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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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メアリー先生

 

 その夜の宿は、教会からも近い小さな村にある平屋の民宿だった。


 広い農地の中に建つ一軒家で、農家を兼業していると聞いた。


 建物の内外装は素朴な農家の佇まいだが、設備は充分に近代的で、虫一匹、埃一つない快適な居住空間が確保されている。


 実際に広い畑の農作業は自動化され、手を出すこともないらしい。


 五人は家の前にある菜園で趣味的に作っている野菜を収穫するのを手伝ったり、自家製の乳製品や食肉加工場を見学したりと、農村の雰囲気を味わった。


 今夜の宿泊客は五人だけだったので、夕食後にそのまま食堂で自家製の果実酒を飲んで寛いでいるところへ、メアリー先生がやって来た。


「あら、先生。夕飯がまだなら用意できるわよ」

「いえ、教会で済ませてきたから、私もその果実酒がいいな」


 メアリー先生が空いている椅子に腰を掛けると、すぐに宿の奥さんが五人と同じ氷の入ったグラスを運んで来た。


「どうぞ」

 ジュリオがテーブルのピッチャーから褐色の酒を注いだ。


「では、ようこそ『テカポ』へ」

 先生がそう言って掲げたグラスに、五人が持つグラスを合わせる。


 改めて、自己紹介をする五人。

 メアリー先生もまだこのコロニーに来て日が浅く、教会の仕事も兼務して多忙らしい。


 五人は名前だけの、簡単な自己紹介に留めた。


「えっと、今日はちょっと人に聞かれると困る話なので、宿の奥様に無理を言って、他の宿泊客には別の宿へ移っていただきました」


「ここの教会は、そんな無茶ができるのですか?」

「ええ、でもチェックイン前だったので、特にひどい迷惑をかけたわけではないんですが……」


「ひょっとして、ここの旦那と奥さんも教会の人?」

 ニアは、時々鋭い。


「ええ、二人とも精霊魔術師ですが、教会というよりコロニーの関係者ですね」

「あ、つまりここはコロニー直営の宿なんですね」

「まぁ、そういうことです」


「えっと、先ず、この五人はどういうご関係なのですか?」

 ジュリオがコリンの顔を見る。


 コリンが頷くので、ジュリオが移動酒場船『オンタリオ』の説明を始めた。


「なるほど。それでは商売抜きで、魔術師のお二人の希望でいらしたと」

「はい、そうなります」


「ええと、言いにくい話なのですが、本日ニアさんが使った魔法について、ここで話してもよろしいでしょうか?」


「はい、いいですよー」

 悩む間もなくニアが答えてしまう。


「私は今日、土魔法を子供たちに教えていましたが、実は土魔法は苦手なんです」

「それであの実力ですか?」


「いえ、その実力で言えば、今日ニアさんが使ったのは、中級土魔法ですよね。私は初級土魔法しか使えません」


「どういうことですか?」

 聞き返しながら、コリンの顔色が少し白くなる。


「えっと、あの砂場のような囲いの中の土を固めて柱を作ったのが、私の見本の初級土魔法です。でもニアさんのは、中級魔法でした……」


「えっと、俺たちその、魔法については素人で、この二人も多少魔法の心得はあるものの、教会で正式に習っていないというか……」

 ジュリオが間に入った。


「なるほど。ニアさんは独学でそのレベルに到達したと……凄まじい才能ですね」

 コリンの脇や背中に、嫌な汗が流れる。


「皆さんが帰った後、ニアさんの作った柱は折れて砕けていましたが、土に戻ることなく、中まで白く硬い石のままでした。それは単に地面の土を固めただけではなく、新しく柱の素材から石を生み出したことを意味します」


「そ、それが中級魔法なんですか?」

 実際には、ニアの造った柱を慌ててコリンが倒して砕き、そのまま放置してきただけだ。


「はい。あれは中級魔法に違いありません」


「(ニア、これ以上余計なことは言わないように!)」

 ニアが何か言いたそうなので、コリンが慌てて遠話で伝える。

「(うん、わかったよ)」


「初級魔法はそこにある土を動かしたり、固めて石や岩に変化させたりするだけです」

「でも中級魔法なら、何もないところから土や石を生み出します」


「上級魔法になれば、逆にそれを消し去ることも可能です。だからニアさんの使用したのは、間違いなく中級魔法に相当します」


「(なんだ。消すことだって簡単なのに……)」

「(いいから、絶対にそんなこと言っちゃだめだぞ)」

「(わかってるって!)」


「もしかして、それは珍しいのですか?」

「はい。どれか一つでも得意な属性の中級魔法が使えれば、教会では一流と呼ばれる魔術師に相当します。一番多いのは、結界魔法ですね」


「ああ、結界魔法は重要ですよね。でもあれは何か触媒が必要と聞きましたが」

 ジュリオの乗っていた恒星船でもエランドの町でも、結界魔法は必須の技術になっていた。


「例えば、転移ゲートを作動させるには、転移魔法の素養が絶対に必要です。でも実際には、単独で初級転移魔法を使える魔術師は、誰もいません……」


「なるほど、MT抜きでは使えないと……」


「それに今では、上級魔法の使い手というのは、私も会ったことがありませんし……」

 そこで一呼吸おいて、メアリー先生がニアを見る。


「ニアさんは、特に土魔法がお得意な分野とお見受けいたしました。そこで、折り入ってお願いがあるのです」


「土魔法を使える人は、少ないのですか?」

「はい、そうなんです。そこで教会ではああして、土魔法の適性を持つ者を選んで育成を始めたところです」


「まさか、このニアに先生になれとか無茶は言いませんよね?」

「それは大丈夫です。他にやっていただきたい仕事がありますので」


「それならコリンも一緒だよ!」

 メアリー先生は目を丸くしてコリンを見る。


「まさか、コリンさんも土の中級魔法を使えると?」

「ええ、ニアと同じくらいには……」


「それはすごい。ぜひ協力してください!」

「で、何をすればいいのですか?」


「それは、明日詳しい話をしたいのですが、お二人のお時間をいただけますか?」

「ええ、それはいいですが、五人ではなく二人で?」


「はい。失礼ですが、ここから先は精霊魔術師以外の方にはお聞かせできません」


「つまり、僕らは人に言えないようなことを依頼されるわけだ……」

 コリンがぼそりと呟くと、メアリー先生は慌てた。


「いえ、人に言えないというのは決して悪い意味ではなく…………いや、わかりました。皆様五人が家族のように暮らしている関係上、明日は全ての事情を、隠さず説明いたしましょう」


「いや、本当にそれでいいんですか?」

 逆にジュリオが恐縮している。


「はい。明日の朝九時にここへお迎えに参ります」



 


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