船団
今でもMT喪失以前の基地や宇宙船が発見されることもあり、それらの再利用は当然のように行われている。
宇宙を彷徨うトレジャーハンターも多く、星系内の小惑星帯などに隠された遺跡を探すハンターたちが活躍し、新たなMT遺産が発見されている。
これ程遠くの遺棄された惑星まで来ることは採算に合わないが、思いもかけぬ場所から状態の良いMT船がサルベージされたというニュースもよく聞く。
今でも侵入者を排除する防犯・防衛システムが生き残っている遺跡もあるが、危険に見合うだけの一攫千金を夢見るアウトローは意外といる。
実は、LL-5の内部へ入った時に、コリンは奇妙な物体を見つけていた。
それは転移装置が設置されていたステーション最奥の心臓部、コントロールルーム中に浮遊し散乱する塵芥の中で、机の上へ貼り付いたように動かず異彩を放っていた。
ケンとシルビアにはただのガラクタにしか見えなかったその何かの壊れた部品のようなものは、ほんの幽かではあるが、マナの光を帯びていた。
大きさは、キウイの果実くらい。金属製で細いパイプが通るような穴が一つ空いている。
ヴォルトで飲んだ光る酒の空き瓶のような、幽かなマナの痕跡だった。
持ち込んだ資材と共に、コリンは密かにそのパーツを船に持ち帰った。
千五百年前の船は今でも多数が就航していて、『オンタリオ』が航海すること自体に格別の不自然さはない。
ドッキング装置や転送ゲートの基本的な規格は今でも変化ないし、通信や航法装置類も多少の改造で問題ないレベルだ。
入港時の手順や認証プロトコルなどは変化しているが、最新のマニュアルを参照してそれに従うことは難しくない。
その辺はジュリオが航宙士の勉強もしていたので、頼りになった。
船団を所有する法人は形式上今でも存続していて、千五百年前に資産運用を委託していた幾つかの会社が生き残り、今でも継続して資産を様々な形で運用していた。
何しろ保有する現金だけでも千五百年分の金利で天文学的な数字になっていて、冗談としか思えない資産に膨れ上がっている。
それに加えて、当時所有していた債権や株式など様々な投資先の証券類もあった。
MT喪失以降その多くが露と消えていたが、幾つかは生き延びたものもある。
それらは今も事業を継続して、利益を生み出していた。
そういった債券がまたとてつもない資産に変貌し、当然しっかりとした管理委託会社を通して委託費や税金を納めているので、文句を付けられようがない。
コリンとニアは不可欠なマナの供給を担う中核として自動的に船団の代表と副代表になっており、他の三人も乗組員とはいえ幹部扱いだ。
まあ五人しか人間の社員がいないのだから、そうなる。
コリンは宇宙に出てすぐに、アイオスから詳細な説明を受けていた。
「ご心配なく。コリン様は何もなさらず、全てお任せください」
その時、最後にアイオスがそう言ったので、その場で軽く了承しただけだ。
アイオスが望んでいるのは、コリンとニアによる安定的なマナ供給だけに思えてならない。
他のことは気にせず好きなように遊んでいればいいらしい。
千五百年前のMT喪失時には、船団に対して何か特別な指示があったのでこうして今でも生きている筈だ。
しかも、船団を再稼働して復興し運用することを望んでいるのでもないらしい。
ちなみに会社の業績を元に年俸を試算した結果、ジュリオが気絶しそうになった。
元々、魔法という反則技により船団自体の原価や経費がとてつもなく低かった。
船団の維持に不可欠のマナが基本的にタダなので、エネルギーコストや食材費などもゼロに近い。そうやって生まれた資金を千五百年もプロの手で運用していたのだから、恐ろしいことになっている。
一部が再稼働した今でも継続する外部委託費と各種の税金やそれに類する使用料などの経費を引いても資産全体から見れば微々たるものだ。
膨らんだ収益の一部を五人の人件費として計算すると、一人で惑星が買えるくらいの資産になる。
まだ就任して二か月足らずなのだが、既に報酬額は一生遊んで暮らせるほどになっている。
「どうすんだよ、これ」
「申告しないと脱税で逮捕されるぞ」
「いや、それは大丈夫、全部エージェントがやってくれるから」
「ちょっと気楽に受け取れない額よね」
「俺は時給千コルのアルバイトでいいからよっ」
「じゃあ私の秘密口座に移す?」
「おい、脱税は犯罪行為だぞ!」
「冗談だって!」
「シルが言うと冗談に聞こえない!」
「じゃあ私の給料も常識的な金額にしてね」
「オレも頼む」
「わたしとコリンはどうするの?」
「いいよ、今まで通り船団の資産にしとけば。必要な経費は会社が出すし。実はその辺のことは全部昔から契約してるエージェントに丸投げだったから」
「税金は天引きで、そこそこの給料をみんなの新しい口座に振り込んでもらうよ」
「上等だ。いきなり一億コルとか振り込んだら怒るぞ!」
「いざという時には、船団の経費を使っていいからね」
「そう言われても、オレたち貧乏人にはなかなか……」
「やっぱり仕事をしないとな」
「そうね。せっかくだから、宇宙の移動酒場をやりましょう」
「お、いいね」
「酒場の営業をしながら情報収集か。砂漠にいた時と同じだね」
「観光もするよ!」
「はいはい」
どこかのステーションでレストランの営業を始めて、更なる情報収集をしようということになった。
シルビアのハッキングにより、食材の仕入れ先の偽装や船に関する過去の寄港ルートの捏造やら、更には船内の来客用ゲートの偽装や営業資格取得に関するあらゆるペテンを駆使していた。
それは最早すれすれでさえない犯罪行為のオンパレードなのだが、脱税はダメだという。妙なところでマジメな連中である。
買う必要のない食材の費用を払うトンネル会社を作り、税金もきちんと納め、余った食材は慈善団体へ寄付をする。偽装には、それなりに費用と手間がかかるる。
「フリージャンプって奴は、今後なるべく使わない方がいいと思うんだ」
コリンが言うと、ニアが首をかしげる。
「便利なのに、どうして?」
「目立つといけないからね。ほら、二人で砂漠の旅をした時みたいにさ」
ニアはサンドワームに乗って移動した二人きりの旅を懐かしく思う。
(あの時は、夜の闇や嵐に紛れて移動してた。それに、街の転移ゲートも結構使ったね。次々と異動して、コリンと色々な場所へ行った……ああ、楽しかったなぁ)
今後人類世界を股にかけて銀河のあちこちへ移動するには、人目を忍んでフリージャンプを繰り返すよりも、堂々と転移ゲートを使う方が楽だろう。
コリンはそう言っている。
そうしてあちこちで酒場を営業しつつ惑星へ降りて観光するのも、この旅の醍醐味だ。