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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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自動収納

 

 フライパンのパンケーキからは、まだ焦げ臭い煙が出ている。

 ニアがちょっとつまんで口に入れる。


「うん、ジャングルの中なら食べられないこともない味だね」


「マジで?」

「コリンの失敗料理が全部あるなら、きっと一生かかっても食べきれない!」

「そりゃそうだ……」


 無尽蔵に湧き出るヴォルトの素材を使って練習した料理を捨てた記憶はないが、全部食べた記憶もない。


 今から思えば、自然と収納庫へ放り込むことにより満足していたのかもしれない。


「それなら、もっとましな料理を出してよぅ!」


「えっと、じゃぁ、アイスクリーム!」

 苦し紛れにコリンが叫ぶと、ボウルに入ったアイスクリームがずらりと調理台の上に並んだ。


 バニラ、ストロベリー、チョコミント、オレンジ、バナナ……


「これ、毎日ヴォルトで作ってた奴だ……」

「失敗作じゃなくて、食べきれずに残した分だね」


「この手の奴なら毎日のようにやってたから、食べきれないほどあるぞ!」


 例えばヴォルトの厨房は片付けが面倒で放置しておくと、翌朝に鍋や食器ごとすっかりきれいに消えていた。


 そういう機能なのだろうとコリンはずっと思っていたのだが……

(でもそれは、僕が知らずに使っていた収納魔法だったのか?……自動収納?)


「コリン、ヴォルトで使ってた古いベッドはある?」

「どうだろ」

 と言っているうちに、ニアの横にベッドが現れた。


「これを土魔法で囲めば家になるよね」

「それはニアに任せる」


 あっという間に、川の畔に窓の大きな小屋ができた。客席の古いイスとテーブル。ヴォルトに置いていたソファー。失くしたと思っていた光る酒のボトルまで、何でもある。


「そういえば、この服はもうイイよね」

 ニアは二人お揃いで着ていた古い探検隊風の衣装を見る。


「そうだね。結界があれば大丈夫そうだから、動きやすい服なら何でもいいね」

 ニアはすぐに、いつもの袖のないワンピースにサンダル姿になる。


 コリンは普段厨房にいる時のような、白い長靴とコックコートを着た。


「あれ、コリンそんな服持って来たんだ」

「いや、料理しようとしたら、目の前にあった……」


 一応コリンは、ナマズのような川魚を中華風に油で揚げてみた。


「お嬢様。ジャイアントナマズの甘酢餡かけ、南米風でございます」

「うーん、なかなかいいお味ですわよ。この店のシェフは腕を上げたわね」

「ははっ、もったいないお言葉、恐悦至極に存じます」


 そして冷たいエールの樽を出して、昼間から酔っぱらう。


「ニア、僕たち何しに来たんだっけ?」

「うーん、忘れた」

 そのまま夜になってしまった。



「さて、今日は頑張って北へ進むよ」


 コリンは収納のコツを掴んで、全ての物品を一度消した。

 ニアは、土の家を消す。


「この川を遡って行けば北に向かいそうだよ」

 ニアはそう言うが、船はないし、曲がりくねった川沿いに歩くのは距離が伸びそうだった。


 すぐ西側に湖があり、軌道エレベーターに絡んだ蔓が上空へ伸びている。

 師は湖を東へ迂回して密林の中を、北へ向かったようだ。


 更にこのまま東へ回り込めば、密林の中を北へ進むルートもあるだろう。


「でも、川を渡って真っすぐ北に向かった方が絶対に早いと思う」

 コリンはそう言って、試しに目の前の川を渡り始めた。


 寝る前にコック服から着替えた短いトレーニングパンツと半袖のポロシャツ姿のままだが、足元だけはニアと違い、軽いトレーニングシューズを履いている。


 白いキャップを頭に乗せると、テニスプレイヤーの雰囲気だ。


 何事もないように、コリンはゆったり流れる水面を歩いている。

 川の真ん中まで来て振り返る。


「ニア、大丈夫だよ。ふかふかの砂の上を走り回った要領で行けそうだ!」

 ここでも砂漠で培った魔法が役に立っていた。


「コリーン、後ろ、気を付けて!」

 コリンの姿を見ていたニアが、叫んでいる。


 ニアは昨日と同じ白いワンピース姿で麦藁帽子をかぶり、街へショッピングに行くような格好だ。


 水面を歩く変な得物を見つけて、向こう岸で休んでいたワニが数頭、泳ぎ始めている。どれも体長三メートルを超える、怪物級の大物だ。


 後ろを振り返ったコリンは少し慌てるが、すぐに近寄るワニたちに向けて魔法を放った。


 泳ぐワニたちは周囲の水と一緒に一瞬で凍らされて、水面に浮き上がり川に流されている。


「これもエランドのワームと同じで、冷気には弱いみたいだ」

「なんだ。これなら砂漠の方が余程危険だったね……」


 エランドの砂漠には、十五メートルサイズの凶悪なワームが数多く住んでいる。

 それに比べれば、三メートル程度のワニは脅威にも感じない。


 ただ、普通の精霊魔術師が砂漠で魔法を使ってワームと戦うような場面は、あり得ない。


 マナの乏しい砂漠でそんなことが可能なのは、コリンとニアしかいない。


 ニアも背中に荷物を背負い、コリンの後を追って水面を歩き始めた。


「ねえ、ワニって食べられる?」

「うん、ワニ料理ってのがあるよ」

「じゃあ、あのワニも収納しておいてよ」

「わかった」


 コリンが凍って流れていく五頭のワニを見つめると、すぐにその姿が消えた。

 すっかり収納魔法の扱いも覚えたようだ。


「今夜はワニステーキだね」

「うーん、本当においしいのかなぁ?」

「そこはシェフの腕でしょ?」


「そうだな。ヴォルトにない素材だから、腕を磨いてジュリオたちにも食べさせてやらないと」



 


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