現在地どころの騒ぎではなかった
コリン、ニア、ケン、シルビア、ジュリオの五人が地下のヴォルトから抜け出して、『カラバ侯爵の城』より豪華な内装のレストラン内、一階席のテーブルを囲んでいる。
「で、アイオス、ここはどこなんだ?」
コリンたちが先ず確認したかったのは、この小型レストラン船『オンタリオ』の現在位置である。
「では、航宙図に本船の本線の位置を表示させましょう」
コリンのブレスレットから投影される立体図が、天の川銀河と呼ばれる銀河系の渦巻きを回転させながら表示し、スローダウンして人類の居住圏をズームアップする。
銀河系の渦は大きく四本の腕に例えられる。これを「渦状腕と呼ぶ。
人類の誕生したオールドアースを含む太陽系は、その四本腕から外れたオリオン腕と呼ぶ短い腕の中にある。
その太陽が赤く輝き、そこから銀河外縁に向かって離れたペルセウス腕の端に、エランドのあるP-102恒星系が青く光っている。
オリオン腕から外側にあるペルセウス腕の一部にまで広がる人類の居住圏の中に、ゲートを持つ恒星系が点々と緑色に光っていた。
その緑の点の集合からぽつんと離れた黄色い点が、本船の位置だ。
赤い光を挟んで青い光から一番遠い位置にある、空白地帯の黄色い光点。
そしてそこから一番近い緑色が、アイオスの言うパント星系で、なんと約百二十三.五光年離れているという。
砂漠の中で百キロ圏内に人工物がない、などと言って感動していたのがアホらしくなるような、とてつもない孤立ぶりだった。
「俺も十年間この緑色のゲートを辿りながら仕事を続けていたが、こんな何もない場所へ来るのは初めてだ……」
ジュリオが放心したように、気力の抜けた声で呟いた。
普通なら二度と他の人類に合うことなく朽ち果ててしまう絶望的な状況なのだが、アイオスの言葉によると、自由ジャンプによりそのパント星系の惑星ハンターβまで転移が可能らしい。
実際には、より遠くへのジャンプが可能だという。
アイオスが最初のジャンプとしての安全率を考慮し、一度のジャンプで到達可能な範囲を球で囲むと、その中に数十の緑の光点が含まれていた。
「ハンターβは見た通り辺境の惑星で、俺たちが突然行けば目立つだろうな」
ジュリオが恒星船を降りたエランドと同じような、人類の居住区の端に位置する惑星だ。
「どこへ行くかってより、俺たちのIDやこの船の船籍とかはどうなってるんだ?」
「そうね、それ次第ではどこにも行けないわよ」
「確かに、オレたち行方不明者のままだし、偽造IDが惑星の外でも使えるのかも自信がない……」
「そうか。アイオス、船の方はどうなの?」
「はい、コリン様。本船は就航時からの船籍が現在でも有効ですので、特に問題はありません」
「それって、たぶん千五百年以上昔の話だよね?」
「はい。しかし現在も有効であることは確認済みです」
「どうやって?」
「惑星エランドにてシステムのデータベースを更新した際に、確認済みです。本船を含む船団が持つデータベースは千五百年前に多くが削除されました。エランドで再起動した際に航宙図を含めたデータを現在の情報で補完し、再構成されています」
「なる程な。どうりで馴染みのある航宙図だと思った」
「で、私たちのIDはどうなるの?」
「本船を含む船団はGreat Shipsの名称で法人登記されております。皆様は既に本社の役員及び乗組員として登録済みです。IDも発行されておりますので、今まで以上に自由な行動が可能でしょう」
「はぁ、どこから突っ込んでいいかわからないよ……」
コリンが途方に暮れる。
「あのさ……」
それまで一言も発しなかったニアがコリンの肩を叩く。
「お腹が空いたから、おやつの時間にしよう。コーヒーとケーキがいいな」
「うーん、私もさんせーい!」
これだけは、いつもと変わらない。
「その自由転移ってのを使う以外に、人類の宙域へ戻る手段はないということだな」
「本船の通常航行で光速の70%付近まで加速しても、ハンターβまで200年弱はかかる計算です」
「しかし、普通なら完全に詰んでる状態だよな」
「現代の精霊魔術師の操る恒星船の能力では、転移ゲートのない宙域からは転移できないもんなぁ」
「乗客や人荷用の小型ゲートで人だけの転移はできないの?」
「本船内に設置の短距離用ゲートで接続可能なゲートは、周辺に見つかりません」
五人はヴォルトから運んだ好きなケーキをそれぞれが食べながら、コリンとニアがいれた熱い紅茶やコーヒーを飲んでいる。
「ちょっと待て。人類の領域に戻る前に確認しておきたいことが、たくさんある」
ジュリオが言った。
「まあ、そうだよね」
シルビアも夢中で口に運んでいたモンブランから顔を上げる。
「ヴォルトのもう一つの扉を開けるという選択肢もあるにはあるけど……」
コリンが恐る恐る言う。
「あれがどこに繋がっているのかは教えてもらえないの?」
「どうなんだ、アイオス?」
「情報に制限がかけられています。解除するには本船と同様、コリン様が直接あちら側へ行き、マナを補給してアクティベートする必要があります」
「わたしじゃダメなの?」
「はい。この船の指揮権はニア様にもございますが、休眠中の船団はペリー家により代々三百年の間維持され、コリン様のマナにより再起動しました。制限の解除には、コリン様のマナが必要です」
「だってさ。ちょいと行って、解除してきてくれよ。オレたちはここで待ってるから」
「僕は嫌だよ。それならアイオスの言うフリージャンプの方が、まだリスクが低いんじゃないかなぁ……」
それから各自が糖分を補給しながら、考えをまとめる。
「せっかく安全な場所を確保できたんだから、私はこの船で移動したいわ」
「オレもそう思う」
「あ、じゃあ僕も一人であの扉の向こうへ行くのは勘弁かな」
「わたしはコリンについて行くよ」
「じゃあ、二人で行って来る?」
「こら、俺たちはもう離れないって約束したろ」
「わかってる。冗談だって」
「本当かよ。時々シルは平気で危ないことを口走るからなぁ……」
◆レストラン船『オンタリオ』航海日誌
◇記載者:コリン・ペリー
◇日 時:銀河標準時間 LM1522年5月18日 16時
◇現在地:不明(人類の居住区域外を漂流中のため、不確定)
◇本 文:
乗組員五人で話した、今後必要な確認事項について
・この船の全容を知ること
→船としての能力とレストランとしての能力、仕様について
→先ずは船の方が大事
→→船の基本的な仕様
特にジュリオは機関部分を見たい、作動原理を知りたいと希望
緊急時の対応について
→脱出用のポッド、または近距離移動用のランチなどの搭載艇について
→同様に船外活動、宇宙服、パワードスーツ等
通信や探知能力、武装
現代の恒星船との相違点
現代船への偽装
→このデタラメなフリージャンプ能力をどう隠すのか
→→一般的な現代の恒星船に偽装できなければ、世界が大騒ぎになる
→→→その作業に取り掛かる前に必要な情報収集とその方法、手段の確保
以上