で作った細い矢で、急所を一突きにする。
「ニアの得意な生物魔法は、まだ教わっていないよね」
「生物魔法は、畑の野菜を育てるのに使っているのだ」
「じゃ、こういうのは?」
ニアは太い樹木に絡みつく蔓草を操作して、近くに隠れていた二メートル近いグリーンイグアナを捕獲した。
トゲトゲのある恐竜のような姿に一瞬恐怖を感じるが、アリゲーターに比べればまだかわいい。
生きたロープのように蔓がイグアナを吊るして、ニアの手元へ運んで来る。
「こんな魔法は見たことがないのだ!」
エレーナはそう言うが、コリンは不思議に思う。
「だって、軌道ステーションまで伸びている太い蔓は、同じようにして魔術師がやったんでしょ?」
「知らないのだ。あの蔓は古代遺跡と同じで、大昔からあると聞いているのだ」
目を輝かせているエレーナの反応に、ニアは逆に慌てる。
「(ヤバい。これって見せてはいけない魔法だったかも……)」
「(仕方ない、口止めしよう!)」
「エレーナ。この魔法は見なかったことにしてほしいのだ」
「いいけど、エレーナの口真似はやめるのだ」
「わ、わかった、エレーナさん。もう、のだって言わないのだ」
「ほら、また言っているのだ」
「いや、だから、なるべく言わないから……努力するのだ!」
「ほら、また言った」
「あ、エレーナは言わなかったのだ!」
「もういい、黙っているからエレーナにもその魔法を教えるのだ!」
その後コリンが調理したグリーンイグアナは、予想以上に美味しかった。
アリゲーターや水辺の鳥よりも、濃厚な旨味が感じられる。
やや身が固いが、ニアはその方が好みだった。
ニアが気に入ったので、コリンは土産用にと、エレーナの目を盗んでせっせとグリーンイグアナを捕らえては、収納していた。緑の体は目立たないが、その気で探せばそこいら中にいる。
同時に光る果実も、大量に集めた。
こんな時も、覚えたばかりの強化した視力が役に立つ。
見える範囲にある微妙なマナの揺らぎを捉え、枝から枝へジャンプする。
猿のように広範囲を捜索しながら、多くの果実を蓄えた。
二人以外には見た目の違いがわからないので、一度収納してしまえばこっそり取り出して食べていても、不審に思われることはない。
エレーナの目を盗んで、新しい魔法の実験もしている。
ニアの生物魔法が知られていなかったように、二人しか知らない魔法がこの世にはあるらしい、とわかった。
例えば、収納魔法。これはニアも元々持っていたのだが、意識してその内容量を拡大しようと躍起になっている。
その成果も徐々に現れ、既に来た時の数倍の収容力となっている。
もう一つは、コリンの遠話だ。
今まではコリンからニアへ遠話を繋ぐことしかできなかったが、不便なので旅の最初から練習を始めていた。
ドネル師はこれについて何も言及していないので、これも魔術師には未知の魔法である可能性が高い。
やっと最近、身体強化魔法に慣れたニアが、コリンへ向けて遠話の発信に成功した。
あとはこの遠話が他の魔術師や魔術師ではない人へも繋がるかどうかを知りたいのだが、それはまだ実験できていない。
少なくとも、ここからジュリオたち三人へは届かないようだ。
何とかエレーナを巻き込んで実験したいが、まだ踏み切れないでいる。
そして今、密林で三人が試しているのが、飛行魔法だ。
「風魔法の強化で、師匠が空を飛ぶのを見たことがあるのだ」
「やっぱりできるんだ!」
コリンも以前砂漠で練習したが、安定して風に乗り飛行するのは難しい。
それに、密林で落ちると危険なので、できれば湖の上で練習したい。
そこで前段階として、樹上を跳び渡る際に空中へ足場や手掛かりを作る魔法を考案した。
無属性の魔法は、いわゆる念動力というものに近い。手を触れずに物を動かす力だ。
だが二人の使うその力は、それほど大きいものではない。これはエレーナも同じだ。
跳躍の足場や手を伸ばして体を支えるホールドとするには、もっと強固な力が必要だった。
そこで、風魔法と無属性魔法を併用し、圧縮した空気の塊を空中へ固定するように作った。
何もない空中ではなく、圧縮して固体化した空気が自分の体重を支えるようにイメージした。それでもう一歩分、遠くへ跳べるようになる。
地上近くで各自が練習して、自信を深める。
その後一人が木の上で試し、二人が落下に備えて待機しながら交代で練習できた。
二つ目、三つ目の足場を連続すれば、空を走ることが可能になるだろう。
落下しそうなときには、風魔法で支える。
それが、今後の発展形だった。その先に、飛行魔法があると考えている。
風魔法で飛ぶのには、まだまだ時間がかかりそうだ。
コリンは元々空間魔法系の適性が高いので、密かに転移魔法も研究中だ。
LL-5での通信ケーブルの転送や、南米ステーションへ降下した際に初めて操作した転移ゲートの感覚から、自分一人の魔法だけでできそうな感触を掴んでいる。
誰も見ていない時に、ほんの僅かの短距離転移の実験を始めた。
なんやかんやで、コリンも魔法にハマっている。




