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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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海が見たい

 

 彼らがネットに接続して最初に調べたのは、ハロルドたち天の枷のその後の情報である。


 ハロルドたち幹部のその後は不明だが、天の枷はその後も健在らしい。


 あの中央ドームのある基地は治安部隊に接収されたが、砂嵐接近前の戦闘に関する情報は公にされていない。


 嵐の直前に砂漠の無人地帯で幾つかの爆発が観測され治安部隊が出動し、天の枷の基地を発見し接収した。しかし、それに関わる逮捕者は公表されていない。


 嵐の通過後に再調査が行われたが新たな発見もなく、事故や事件による報告や被害届も出ていない。


 ただし、エギムの事件以降鳴りを潜めていた天の枷の活動が再び活性化し、それに対して治安部隊の予算が大幅に増額され、対テロ活動は一層強化された。


 そんなローカルニュースが、ネットの隅に小さく残っているだけだった。



 ここ『アルマ』では、人々の関心は広い世界に向かっている。


 世界情勢というと大げさだが、辺境のエランドよりも人流が盛んなので、人々の生の声が届いて面白かった。


 砂漠の惑星では他の星系で起きている事件への関心は低い。


 だがさすがにハブ近郊の『アルマ』にある軌道ステーションでは、様々な地域から集まる観光客が銀河中の出来事を話題にしている。



 その中には精霊教会や転移ゲート管理組合に関するニュースや噂も多く、砂にまみれて暮らしていたころとは別世界だ。


 もっとも、今この星系が賑わっているのには特別な理由がある。

 それは来月この星系の中心である第二惑星『イズミ』をスタート地点として行われる、惑星間ヨットレースの存在だ。


 この大会のレギュレーションには様々なクラス分けがあるのだが、目玉は別名惑星間キャノンボールと呼ばれる、一人乗りの標準脱出ポッドを改造した船体を使う高速レースだ。


 小さな球形の脱出ポッドに巨大なエンジンを取り付け高速で航行するクレイジーなレースに、人々は熱狂する。


 全てのレースは第二惑星のゲートステーションをスタートして、その時期に直線状に並ぶ第四、第六惑星を経由してまた第二惑星へ戻るルートを使う。


 この『アルマ』もチェックポイントの一つになっているので、既に観光客が増え始めているらしい。


 キャノンボールはあまりに高速になり過ぎて、故障や操縦ミスでそのまま星系外まで消え去ってしまう場合すらあるらしい。


 そこで第六惑星のターンと、第二惑星のゴール地点が人気を二分する。つまり、これでもこの第四惑星は人気薄の穴場なのだ。



 しかしそんなことも知らずにやって来た田舎者の営む酒場は、にわか景気に浮足立っていた。


「さすがにエランドとは大違いだねぇ」

「当たり前だ。オールドアースの近くへ行けば、まだまだこんなもんじゃねえぞ」


「ジュリオは行ったことがあるんだ!」

「昔、定期船に乗っていたころには、毎年何度かは行っていたさ」


「へえ、ジュリオは本当に一流のエンジニアだったんだね」

「今更褒めても何にも出ねえぇぞ」


「うん大丈夫。今じゃ落ちぶれて安酒場の用心棒だもんね」

「こらシル、僕らの店を安酒場と呼ぶな」


「それならせめて、この店の名前を何とかしてよ!」

「わたしが名付けた店の、どこが気に入らないっていうのよぅ!」


「はいはい、皆さん。そろそろ開店時間ですからね」


「じゃあ、今日はケンがゲート係をやってよね!」

「やだよ。今日はシルの当番じゃないか」


「よろしい。じゃぁわたしがやるから、みんな配置について!」

「くっ、なんだか最近ニアが大人になったみたいで、非常に悔しい……」


「もしかして、コリンと何かいいことあった?」

「ないない!」


 コリンが必死に否定するのが怪しいと、他の三人は疑惑を頭に浮かべながら、配置についた。



 ニアにとっては、コリンと二人だけで店を切りまわしていたころの方が遥かに忙しくて、大変だった。


 何しろコリンは滅多に厨房から出て来ないので、ニアが一人で何でもやらねばならなかった。


 おかげで今では、余裕をもってホールに立てる。

「いらっしゃいませ、ようこそ『カラバ侯爵の城』へ」


 ニアはゲートの前で転移して来るお客様を笑顔で出迎え、順に席へ案内する。

 可憐な少女に丁重に迎えられて、嫌な顔をする客はいない。


 第一印象で既に勝ったも同然の、『カラバ侯爵の城』である。



 最初から魚料理は出さない、と宣伝していたので、地元の住民が主な客だが、長期逗留の観光客の間でも話題になり、魚に飽きたらここ、という存在になりつつあった。


 うっかり魚料理の出来を競って摩擦を増やすよりも、完全に別の料理で住み分けようとしたコリンの考えは、大正解だった。


 それもこれも、この店のメニューが幅広いので可能になったことだ。

 ペリー家のご先祖様は、無限に食材の湧くヴォルトの素材を生かすため、三百年にわたって料理の腕を磨いて来た。


 特に砂漠で評判だった海鮮料理を出さずとも、他にも多くの料理がある。



「ねえ、コリン。海を見に行こうよ」


 店を始めて最初の定休日を前に、ニアが言い出した。

 宇宙に出てから約三か月経っているが、まだ惑星に降りたことはない。


「そうだ、海!」

「行こう、海を見に」

「だね、絶対に行かなくちゃ!」


 ジュリオを除く四人は、実物の海を見たことがない。

 軌道から見える青い星は、大海に囲まれている。


 点在する島にも幾つかの転移ゲートがあり、最初にどの島へ降りるかで議論になる。


「しかしスゲーな。エランドの地表と軌道を繋ぐゲートは元々五基しかなくて、そのうち二つは内戦で壊しちまったから、今は三基しかない。ここには一体幾つあるんだ?」


 ケンは信じられないものを見るように目を剝いた。


「えーと、ちょっと大きめの島には大抵あるから、全部で三十くらいか?」

 ジュリオがこともなげに言う。


「さ、三十だって?」

「まあ、観光と魚の輸出で食ってる惑星だからな。だから適当な島へ降りて気に入らなけりゃ、すぐ別の島へ行けばいいんだ」


「でも、島によって気候もずいぶん違うみたいだよ」

 確かに、エランドと違い寒冷なこの星には季節がある。南半球と北半球では季節は逆になる。


「暑いところは嫌よ」

 シルビアがすぐに答える。


「わたしは寒いの苦手~」

 ニアは考えただけで、両腕を抱いて震える。


「寒い海の魚は美味いんだぞ」

「じゃあ、ジュリオは一人で冷たい海に沈めばいい」

「あのな……」


「大丈夫。ここは寒冷な惑星だから、基本的に暑い場所はない。だから寒すぎないように赤道近くの島へ行けば、ちょうどいい」


 ケンがネットの観光ガイドを調べた結論だった。

「OK、ケンに任せるわ。みんないいでしょ!」

「「「承知!」」」


「どうせ面倒なだけなんだろ。まあいいか。ニアやシルに任せたらエラいことになりそうだし……」


「さすが、ケンはよくわかってるね」

「なんだ、やればできる子じゃないか!」


「ジュリオは褒めてないよね!」



 


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