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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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上陸

 

 船がコロニーへゆっくり接近すると、その軸が二重になっているのが見える。


 中心の細い軸は、回転していない。

 そこへ向かって、船は進む。


 重力の影響を受けていないその細い中心線だが、直径は軽く200メートルはあるので、衝突の不安はない。


 この無重力を保っている暗い穴の内部が、コロニーの港だった。


 ただし、そのまま奥行き20キロが見通せるわけではない。

 入口から2キロほど先で隔壁に突き当たり、中心には直径数十メートルの気密扉が閉じている。


 そこから先は、外部の侵入が許されていないエリアだ。


「あのシャフトはずっと反対側まで貫いていて、途中に何か所も隔壁で閉じられるようになっているわね」


 簡単にコロニーの機密情報から図面をダウンロードしたシルビアが、言い放つ。


「そのシャフトの周囲に、コロニー内への太陽光の導入や環境を維持するシステムが詰まっているみたい」


「そういうテロリストみたいなことを、一々しなくていいから」

「あれ、ケンは興味ない?」

「いや、ありますけどね!」


「入港が完了しました。コロニーのイミグレーション(Immigration Control)へゲートを接続しますか?」


 シルとケンのじゃれ合いを無視して、アイオスが言う。


 転移ゲート装置がスキャニングと防疫機能を兼ねているので、ゲートを通る限りはほぼノーチェックで出入りが可能だ。


 ただし、シルビアやケンのような悪人がいれば例外で、本来通過不可能な怪しげな行為を重ねている五人だが、そのIDをシステムは見逃してしまう。


 おかげで五人は何ら問題なくコロニーへ入ることができた。


 長いエレベーターで地上の建物へ降りると、重力が大きくなる。


 建物の最上階にある展望窓から、コロニー内部の地表を初めて眺めた。


 彼らが降りたのは入港時刻と同じ、標準時刻午前十時に合わせている場所だ。


 コロニー内は標準暦と同じ9月の設定なので、夏の終わりの強い光が差していた。


 コロニー内を貫く中央シャフトに導かれた日光により昼と夜が調節され、内周31キロメートルを、昼と夜に二分している。


 上空を見上げると、コリンの眼には昼と夜の境目辺りの空に、僅かなマナの揺らめきが見える。きっと上空のその辺に魔法障壁を張っているのだろう。


「あの障壁で、昼と夜の境界を維持しているのかな」

 コリンの呟きに返事ができるのは、ニアだけだ。


「そうだね。これも砂漠の街の結界に似ているけど、ちょっと違うかな」


(中央シャフトの太陽光の拡散を抑えるためと、空気の流れを制御する役目も担っているのかな?)


 コリンは、夜の側から見ればマナがオーロラのような美しい微光を放って見えるかもしれない、と期待する。


 中央シャフトの光はゆっくり一日かけてコロニーを一周するが、実際に動いているのは地面の方で、3分弱で一回転しながら内壁に当たる地上へ、遠心力による重力を生んでいる。


 湾曲する緑の大地を見上げていると目まいがするが、慣れるしかないのだろう。


 地上には高い建築物が見当たらない。一番目を引くのは、一目でわかる教会の大きな建物だ。


 広がる田園風景は、オールドアースのヨーロッパ地方をモデルにした自然が、豊かに再現されている。


「先ずは下のツーリストインフォメーションで、情報を集めようか」

 ジュリオが景色に圧倒されながら、移動を促す。


 観光客向けの施設は事前にアポイントを取ることも可能だったが、今回はケンの案内もなしで、行き当たりばったりになる。


「で、どうなの、お二人さん。ここのマナは、特別に多いの?」

 シルビアが窓の外を眺めていた二人に感想を求めた。


「エギムの精霊の森とあまり変わらないかなぁ」

「そうね。ただそれがこの中全部に広がっているみたいだから、すごいと言えばスゴイかも」


「なるほど、確かに広いわね」



 五人はやっと地上へ降り立った。


 ツーリストインフォメーションで宿を予約し、その場で勧められるままに、団体ツアーへ申し込んだ。

 一般の観光客に混じり、出発直前の教会見学ツアーに加わったのだった。

 屋根のないバスに20人ほどの観光客が乗り、のんびりと移動している。


 ガイド音声が周囲の風景を案内してくれるが、景色を見ていると乗り物酔いのような状態になる。


 港で酔い止めの薬を渡されたのを思い出し、五人はバスに乗ってから慌ててそれを飲んだ。


 精霊教会はその名前と違って宗教的な意味合いは薄く、以前は単に精霊魔術師協会という名の公益団体だった。


 精霊信仰とマナの関係は今や希薄で、技術者の認定や育成を担う組織という点では、職業組合やギルドと呼んだ方が近い。


 教会の入口近くの講堂で、そんな話やこの教会の歴史についての説明を受けた後、樹木に囲まれた中庭に集まり、子供たちが魔法の実技練習をする場面を見学した。


 今日の課題は、土魔法だった。

 中庭の一画に柔らかな土を集めた花壇のような区画があり、中央に一本の白い柱が立っている。


 四角い柱の各面には高さを計る目盛りが刻まれていて、その高さは十五メートル。


 三十人に満たない数の生徒をまとめる先生は、まだ二十代の若い女性だった。


 魔女の帽子こそ被っていないが、薄いローブを纏い短い杖を携えている。


「メアリー先生は、この若さで教会トップクラスの実力者なのです」

 濡れるような長い黒髪のメアリー先生は、観客の拍手で迎えられた。


 最初に先生が見本を見せると、白い柱とそっくり同じ四角い土の柱が、地面から生える。高さはぴったり同じ十五メートル。


 観光客から、歓声と拍手が湧き起こる。


 お手本通りに、順番に子供たちがチャレンジする。


 上手な子供は十メートル近くまで土の柱が延びるが、そこから先は難しい。

 先端が揺れて、崩れ落ちてしまうのだ。


「コロニーの重力は遠心力と回転方向への力が合わさり、地表から離れると垂直を保つのが難しくなります。それに打ち勝つ強度を保ちつつ、地面と垂直に柱の生成を続けるのが難しいところです」


 なかなか、難易度の高い授業のようだった。


「お客様の中に魔術師の方がいらっしゃれば、挑戦してみてはどうでしょう?」

 先生の言葉に、一人の老紳士が名乗りを上げた。


 引退した精霊魔術師という雰囲気で、自信満々の顔をしている。


「では、どうぞ。挑戦してください」


「はっ!」


 気合を入れて柱が生み出されるが、五メートルほどの高さで根元から倒れてしまう。

「も、もう一度!」


 次は三メートルで倒れた。

「これは、思ったより難しいぞ!」


「はい。でも初めての挑戦で五メートルの記録は立派ですねぇ。安定した人工重力下であれば、恐らく簡単にできたと思います。でも、ここの不安定な重力下では、制御がとても難しいんですよ」


 隣で見ているニアが、うずうずしているのがコリンにはわかる。


 嫌な予感がした。



 


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