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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第二章 緑の魔境
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銀河ネットワーク

 

 それから目視可能な距離で初めての短距離転移試験を行い、毎日少しずつ距離を伸ばして実績を積んだ。


 船の転移機能、船体と乗員への影響、マナの消費量、転移元と転移先での空間への干渉やその影響、その他多くのデータを積み重ねて、五人の不安を払拭した。


 結果的に、一つのエラーも無く試験プログラムを消化した。


「いよいよ明日は、目標ポイントまで長距離転移して試験プログラムを終了する」


 一応船長ということになっているコリンがそう宣言するが、悲しいことに誰も聞いていない。


 目標のポイントはアイオスが幾つか候補を上げた中から、五人で話し合って決めた。

 人類の居住圏の境にある赤色巨星の陰に隠れるような空間だった。


 もっとしっかりした遮蔽物になる、小惑星に近いポイントなどもあったのだが、安全のために転移先の近くに何もない場所が良いと、ジュリオは主張した。


 最終的に数光年の長い転移により、ポイントへ移動した。



 目の前に見える夕陽のように赤い星、それがRed Giant、赤色巨星だ。


『オンタリオ』の黒い船体は高度な魔法結界によりその赤い光を反射することなく吸収し、背後の宇宙空間に溶け込んでいる。


「本船はこれより通常航行により、この星系の第五惑星ⅬⅬ-5へ向かいます」


 老いて温度の低くなった太陽である赤色巨星を周回するⅬⅬ-5は、遺棄された惑星だ。

 赤色巨星は温度の低い老いた太陽だが、その余命は億年単位で、人類が気にする意味のない要素だ。遺棄された理由は、別にあるのだろう。


 千五百年前にアイオスの持っていた航宙図は、全てが削除されていた。しかしその断片が幾つか、エランドでアクセスした人類のデータベース内に秘匿されていた。


 アイオスが発見したそのデータと現在の航宙図を比較することにより、破棄された人類遺産がある可能性が高い星が幾つか候補に挙がった。そのうちの一つが、このⅬⅬ-5だった。


 その惑星の転移ステーションに接続できれば、通信用のマイクロゲートを起動できるかもしれない。


 今でも稼働中の転移ゲートステーションでは、通信用として極小サイズの転移ゲートを繋いだまま維持して通信ケーブルを保持することにより、遅延のない恒星間通信を可能にしている。


 このケーブルによるネットワークは全てのゲート網に設置されていて、通常は数か所、最低でも二か所のゲートと結ばれている。


 遺棄されたステーションのケーブルを再生することは不可能だろう。


 だが通信用のゲートさえ再稼働させることができれば、人類の生活圏内のどこかに一時的に穴を開け、機器を送り出して設置してしまえば電波通信が可能になる。


 それがケンとシルビアの出した乱暴な結論だった。


「先方に転移ゲートがないのに、本当にそんなことが可能なのかね?」


 ジュリオは懐疑的だし、ニアも否定的だ。そんなアホみたいなことができれば苦労はないと思っている。


 だがコリンはアイオスとの対話により、可能性があると思い始めている。


「そもそも転移ゲートは一度に一つの接続先しか選べない。しかも、相手先も稼働しているゲートで、精霊魔術師協会の指定したアドレスを同期して初めて接続できる。こちら側からからゲートを開いたって、相手がいなければゲートは開かないんだよ」


 ジュリオの言い分は、もっともなことである。


「だけど、アイオスのフリージャンプ機能は、そのどちらもないんだぜ。まあ、見ていろって」


 ケンとシルビアは通信ゲートへ接続する小型機器の調整に余念がない。



 マナ不足により自動修復機能を失ったステーションは沈黙して、動く物は何もない。しかし千五百年後の今でも、惑星の周回軌道上にあった。


「これは、壮大な廃墟だな……」

 ジュリオは自分が後にした故郷の惑星を思い、複雑な表情を浮かべる。


 廃墟になっているのはステーションだけではなく、惑星全体だ。


 しかし地上の人工物は風化し土に埋もれているが、軌道上のステーションはほぼそのままの形で残っている。



 数日後、レストラン船は惑星ⅬⅬ-5の軌道ステーションの近くへ停泊した。


 巨大な旅客船が転移するために、転移ゲートのリング直径は百mを超える。

 しかしリング自体を作動させる転移装置の本体はステーション内部にあり、厳重に隔離された区画に守られているはずだ。


 そこへ行けば、通信用の小型ゲート装置が無傷で残っている可能性がある。


 しかもこのステーションは巨大な岩の内部をくり抜いて作られた小惑星タイプと呼ばれるステーションで、金属を含む岩石により赤色巨星の発する宇宙線から遮蔽されている可能性が高かった。


