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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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緑の魔境

 

 次に危険な生物と出会ったのは、蛇行する川の間に広がる湿地帯を横断しているときだった。


 川を渡るのと同じで、足元が水に沈まないように反発する魔法を使用している。


 湿地の半分を覆う腰まで伸びた草の間を縫うように、二人は進んでいた。

 もう少し進んだ先にある丘まで行かねば、腰を下ろして休憩する場所もない。


(まあ、いざとなれば、魔法で足場を固めればいいんだけどね)


 だが、そんなことをしているよりも、早くこんな足場の悪い場所を抜けてしまいたかった。


 体の周囲に張っている結界のおかげで、嫌な虫は寄り付かない。

 悪いことに強い雨が降り始めて、激しい雨音に包まれた。


 湿った草の中を歩いても結界のおかげで体は濡れないが、視界が悪いので気分は良くない。


 ただひたすら足元を見ながら障害物を避けて歩くだけなので、肉体的にも精神的にも疲れる。


 二人は次第に周囲へ気遣うのを止めて、結構物音を立てながら乱暴に進んでいた。


「もう、この底なし沼みたいな地面、歩きにくくて嫌だー」

 ニアが半分音を上げている。


 そこへ、水中で待ち伏せしていた大きな蛇に襲われた。

 太い体を伸ばした大蛇は、大きな口から牙を剥きだして、二人に噛みつこうと襲いかかる。


 巨体なのに素早い動きに二人は驚き慌てて、危うく水に沈むところだった。


 風魔法で一度大きく上空へ跳び上がって離脱し、二人は大蛇の先制攻撃をどうにか躱した。


 数メートル跳び上がった場所から見下ろせば、体長十メートルはあろうかという巨体が飛沫を上げて、水の中にうねっていた。


 ニアとコリンはそのまま上から冷凍魔法を使い、蛇の体を低温で包んだ。


 さすがに一度に全身を凍らせるほどの大きな魔法は、瞬時に使えなかった。

 それでも体温と周囲の水温が一気に下がり、蛇は急に動きが鈍くなる。


「これがアナコンダっていう奴かな」


 コリンは水面に降りると、ガイダンスで教わったばかりの巨大な蛇を観察する。


 ぬらぬらと光る黄色みがかった茶色い体に、不気味な黒い模様が描かれている。

 ニアはこれ以上暴れないようにと、頭の部分だけを強力な冷気で包み込み、蛇の動きを止めた。


「この蛇も、食べられる?」

「うーん、毒はないから、食べられないことはないと思うけどねぇ」

「じゃ、これも保管しておいてぇ」

「わかったよ」


 コリンが大蛇の巨体を消すと、二人はまたバシャバシャと水面を蹴って歩き始めた。



 丘の上の木陰にニアが土魔法で、屋根と柱だけのあずま屋を建てた。


 二人はやっと落ち着いて座れる場所を得て、そこで昼食休憩にした。


 お昼ご飯はコリンの収納から無尽蔵に出て来る、サンドイッチにした。

 冷えた樽のエールを飲みながら、生ハムとレタスがぎゅうぎゅうに詰まった柔らかなパンを口に運ぶ。


 気力を削ぐように、一度上がった雨がまた降り始めた。

「ここで昼寝したら、もう今日は動けない気がする……」


 警告のつもりでコリンは言ったのだが、ニアはもうすっかりその気だった。


「いいよ。時間はたっぷりあるし」

 そう言ってニアは大あくびをする。


「あ、そうだ。ジュリオたちはどうしてるかな?」

 急に思い出したように言うが、時計を見たコリンに止められた。


「えっと、船の標準時間は深夜だから、後にしておきなよ」

「じゃあ、寝る!」

 コリンが用意したベッドで、ニアは寝てしまう。


