テカポ
店は四日間開けて一日休み、というペースで営業している。
最初は十日間休まずに営業したが、オペレーションが落ち着いてからは五日に一回の休みを取るようにしている。
銀河標準暦は一日24時間、一旬10日、月三旬で30日、一年は12か月で360日。
オールドアースの暦を簡素化したもので、秒・分・時・日までは共通だ。
違うのは月と年の単位だ。
地球では一年が365.24219日、31,556,925.21秒であったのに対し、銀河標準暦の一年は360日で、約1.5%短い。
この差を大きいと見るか誤差の範囲と見るかはその場の人間次第で、微妙だ。
電子処理上は共通の日単位以下の精度で計算するので、瞬時にどの単位にも換算可能で、特に困らない。
惑星では地域固有の暦と標準暦とを併用するが、宇宙では普通、標準暦を使用する。
『カラバ侯爵の城』は標準暦で1と6の日が休み、などと言えば一旬二日の定休日が簡単に伝わる。
これは、オールドアースの環境に似せて古代魔導師が定めた規格が、今も生きているのだ。
ただ、暦の上では魔導師が消えた最後の年をLost Magic(Science)元年として、広くLM暦と呼ばれる年号を使う。
現在はLM1522年。オールドアースの西暦に換算すれば、西暦4300年代初頭に相当する。
ただ、一日六時間だった営業時間は客の増加と共にじわじわ延びている。
三度目の休み明けの今では八時間の営業が当たり前になっていた。
それもこれも、ヨットレースの開催が迫るに連れてステーションの賑わいも増え、住民たちも活気付いているせいだ。
観光客が店に来ることも多くなり、様々な噂話を耳にする機会も増えた。
その中に、耳寄りの情報が隠れていた。
「銀河最大級の教会があるコロニーには、優秀な魔術師が集まり、弟子を育てているらしい」
「教会で学んだ優秀な魔術師が更に魔法を極めるために師事する、何人かの導士が技を競っているんだ」
「そのコロニーは緑に溢れるマナの豊富な場所で、人口の半数が精霊魔術師だと言われているぞ」
こんな噂話を聞けば、ニアはじっとしていられない。
「コリン、そこに行こう!」
実際の所、コリンは魔法の習得にそれほど積極的ではない。
どちらかと言えばPSの手法でコツコツと機械を組み立てたりエンジンをバラしたりするのが好きだ。素材を集めて料理を作るのにも似ている。
しかしニアは、初めから魔法が好きだった。
何しろ子猫のころから頭の中だけは人間並みだったわけで、それから十年以上溜まりに溜まったフラストレーションを解放してくれたのが、魔法だった。
しかも、その魔法がコリンの命を救い、ジュリオの命も救った。
ニアは、他の何よりもコリンを守る力が欲しかった。
だから、どん欲に魔法の力を求め、磨く。
この船に乗ってからも基礎魔法の訓練プログラムを見つけて毎日欠かさず練習に励んでいるが、子供向けの基礎魔法では飽き足らなくなっている。
もう一歩上の段階へ進みたい。
そのためには、複雑で大きな魔法を扱う魔術師に師事したい。
そう考えるようになった。
勿論その場合にもコリンと二人で、という条件は必須なのだが。
噂話には大袈裟な尾ひれがついていることが多いのだが、シルやケンがネットで調べてみると、ほぼその通りのコロニーが実際に存在することが判明した。
「なら、すぐ行こう。早く行かないと、新しい弟子の枠が埋まっちゃう!」
ニアはすぐにでも飛んでいきたい気持ちを抑えられない。
他の四人はとりあえずもうすぐ行われるヨットレースを楽しみにしていたので、当分の間はここから動く気はなかった。
動く気はなかったのだが、先日の事故の件もあり、多少嫌気も差していた。
あれ以外にも、レース本番を前にして小さな事故は後を絶たない。
レース本番の危険を考えると、その程度は日常茶飯事、ということらしい。
かなりクレイジーなヨットレースだ。
目立ちたくない彼らとしては、これ以上厄介ごとに巻き込まれるのは御免だった。
それに加えてニアが毎日毎日、行こう行こうと言い続けるので仕方がないか、という気持ちに傾きつつある。
そんな日々を送るうちにレースが近くなり、店の混雑ぶりが尋常ではなく、ステーションの中も大賑わいのお祭り騒ぎになって、落ち着かなくなった。
元々が田舎育ちで人込みに慣れない面々は、人混みに酔い店から外を歩く気にもなれず、ぐったりしていた。
「それならさ、早く『テカポ』に行こう!」
ニアの言葉が、急に説得力を持ち始める。
スペースコロニー『テカポ』は、緑豊かなガーデンシティとして生まれた。
日本語にすれば庭園都市、もしくは田園都市とでも呼ばれる、自然と調和した美しい街だ。
そして今の別名は、精霊魔術師の天国。
「最大級の教会を持ち、多くの子弟がそこで魔術を学んでいる。そしてそこに住み着き、畑仕事の傍ら弟子を取り、精霊魔術を極めようとする聖人が銀河中から集まる」
「それもこれも、緑豊かな土地が生み出す豊富なマナのおかげ。魔法を使い放題の環境で暮らせば、もう普通の生活には戻れないとまで言われている」
こんな記事を見つけたシルとケンの調査報告が、決定打となる。
五人はレースを待たず、アルマを離れることにした。
「で、そのテカポっていうのはどこにあるんだ?」
「あれ、ジュリオも知らないの?」
「そうだな。俺が恒星船に乗っていた時には、名前も聞いたことがない。惑星じゃなくてコロニーなんだろ。そりゃきっと何かいわくつきの物件だぞ」
「やめてよ、そういう幽霊が出るみたいな言い方は……」
シルビアは、そっちの話が苦手だった。
「じゃ、アイオスの出番だね」
「コロニー『テカポ』の位置はここです」
馴染のある銀河の渦巻き、渦状腕の映像が次第にズームアップして、オールドアースの太陽系があるオリオン腕の先端近くが明るく輝いた。
「遠いな」
「大丈夫です。転移ゲートを幾つか辿れば、すぐに到着可能です」
「じゃ、行ってみるか?」
「オーケー」