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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
46/123

準備完了

 

 惑星LL-5は冷え切って赤く乾いた惑星で、地上に生命が絶えて久しい。


「オールドアースのある太陽系第四惑星に、人類が移住する前の姿に似た環境です。生命とマナの反応は観測できません」


 アイオスが言う通り、コリンとニアが見ても、惑星上も、そしてこの軌道ステーション周辺にも、マナの反応は全くなく生き残った生物の存在も感知できない。


 今現在の太陽系第四惑星、つまり火星は、豊かな緑に覆われている。


「水がない火星、というか冷えたエランド、というべきか。まるで救いのない星だな」


 だが、そう感想を述べるケン自身がステーションの保管庫から持ち帰った何種類かの植物の種子が、たまたまニアの生物魔法により発芽した。


 それをきっかけにして、来客用ゲートの偽装テラリウム造りの第一歩が始まっている。


 ヴォルトの野菜や果物の種子を発芽させる試みも、同時に始めた。

 しかし出来上がったのはどう見てもベランダ菜園のごとき貧弱なもので、このままでは偽装にもならない。


 やはりどこかのステーションか惑星に立ち寄り、本物のテラリウムキットを入手する必要があるだろう。


 それらの問題解決のために、次なる目標は辺境のコロニーか惑星のステーションに接舷し、そこで酒場を営業しながら偽装と情報収集に努めることに決めた。


 人類社会に戻る第一歩が、重要だった。



 査察と称して船内に立ち入りされてあれやこれやと調べられると、ちょっと困る。

 叩けば埃の出る身なのは間違いなく、人類の銀河文明法規に照らし合わせて幾つかその可能性のある問題が残っている。


 例えば建造から長年経過している船の安全に関する検査だとか、客商売をするために必要な資格要件など、多岐にわたる。


 船の自己修復機能は非常に優秀で、現行法規に合わせて船はある程度改装済みだった。足りない部分は、優秀なエンジニアが補う。


 それらを概ねアイオスとジュリオとシルビアの悪人トリオがハッキングと悪知恵により解決し、コリンとケンが実際に船の内外の装備や機器についてあれこれ改造して回った。


「なんかオレたち二人だけきっつい肉体労働なんだけど、ジュリオもこっちの組じゃないのか?」


 ケンは汚れひとつない店の内装にわざわざコーヒーやビールをぶっかけたり油染みを付着させたりして、長年の使用感を定着させる空しい作業をしている。


「仕方がないよ。こんなにピカピカで立派な店構えじゃ、かえって当局に怪しまれて目を付けられてしまうもの。僕らの店は気軽に入れる大衆酒場だからねぇ……」


 コリンは完全に理解して、諦めている。


「そうじゃなくって、こういう仕事が得意な人が他にいるでしょ、ってこと」


「おいケン。俺は十年間宇宙を駆けまわった経験を生かした頭脳労働で、とても忙しいんだ。そっちは余計なこと考えずに、体を動かせよ!」


「くそっ、覚えてろ」


 ケンがやけになってテーブルをフォークとナイフで叩いて傷つけている。

「お、いい感じに使用感が出て来たぞ」

 結構気に入ってきたようだ。


「ところで、一人足りないような気がするんだけど……」

 コリンは店内を見回すが、ニアの姿は見えない。


「あれ、そうだな。ニアは何の役割だっけ?」

 ケンも、ニアの存在が頭から抜けていた。


「さあ?」

「おい、船長」


「僕が船長だっけ?」

「違うのか?」


「それならニアは副船長だけど」

「うーん、これは相当ヤバイ船だな」


 コリンは厨房の中を覗きに行く。

「あ、いた」


「なんだ、厨房の掃除でもしてるのか?」


 ケンがカウンター越しに見たのは、様々な果物や野菜の山を前にして、一心不乱にかぶりついているニアの姿だった。


「おい、このバカネコ。みんな忙しく働いてるのに、お前は何してるんだ?」


「えっ、果物と野菜の種が必要だっていうからさ、無理して種を取り分けてるところ!」

 見ればわかるでしょ、とでも言いたげにニアはケンを睨んだ。


「まぁ、これが適材適所ってやつかな?」

 コリンが済まなそうにケンを振り返る。


「いや確かに。副船長でないとできない重要な仕事の邪魔をしちゃいかんな」

「うん、できれば見なかったことにしてくれる?」


「まあ、それが船長命令ならば、仕方がない」


 そして、二人は客室を汚すという重要な任務に戻った。



「本来この宇宙レストラン船は、旅客船やステーション、コロニーに設置されている来客用の短距離転移ゲートを使い直接客室へ出入りする仕組みでした」

 アイオスが説明する。


「どうやら組合は、今でも当時のシステムをそのまま利用しているらしい。そこでまあ、シルビアがちょいと教会の、じゃない転移ゲート管理組合のシステムに侵入して、後は俺がこちら側のゲートを調整したわけだ」


「そうね。船籍登録証の更新もしたし、立入検査結果報告書と検査済証もそれらしく作ったし、これでどこへ行こうが営業許可は取れるはず。あとは店の名前は前のままでいいんだっけ?」


「おーい、コリン。店はカラバ侯爵のままでいいんだろ?」

「うん、いいよ。ニアが気に入ってるからね」


「よし、じゃ、こちらが本家の老舗で、エランドの方は評判を聞いたガキどもが勝手に真似してたという設定でと……よし、店の方も登録完了!」


「さて、こんなものかな?」


「そうだな、アイオス。次からは一人でこれくらいできないとダメだぞ!」

「承知しました、ジュリオ様。努力します」

「わからないことがあったら私に聞いてね!」


 ハッカー軍団の告白に、ニアが続く。

「ほら、わたしも沢山頑張って、ゲートの周りを緑化したからね」


 ニアが食べ散らかした後に残った種子から何本もの果樹やナッツの小木が伸び、トマトやズッキーニなどの野菜が育っていて、ゲートの周囲にはちょっとした緑の塊を作り出している。


 生物魔法の恐るべき効果だった。


「おお、ニア。これは凄いな。このくらいあれば当面は何とか誤魔化せそうだ」

 ジュリオに珍しく褒められて、ニアは嬉しそうだ。


「それに比べて、あんたたち二人はただ部屋を汚していただけなのね」

 シルビアが冷やかな視線を送る。


「理不尽だ……」

 ケンが呆然としている。


「僕はほら、これからメニューの研究やらなにやら忙しいんで、後は頼むね」

 そう言って後ずさりしながら、コリンは厨房へ逃げ込んだ。


「おい、オレだけダメな子かよ?」

 残されたケンは、ニアにも冷笑を浴びせられて歯ぎしりをする。



「もう、いつでも堂々と人類世界へ移動できるよ」

 シルビアが宣言する。


「ジュリオ、本当に大丈夫なの?」

「コリン、あんた私の仕事を信じられないの?」


「そりゃな。オレだって心配だぜ」

 当たり前、というようにケンがコリンの肩を持つ。


「ニアは信じてくれるよね~」

「やだ。さっきシルはわたしが隠しておいたマンゴープリンを食べたでしょ。信用できない」


「で、ジュリオはどう思う?」

 ニアの言葉に被せるように、コリンが聞いた。


「ああ、アイオスが大丈夫って言うのなら、俺は何も言わねえぞ」

「ジュリオは私よりアイオスを信じるのね。よーくわかったわ」


「当たり前だよな」

「うん」

「ああ」

「当然!」

 全員一致だった。


「くそ、いつかこの船のシステムを乗っ取ってやる!」


「それだけはやめてください、シルビアさん」

 船長が怯えて、震える声で懇願した。




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