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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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遠くまで来たものだ

 

「ニア、手伝って!」


 飛来する真っ赤に燃えるレース艇に向けて、強烈な風魔法を放ちながら、コリンは叫んだ。


「うん、どうすればいい?」


「海の水を巻き上げて、僕の風に乗せてくれ」

「わかった、やってみる」


 巻き上げられた大量の冷たい海水が赤熱する金属塊にぶつかり、白い雲を作る。


 その勢いで落下速度は下がり、レース艇の温度も冷えて安全装置が生き返ったのだろう。


 突然小さな爆発音がして、救命ポッドが弾けるように後方へ上がった。


「よし、乗員は脱出できたようだぞ!」


 しかしレース艇の本体は速度が落ちたものの、そのまま目前へ迫る。


「みんな、逃げて!」

 コリンが叫ぶより早く、シルビアは叫びながら海に背を向けて浜辺を駆け出している。ジュリオとケンも慌ててそれに続く。


「ニア、防御障壁で船を受け止めよう!」

「りょうかーい!」


 レース艇は、手前の水面に派手に落下した。

 その勢いは止まらず、大波を巻き起こしてそのまま砂浜を削るように陸へ突進する。


「波が広がってる!」

「こりゃこの砂浜全体が波に呑まれるねぇ」


「仕方ない、浜辺全体に障壁を広げるよ!」

「まっかせてー!」


 二人の結界が水辺のライン付近で大波を全て受け止め、レース艇は浜に乗り上げてから、やっと停止した。


 最終的にコリンとニアの魔法結界が全てを止めて壊滅的な被害は防いだのだが、周囲は強風に巻き上げられた水蒸気と水しぶきと砂煙で、何が何やら収拾がつかない。


 砂浜の背後にある屋台や建物も盛大に砂を被り、浜辺のテントは全て吹き飛んでしまった。幸いにも逃げ出したジュリオたち三人が周辺の人も避難させたおかげで、人的被害だけはなかった。


 沖に展開していた艦船が脱出ポッドを回収しているようなので、もう大丈夫だろう。

 コリンとニアも混乱に乗じて、現場を離れた。


「無事に切り抜けたよ。アイオスのおかげだね。ありがとう!」


「いいえ、それはコリン様とニア様の素晴らしい魔法のおかげです。皆様がご無事で、安心いたしました」



 洗浄魔法でこっそりと身の回りを清めてから、コリンとニアは三人と合流した。


 この水の惑星には大きな街があるわけでもないので、特に夜景が有名な場所はない。


 しかし上手に転移を繰り返せば、いつまでも日の暮れない世界を堪能できる。


「最後は、この惑星で一番高い場所から日が昇るのを見て終わりにしよう」


 それは、北極大陸の氷の中にある山だった。


 ちなみに、この星の北半球では、今は真夏らしい。


 山頂部分全体が巨大な観光施設になっている、一大レジャーランドだ。


「泳ぐのならプールもあるし、アイススケート場もあるぞ」

「もういい!」

 シルビアは、少しお疲れのようだった。


 吹雪も止んで静かな紺色の空が紅に染まり、日が昇る。窓際に並んで五人はそれを見ていた。


「そういえば、いつかこんな風に並んで、砂漠に日が沈むのを見たよね」

「ああ、遥か昔のような気がするが、あれはまだ今年の事なんだよなぁ」

 そう考えると、ジュリオはめまいがする。


 実際にはエランドを出てまだ三か月。砂漠で夕陽を見たのは、そのほんの少し前の出来事だったのだから。


「確かに、短い時間で遠くまで来たもんだ」

「やってしまえば、簡単だったね」


「そりゃ、ニアは果物を食ってただけだからな」

「ケンだって似たようなものじゃないか」


「お前ら、ダメな子同士で喧嘩するな!」

 ジュリオが二人の頭を撫でる。


「ダメな子って言うな!」

「そうよ。子供は褒めて伸ばしましょう」


「なんでシルに言われなきゃならん?」

「ほら、喧嘩してるうちにすっかり日が昇っちゃったよ」


「帰るか」

「そだね」


「あ、忘れてた」

「どうしたの、ケン」

「ここには、温泉があったんだ……」


 シルビアが顔色を変える。

「ど、どこに?」


「ああ、スパ群島というそのものズバリの名前を持つ島があって、火山島が集まっている場所なんだ」


「そこに、あの伝説の温泉が……」

「なに、温泉て?」


「ニアは聞かない方がいい」

「聞きたい!」


「温泉とは、地の底から熱い湯が沸き出ていて、その湯に浸かると体が芯まで温まりすっかり健康になってしまうという、噂のパワースポットなのさ」


「なんだ、風呂か。いらない。さ、帰ろ」

「……」


「また、次の休みに来ような」

「うーっ!」



 遊び疲れて自分たちの船に戻ると、コリンは明日の仕込みも兼ねて厨房へ入りみんなの夜食を用意した。


 シャワーを浴びてすっきりしたはずのシルビアは、疲れが抜けないのか元気がない。


「どうした、シルビア。疲れたか?」

 ジュリオが心配して声をかけた。


「うん、ちょっとね」

 だが、ケンにはわかっている。


「こうして楽しめば楽しいだけ、不安になるんだ。家族のことを思い出して、自分だけがこんなに楽しくて、本当にいいのかってね」


 ジュリオははっとして、二人を見る。

「そうか。そうだな……俺はニアみたいに全身でコリンを慰めるみたいな真似はできないからなぁ。済まないな、気付いてやれずに」


「バカ、ジュリオはそのままでいいのよ」

「そ。ジュリオだって同じなんだから」


「知ってるのよ。『砂塵飯店』の看板娘エリーさんに夢中で、毎日暇さえあれば通っていたでしょ」


「お、お前、急に何を……」

 ジュリオが狼狽えている。


「息子のジーニョもジュリオに懐いていたしね」

「わかった、わかった。それ以上言うと、おじさん泣いちゃうからな……」


「ごめんなさい」

「ありがとう、ジュリオ」



 


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