 コリンもあずま屋の柱に吊るしたハンモックに横になり、目を閉じるとすぐに寝てしまった。



 目標の湖までは、普通に歩いて一旬かからないと言われていた。

 しかしコリンとニアには何が普通かわからない。


 こんな調子で休んでばかりいれば、半月くらいはかかるのだろうと思っていた。

「まあ、それでもいいか」


「でもさ、普通に北へ向かう人は、どういうルートで行くのかな?」

 ニアの言う通り、こうやって川の蛇行する湿地帯を無理やりに横切って進むのは、あまり普通とは思えない。


 蛇行する濁った小川とは別に細かい池が無数にあり、大きめの池は比較的水の透明度が高かった。


 そんな場所を選んで釣りをしながら水はけのよい高台を探して歩いた。


 蛇やワニ以外にも、水中にはピラニアや電気ウナギのように危険な連中がたくさんいるし、飛んで集まる蚊やアブの類は不愉快だ。夜になれば吸血コウモリなんていうのも飛んでくる。


 開けた湿原を歩く人間は、格好の餌だと思われるのだろう。


 そうなると、視界の悪い東側の密林の中を進むしかない。

 ただそれだと、かなりの遠回りになりそうだ。


「歩くの疲れるから、近道がいい」

 ニアはこのまま行く気だ。


 それならコリンも付き合うしかない。

(まあ、結界魔法と障壁魔法のおかげで何の被害もないし、遠くを見ていれば景色もいい……)


 そう、近くを見るといろいろ得体の知れない不気味な生き物がうようよしていて、コリンは時々鳥肌が立つ。


 水の中には有名なピラニアや名前も知らぬ魚と爬虫類や両生類がいる。


 地上には蚊、虻、蜂、蠅、蟻、毛虫に毒蛾、毒ヘビ、毒グモ、サソリにムカデに吸血ヒル、そしていかにも猛毒を持っていそうな鮮やかな色の小さなカエルなどが、無数にいる。


(これは、慣れるしかない……)


 それに比べると、ニアは動揺もせず平常心を保っている。


「ニアはこういうの気味悪くないの?」

「うん、平気だけど、コリンは苦手?」


「いや、大抵の人間はダメだと思うけど……」

「あ、わたしを非常識なネコ人間だと思ってるでしょ!」


「いや、その、ニアは強くて逞しいなぁと……」

「ううっ、そこは嘘でもいいから、ニアは普通の人間だよって慰めてぇ!」


 コリンは、抱き着くニアの頭を優しく撫でる。

「はいはい。ニアは普通以上に可愛い女の子だよ。傷つけてゴメン」

 ニアにも、デリケートな部分があるのだった。


 生活魔法のおかげで、体も服も清潔にしている。

 しかも、食事はかなり贅沢だ。


 毎日冷えたエールで乾杯して、店のメニューならほぼ何でも食べ放題。

 時々失敗作に当たるのも、面白い余興になっている。


 そんなこんなで、朝は早くから目が覚める。

 見通しのいい場所を選んで北へ進み、少しでも気温の低い午前中に多く歩いた。


 風通しが良い自然堤防の上に造ったあずま屋で午後は涼み、横になってだらだらと過ごす。


「真北というと、もう少し西へ寄った方がいいかな」

 コリンが方角を見ながら進行方向を修正する。


 目の前の山は、かなり大きくなっていた。


「その湖は、あの山から流れる川がこの湿原に入る手前にあるんだろうねぇ」

 つまり南北二つの湖の間にこの湿地帯が広がっていて、その両側が深い密林だ。


「北にある湖は山に近くて、幾らか涼しいのかもね」

 コリンは地形を見ながら考える。


(軌道エレベーターのあった湖は、たぶん赤道直下だ。そこから北へ徒歩で十日程度離れても、気候はさほど変わらないだろう)


 ただ標高が多少上がり、山から流れる冷たい水が集まる湖畔なら、幾らか涼しい土地なのかもしれない。

 そこは、ドネル師が住処に選んだ場所に期待するしかない。



 


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