 記録によれば、このステーションは小惑星タイプだった故に、遺棄されたらしい。

 千五百年前のMT消失時に大きなコロニーを抱えていた転移ゲートは、その後精霊魔術師により再稼働された。


 しかし内部に拡張の余裕がない小さなステーションでは、テラリウムの拡大によるマナの供給に限界があって、結局再稼働できず遺棄された。


 惑星とステーションの住民は二十光年離れた近隣星系から救出のため移動して来たコロニーに移住し、そのままこの巨星の引力を利用したスイングバイを実行して人類の領域へと戻った。


 何しろコロニーの住民ごと百五十年かけて救出に駆け付けたのだから、凄まじい執念だ。


 そのコロニーはまた百五十年かけて元の星系に戻る大プロジェクトを完遂し、今でもその子孫が暮らしている。


 それが今から千五百年前から三百年かけた大事業のあらましだ。

 その際に、古いステーションのゲート装置が回収された記録は残っていない。



 似たような状況はその後も幾つかあったが、小型で出力の高い特殊な長距離転移ゲートを備えた大型船が救助に向かい、人々は転移により星系を脱出している。


 この方法なら、乗員も船で移動しながら転移によって入れ替わることが可能だ。


 コロニーが住民ごと移動して救助に向かったようなケースは、極めて珍しい。


 そして多くの場合、古いゲート装置も貴重なMT遺産としてしっかり回収されている。


 ⅬⅬ-5のステーションとゲートは外観が多少傷んでいるが、人為的に破壊した痕跡はない。今更通常航行で百年以上の時間をかけてMT遺産を回収に来る物好きはいなかったのだろう。


 ステーションの近くへ停泊させた『オンタリオ』から、ケンとシルビアが小型のランチに乗り込んだ。二人とも、船外作業用のMT宇宙服を着用している。


 肝心要の作業となる転移ゲートの操作と護衛の為に、コリンが同行する。コリンは身軽な魔導師専用の宇宙服である。


 ニアとジュリオは、本船で待機となった。



 ニアとジュリオは船内の中心にあるメインブリッジの中で、大スクリーンを見守っている。


 ランチは、ゆっくりとステーションの港へ続く黒い大穴へ吸い込まれて行く。



 三人がランチで出発してから二時間後。

「アイオス、№1ブレスレットの通信圏内へ船を移動してくれる?」

 コリンから通信があった。


「承知しました」

 アイオスは、コリンの指示する位置まで船を移動させた。


「じゃあ、テスト始めるよ」

「何のテスト?」

「通信だよ!」


 次の瞬間、壁面の制御パネルに見慣れた青い地球の絵と共に人類圏の通信環境が確立した。


「うわ、本当に繋がりやがったぞ!」

 ジュリオが大声を上げたのがコリンにも伝わったようだ。


「はい、繋がったよー、ジュリオが驚いてるぞ~」

「おおー」

「やったね!」

 ケンとシルビアの声が聞こえた。


「基本的なセキュリティーの設定は終わってるから、用意してあるダミーIDでネットに入れるよ。試してみて」


 シルビアに促され、ジュリオが自分の端末を接続する。


「なんだ、これ。遅延無しで銀河ネットに繋がっているんだけど。気持ち悪い」

「うーん、多少応答の遅れはあるけど、エギムの町よりは早いかもね」


「スゴイな」

「コリン、もう作業は終わりなの?」


「うん、あとは戻るだけ」

「じゃあ、お疲れ様。気を付けて帰って来てね」


「了解!」


「結局、奴らは予定通りプランAで繋げちまったのか」

「そうみたいね」


「はい。現在コリン様が現場を離れ、本船からのマナ供給により通信は安定しています」




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