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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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水の中

 

 ニアは洗浄魔法を分解して、小さな魔法を一つ一つ順番に、丁寧に教え始めた。


(どうして俺は、来たばかりの若い弟子に魔法を教わっているんだ?)

「師匠、ちゃんとわたしの話を聞いてる?」


「……ダメなのだ。いくら簡単な魔法でも、こんなに続けて三つも四つも同時に発動させ続けるのは無理なのだ!」


「だから、一つずつ順に覚えればいいの。それが大きな魔法を使う時にも役立つんだから」

「師匠、この野良ネコは何者なのだ?」


 だがそれも耳に入らぬほどドネルは必死に魔法を組み立て、どうにかニアの魔法を再現して面目を保った。


「お、師匠はなかなか筋がいいですね」

 ニアは褒めているつもりだが、ドネルは胸を撫で下ろしながら苦い顔をしている。


 ドネルはこの緑の魔境の三大陸全てを渡り歩き、魔法に詳しい者ならその名を知らぬ者はいないほど、銀河世界で有数の大魔術師だった。


 弟子を取る気はなかったが、優秀な若者が常に何人か離れず付いて回るため、仕方なく指導を始めた。


 それが、自分の娘のような年齢の弟子に魔法の手ほどきを受ける羽目になるとは。

 しかも、実際にやってみれば必死で集中してやっとどうにかなったほどの、超が付く難易度だった。


 それをこの娘は、鼻歌交じりにこなす。

 どうなっているのだろう。


「こらっ!」

 コリンがニアの頭に拳骨を落とした。


「師匠に失礼なことを言っちゃダメだよ!」

(ああ、この素直な子が一緒にいてくれて助かった……)



 翌日から、本格的な魔法の訓練が始まった。


 コリンは、最近ずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。

「初級・中級・上級の違いとか、土魔法や水魔法などの分類を教えてください」


「ああ、そんなのは机の上で勝手に分類しているだけだ。魔法を使う時にそんなことを考える奴はいない。魔法の具体的な効果をイメージすればいいだけだ」


「そうなんですか。僕も料理するときには、中華だとかフレンチだとかの分類はあまり意識しないでやってるかなぁ」


「そんなことよりも、マナの効率だとか精密な制御とか、そういう技術が重要だ」


「でも料理だって、基礎知識や基本的な技術が必要ですよ」


「基本的な技術や手法はもう身についているだろ。一から学ぶ場合にはある程度の勉強が必要だが、お前たちなら余計な知識はいらん。必要なことは都度教えるから、心配するな」


「じゃあ師匠、お勉強をしなくていいんだね!」

「それは、お前の実力を見て決める」

「よし、頑張るぞ」


「では、一通り基本の魔法をエレーナが見せるから、その通りにやってみろ」


 エレーナは幾つもの小さな魔法を実演し、コリンとニアがそれを真似する。


 最初は無属性の魔法。物体に手を触れず移動、操作する魔法だ。

 その後、火、水、土、風、雷、氷、光など、普段使う基礎魔法の試技を行う。


 コリンはこの他にも、闇属性の魔法を知っている。

 黒い光がマナを呑み込む、魔法無効化の力だ。


 コリンとニアが使う遠話や収納、それに生物魔法などは、また他の属性になるのだろうか。確かに師匠の言う通り、そんな分類をいちいち覚えても意味がないような気もする。


 ここでは、精霊魔術師の魔法も強力だった。


 何しろ大陸全体が濃いマナに覆われていて、本当に魔術師たちは魔法が使い放題だ。それはテカポの比ではない。これほどの場所は、珍しいのだろう。


 一般に基礎魔法で初級と呼ばれるのは、そこにある物質を動かすことと変質させることだ。そして、そこにない物質を生み出すのが、中級魔法だと言われる。


 だが触媒無しで結界や障壁を造り、物理的な衝撃だけでなく熱や音までも操作する術者は、既に上級魔法使いだとドネル師は言う。


 この魔法が上手に使えなければ、この原始的な自然に囲まれた惑星で暮らすことは厳しい。


 だから、ここに立っているだけで、上級魔法が使えることを意味する。


 空気を動かして風を起こすだけではなく、遮断された結界内に空気を生み出して体に纏い、それを呼吸する。肺から吐き出す呼気は、その場で消してしまうのだ。


「結界を張りジャングルを歩く時、極めて自然に全てをやっているだろ?」

「師匠の説明は、とてもわかりやすいです!」

 ニアが感動の声を上げる。


「そうだ。お前のようなバカでもわかるように、丁寧に説明しているからな」

「うう……」


「野良ネコは、バカなのか?」

「違うのだ!」

「だから、野良ネコは私のマネをしてはいけないのだ」


 いいから、次に進むぞ、とドネル師が二人の脱線を遮る。


「結界の中で呼吸に困らないのなら、水の中ではどうだ?」

 師に言われて、コリンは考える。


 物理的な防御があり、熱も、音さえも漏らさぬ結界なら、水の中でも平気なはずだ。

 平気なはずなのだが……


「よし、さっき土魔法で作ったその石を抱えて、湖に飛び込め!」

「ひっ!」

 ニアが怯える。


「ネコは、水が苦手なのだ」

「そう言うちびっ子は大丈夫なの?」


「ひっ!」

 エレーナが、引きつった悲鳴を上げる。


「私も泳げなかったのだ!」


 コリンとニアは一応エランドのプールで一通り泳ぎを教わり、人工の波でサーフィンの練習をしたことがある。


 その時のニアは砂ではない本物の波に乗るために、死に物狂いで練習をした。

 でもそれ以来余計に、シャワーを浴びるのも嫌がるようになってしまった。


「コリン、先に見本を見せてやれ!」

「はい!」


 仕方なく大きな石を抱えて、コリンは湖に飛び込んだ。

 コリンが無事なのを見て、師の顔がニヤリと笑う。


「よし、次」

 怯える二人は無理やり石を持たされて、ドネル師に湖へ放り込まれた。


「(ニア、大丈夫?)」

 パニックに陥っていたニアは、コリンの遠話で我に返った。


 眼を開けると、目の前の水底に沈んだエレーナが目を閉じたまま震えている。


 ニアは抱えている石を落としてエレーナを助け起こし、その頬を両手で挟む。

 頭と頭を付けて、こつんとぶつけた。


 エレーナがそっと目を開ける。

 目の前のニアが笑っているのを見て、体の震えが止まった。


 ニアがゆっくり頷く。

 ニアはエレーナから手を放し、足元の石を拾い上げた。


 三人は並んで、岸辺の浅い湖底を歩いた。

 そのまま岸に向かって進み、無事に岸辺へ戻ることができた。


 ドネル師が、拍手で出迎えた。

「よくやったぞ。これで湖に沈むことは怖くないだろ。次にエレーナは水面歩行の練習だな」


「なんだ、のだっ子はあれをやりたかったのか」

「そうなのだ。エレーナは泳げないから、水の上を走るのは怖いのだ」

 エレーナは小さな声で答えた。


 ニアはその体を、ぎゅっと抱き締めた。


「ニアのおかげで、エレーナにもできたのだ」

 そう言って、エレーナもニアに抱き着く。


「では、エレーナは向こうの浅瀬で水上歩行の練習だ」

「はいなのだ」


 残る二人は、師に連れられて森の方へ歩いて来た。



 


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