フレア
壮大な破滅フラグを立てて怯えていたメアリーの予感は、別の意味で的中した。
コリンとニアが作業を始めて七日目、突然大規模な太陽フレアが発生した。
それは数分のうちにテカポへ達して、混乱を巻き起こす。
光速で到達する電磁バーストは発生から数分後に到達するとはいえ、コロニーでの観測とは同時である。
小型転移ゲートによる即時通信システムを備えた太陽観測衛星から、遅延のないデータが入って数分後には、テカポに高エネルギー荷電粒子が押し寄せた。
悪いことに、損傷した障壁の修復作業はまだ終わっていない。
襲いかかる電磁波や高エネルギー粒子から守る分厚い大気圏や電離層、地磁気圏は、コロニーには存在しない。
そのための防御施設として、岩を並べた防御壁と、小惑星を利用した分厚い外殻がある。
外殻がいかに機能しようとも、防御可能なのはコロニー内部だけである。
しかもコロニーには港や採光のための開口部も多く、完全にこれを遮断するのは難しい
それを補うのが、コロニーからやや離れた場所へ展開している障壁群だった。
現在修復中の障壁の穴は、コリンとニアにより修復材料の目途は付きつつあったが、実際の修復作業は遅れていた。
まず、障壁周辺に展開された太陽光リフレクターやソーラーパネルの制御関連機器が、異常を訴えた。
次に域内通信が不安定となり、一時的に転移ゲート網の機能は維持したまま、安全確認が取れるまで、その使用を中止している。
近隣宙域にいた民間船数隻が航行不能となり、タグボートにより牽引してコロニーへ回収する作業が始まっている。
しかし磁気嵐が収まらない中で機能停止した衛星も多く、位置情報システムや通信機能の障害が激しい中での作業は、難航している。
観光客も含めてコロニー内部にいる一般市民は、一時的に中央シャフトの隔壁で囲まれた安全な避難所へ隔離された。
宿にいたジュリオ、シルビア、ケンも否応なく避難所へ連行されたのだが、コリンとニアは違った。
観測衛星の警報が出た時点で、防壁の修復作業に当たっていた部隊は、安全な場所への避難行動を第一として、即座に指示が下った。
コロニー外だけでなく、内部でもコリンたちのような外殻近くにいる者も、避難指示が出た。
しかし、一部の魔術師は避難の支援やコロニー機能の維持に必要な機材の修復など、様々な役目が与えられた。
コリンとニアは客分として避難対象者ではあったが、たまたま近くにメアリー先生がいたため、無理を言って、極秘の特別任務にあたること承諾させた。
「絶対に、メアリーさんには迷惑をかけません。というか、ダメって言っても勝手にやりますよ」
珍しく、コリンがメアリーを強気で押している。
「いや、しかし君たちに何かあれば私の責任で、そんな危険な任務には……」
「大丈夫だって。わたしたちの船の防御結界は完璧だし、現場の穴を、今ある材料だけで最低限の修復をするプランも解析済みだよ。心配ないって。任せて」
実は避難所で暇になったシルビアが、防壁の補修計画に不正アクセスして全容を把握し、アイオスの力も借りて、コリンたちに秘密計画の企画書を送っていた。
「失敗しても、今より悪くならないから。それに、止めても無駄だよ!」
「それなら、私も一緒に行くわ!」
メアリーが、コリンの腕を掴む。
「ダメだよ。メアリー先生はここに残って、やるべき事が山ほどあるでしょ!」
コリンがその腕を、振りほどいた。
「だから、あなたは何も見ていない、聞いてもいない!」
「なにを言ってるの、あんたたちは。何をする気?」
「じゃ、先生。そういうことで」
ニアがメアリーの肩をポンと叩くと、二人はそのまま後ずさる。次第に二人の姿は後方の壁の模様に紛れて、見えなくなった。
「なっ、何なの、これは!」
一人残されたメアリーは、物の怪に化かされたような気持で、目を瞬いた。
結界魔法によりメアリの前から姿を消した二人は、港に停泊しているオンタリオへ向かう。
「さすがに、オンタリオを外へ出すのは、無理があるよね」
「ランチを使う?」
「脱出ポッドの方がいいかな?」
結局二人はオンタリオへ戻ると、魔導師専用の宇宙服に身を包み、そのまま船の外へと出た。
身軽で発見されにくいし、宇宙服に内蔵された通信機能なら、オンタリオを経由してシルビアたちとも連絡が取れる。
シルビアがハックした図面の指示通りに、メンテナンス用のハッチを抜けてコロニーの外部へ抜け出し、コロニー内で造った岩を集積している空間を目指した。
そこで作業していた人々は既に退避が完了していて、無人の空間に大型の作業機械と多数の岩が残置されていた。
「これを移動させればいいのね」
「うん、足りない分はその場で造ってしまえ」
「面白そう!」
「じゃ、指定の座標までまとめて運ぶから、ニアも手伝って」
「オーケー」
それから二人はそこにあったすべての岩をまとめて動かして、コロニーから太陽方面へと移動して行く。こういう時、無重力空間というのは便利だ。
「これも結界で、見えなくするんだよね」
「うん、できる限りはね」
それから数時間、二人の魔力を精一杯に使って運んだ岩を組み上げ、固定し、足りない岩はその場で造りながら、一番大きな遮蔽壁の穴を塞いだ。
「こんなもんかね」
「シル、そっちの状況はどう?」
「うん、焼けた回線が復旧して、被害も収束に向かってる。あと数時間もすれば、宿に戻れそうね」
「じゃ、僕らも帰るね」
「はーい、お疲れ様」
「よし、ニア、帰ろう」
「なんだか簡単だったね」
「うん。もっと長―い時間がかかるかと思ったけどねぇ」
コロニーで復旧へ向けて指示を送りながら、魔法を使って補修作業に熱中していたメアリーは、いつの間にか一番大きかった遮蔽壁の穴が塞がり、コロニーの復旧も間近であるとの報告を受けていた。
「あの子たち、本当にやっちゃったのね……」
メアリーは、複雑な気持ちで呟いた。
まさか、本当にこんなに短時間で穴を塞いで復旧してしまうとは。どうやったのかは見当もつかないが、こんなことが可能なのは、あの二人以外には考えられない。
「これから、どうしたらいいのかしら……」
新たな悩みに、メアリーは押しつぶされそうな気分だった。