聞かなきゃよかった
翌朝九時前に、自動運転のホバーカーが宿の前に着いた。
屋根のない乗り物に、メアリー先生が一人だけ乗っている。
五人が乗り込むとホバーカーは結構な速度で走り、深い森の中へ入った。
道は狭いが通行する車両も人の姿も見えず、一行は四角く白い無機質な建物の前で止まった。
「この中です」
メアリー先生を先頭に五人は建物に入る。
建物はロの字型をしており、中央に四角い縦穴が開いている。
縦穴に沿って、一行は地下へ降りた。
何層か下った場所に、広い石切り場のような場所があり、そこに大きな灰色の岩が並んでいる。
「これが何だか判りますか?」
「岩ですね」
「お城の石垣でも作るのですか?」
「これと同じものを昨日見ませんでしたか?」
「ああ、コロニーの外壁か……」
ジュリオが答えた。
「そうです」
だが、コリンの記憶では、コロニーはもっと凸凹していたような気がする。
「このコロニーの半分は、自然の小惑星をくり抜いて作りました。ですが、残りの半分は、増築する際にこのサイズの岩をブロックにして組み合わせ、外壁に使用しています」
(同じ規格の岩が整然と並ぶこの光景には、違和感を覚える。うん、岩だけに……)。
コリンはつまらないことを考えて、勝手に顔を赤く染める。
「どうしたの、コリン?」
ニアがコリンの腕を取る。
「うん、まさかこの岩を造れって言うんじゃないですよね?」
「あら、話が早くて助かるわ」
「マジでっ?」
つまり、こういうことだった。
コロニー建設当時、コロニー本体となる大きな岩をくり抜き成形し、周辺の小さな岩と発生した余材を太陽との間に展開し、障壁として利用した。
しかし障壁の素材はそれだけでは足りず、当時の魔導師たちが魔法により大量の岩を造り、追加の素材にした。
その後コロニーの増築をした際にも魔導師が同じ規格の岩を作り、コロニーの外壁として使用した。
MT喪失後もコロニーの拡大工事は続き、外壁の素材として以前魔導師が作った丈夫な障壁を移動させて、コロニーの外壁へと転用した。
その時に減った分の障壁は周辺の小惑星から切り出したが、不足した部分は当時の精霊魔術師が魔法で造り、補充した。
だが、その時に精霊魔術師が造った素材が、良くなかった。
以後数百年が経過して当時の間に合わせの素材が風化して、現在の障壁は一部が崩壊しつつある。
まあ、その間に合わせの素材をコロニーの外壁に使わなかったのはいい判断だったし、当時から将来こうなる事態は予測されてもいたらしい。
だが結果的にそれを放置したまま、今そこに危機が迫っている。
その事態を収拾すべく、教会から腕自慢の魔術師が何人もここへ派遣されて、土魔法により新たな障壁の素材を造っている。
だが、それが遅々として進まない。
造るべき岩の数は膨大で、土魔法の使い手は少ない。
このままでは障壁の一部が機能障害を起こし、大きな太陽フレアが発生した場合には防ぎきれずに、コロニーに重大な影響が及ぶ事態も懸念されている。
そこでこの緊急事態を解消すべく、突然現れた魔術師の二人に白羽の矢が立った。
「で、どのくらい必要なんですか?」
「現状の作業ペースで順調に進んだとしても、最低でも500メートル四方の穴を塞ぐだけのブロックが不足します」
「それを僕ら二人で造れと?」
「もちろん、全部とは言えませんが、少しでもその足しになればと……」
「期限はどのくらいの余裕がありますか?」
「できれば三か月で何とかしたいと考えていますが……最悪半年までは覚悟しています」
「かなり危険な領域ですね」
「これって、聞いたら断れない奴だったー」
ニアがコリンに抱き着く。
「ハニートラップ、って言うんだっけ?」
「全然違います!」
メアリー先生が顔を赤くして憤慨する。
「さて、ジュリオさん。私の話を聞いたご感想は?」
「そりゃぁ、もう。聞かなきゃよかったとしか……」
「率直なご意見ですね」
「はい。スミマセン」
「聞いた以上は、お二人の協力はいただけるんでしょうね!」
「もしかして、メアリーさんは脅迫していますか?」
「違います。このコロニーにいる以上、あなた方の生命も一蓮托生ということです!」
「まさか、既に大きな太陽フレアの兆候でも?」
「さあ、それは言えません」
「だけど、三か月から六か月ってまさか、そういう意味じゃねえだろうな?」
「本当に、それを聞きたいんですか?」
「いや、余計なことを言いました、ゴメンナサイ。よし、コリンとニア。全力で協力するんだ。俺たちも応援してるぞ!」
「(ニア、本当の全力はダメだよ。様子を見てどの程度までの魔法を使うか考えよう)」
「(そうだね。先に教会の土魔法使いの本当の実力を見せてもらわないとねぇ)」
「(うん、その通り)」
そこでジュリオたち役に立たない三人組は謝罪して先に村へ戻り、コリンとニアはメアリー先生に拉致されるように、岩のブロックを作成している現場へ向かう。
「俺たちって、運が無さすぎねえか?」
役に立たない組のジュリオがぼやく。
「そうよね。海を見に行けば宇宙船が落ちて来るし……」
「普通は、ないよな」
「あるわけないわ」
「でもコリンとニアがいなかったら、あれは大惨事になっていたぞ」
「確かに。ひょっとして、オレたち運がいいのか?」
「バカヤロー、運のいい奴の頭の上に宇宙船は落ちて来ねぇ!」
「きっと、エギムから逃げてキャラバンに拾われた時に、一生分の運を使ってしまったのよ」
「生きてるだけで幸運ってことか。先が思いやられるな……」