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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第一章 砂漠の惑星
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オンタリオ (第一章 終)

 

 三日目にはジュリオも起き上がれるくらいに回復し、一週間で普通に食事もできるようになった。


 人体実験と称して、嫌がるジュリオにコリンが毎日施術していた治癒魔法の練習も、それなりに効果を上げたようだ。


 少なくとも、それ以上悪化することにはならなかった。


 ジュリオの回復祝いという名のいつもと同じ馬鹿騒ぎをして、飲んで歌って踊って、飽きれば厨房の配膳台を並べてピンポン大会をしたり、コリンが隠していた古いボードゲームに興じたりと過ごしているうちに、更に数日が過ぎた。


 こんな暮らしに慣れないコリンとニア以外の三人は、毎日美味いものを食って騒いでいるだけではやがて飽きて退屈になる。


 考える時間があればあるほど今後のことが不安になるし、ハロルドを筆頭にした天の枷がどうなったのかも知りたい。


「そういえば、ジュリオが撃たれた時、ハロルドは思いっきり泣いてたよ」


 コリンはあの日のことを思い出して、ジュリオをからかうように話す。ジュリオが撃たれて意識を失っていた間の出来事は断片的に伝えてはいたのだが、ハロルドの不可解な行動については詳しく伝えていなかった。


「そうそう。最愛の妻を失ったように、必死で駆け寄って、撃つな、撃つなって泣き叫んでたよ」

 近くで見ていたニアの証言も加わった。


「なるほど、やけに男同士で仲が良いと思ったら……」

 ケンとシルビアが、うんうんと首を振る。


 意識を失って倒れていたジュリオには、絵空事のように聞こえる。ジュリオは恥ずかし気に下を向いたまま呟いた。


「エギム襲撃事件の真相がハロルドの言った通りなら、町が滅びたのはドロブニー町長の狂った行動のせいなんだろう。天の枷は、そのドロブニーを拘束しようとして、失敗した。そう考えると、ハロルドは奴なりに町を守ろうとしていたのかもな……」


「ああ、だけど結局それに失敗して、町民を見捨てて自分だけ逃げ出したんだ……」

 ケンが同じようなトーンで言葉を続ける。


「ハロルドはそんな自分が許せなくて、全ての罪を被ったまま露悪的な行動をとっていたのか……愛するジュリオを傷つけてしまった自分が許せなかったんだね!」

 シルビアは、そういう方向へ持って行きたがっている。


「それが、男の友情ってやつだからな。勘弁してくれ……」

 ジュリオが引きつった顔で涙を流す。


「今回の件も、ハロルドは最初から僕たちを傷つけるつもりなんかなかった。ただ、彼の目的は、アイオスを手に入れて人類のコロニーを破壊し、ワームの楽園を取り戻すことだった……でも本当にそうなのかな?」


 コリンには、ハロルドの崇高な目標を理解することはできない。


「もし、ハロルドがワームを手に入れたら、本当に町を破壊して大虐殺を続けるつもりだったの?」

 ニアの疑問に答えられる者はここにいない。


 けれどジュリオは、重い口を開く。

「奴がどう考えていたかは知らんが、既にあそこはそういう組織になっちまってるんじゃないか。ハロルドにはもう止めようがない、狂ったテロリストたちだ……」


 再び五人の間に沈黙が流れる。


「……うん。けれどもオレは思うんだ。その狂った組織を作ったのもハロルドなんだ。たぶん、ハロルド自身だって、もう狂っていたんじゃないかな。きっと彼の家族が捕らえられ、獄中で亡くなった時から……」


 ケンの一言が、他の四人の心にも重く響いた。


「復讐か。だが何に対して……? おい、お前たちは真似をするなよ!」

 両手を握りしめた少年少女は、ジュリオの言葉に無言で頷くしかなかった。



 ジュリオが動けるようになれば、こんなところにじっとしている意味もないし、何とかあの砂漠へ戻る道を考えねばならない。


 毎日何度もナンバー2扉が開かないかと見守っているのだが、2番扉の上には赤い表示灯が点灯しているだけで何の変化もない。


 コリンの知識では、緑のランプは通行可能な扉で、不点灯はリンク切れらしい。

 00番から12番まで並んだ扉の中で、開閉可能の緑ランプになっている扉は二つある。


 以前コリンの父親が子供のころに7番の扉を開けたことがあると言っていた。

 前室を抜けた先には湿った暗い岩のトンネルが続くばかりだったので、気味悪くなって先へ進まず、すぐに閉じて以来触れたことがない。


 トンネルの中は暖かかったので、両極の極寒地帯の岩山ではなく、おそらく赤道付近の岩床地帯の中へ繋がっているのではないかと言っていたのをコリンは覚えている。


 幸い扉の向こう側にはドアノブがなかったそうなので、向こうからヴォルトへ侵入される心配はない。


 何しろ赤道大陸イクエイターズは、ハロルドの生まれたウライズほどではないが、今でも内戦の続く紛争地帯だ。できれば関わりたくない場所だった。


 アイオスに扉のことを尋ねても、他の多くのことと同様に、回答はない。

 そこで、今回は残る6番扉を開けてみようと、五人で決めた。


 運が良ければ、どこかの町の近くへ繋がっているかもしれない。


 予備のドアハンドルを持ったままコリンが恐る恐る扉を開けると、そこは『カラバ侯爵の城』と同じような前室がある。


 更に先の扉を開けると、地下室の廊下だった。


 ケンとシルビアはヴォルトの扉を開けたまま、何かあったらすぐに三人が戻って逃げ込めるようにと、そこで待機する。


 他の三人はヴォルトの扉をくぐり廊下へ出て、コリンとニアとジュリオが順番に階段を昇る。


 先頭のコリンは何かあればすぐに電撃魔法を放てるように用意して、ニアは三人の姿を見えなくする隠形の結界魔法を準備している。


 おかしな音もせず振動もない。空気におかしな臭いもしないし、暑くも寒くもない、ちょうどよい気温だった。人の気配もなく生活感の全くない、ゴミ一つ落ちていないきれいな室内だ。


 ヴォルトのある地下二階とその上の地下一階は、今までと変わらない造りに見える。ただひたすら清潔なだけだ。


 三人がそのまま一階へ上がるとピカピカに輝く立派な厨房設備があり、『カラバ侯爵の城』よりも高級そうな内装に客席が並ぶ、豪華なラウンジになっていた。客室に踏み込むと、窓から見える夜空に三人は息を呑む。


 そこは、見渡す限り一面の星空だった。


 店の建つ足元に見えるのは巨大なワームではなく、もっとずっと小さな黒い金属光を放つ丸い船体だった。


 部屋の照明は消えて暗く、壁面に幾つか小さな光が見えるだけだった。


 そのうちの一つが見慣れた制御パネルだと気付き、コリンは歩み寄り手をかざして思わず呟く。


「アイオス、ここはどこだ?」

 だが、言ってから気付くが、アイオスは深度五十メートルの砂の中深くに埋もれたままなのだった。


 つまり、アイオスの窓からは星が見える筈がない。ここは別の建物の中ということになる。どこか人跡未踏の砂漠の表面上にある、別の施設なのだろうかと、コリンは考える。


「制御パネルに手を触れたままにしてください」


「うん、これでいいのかな」

 聞き馴染んだ声がして、コリンはそのままパネルに触れ続ける。


 制御パネルは一瞬の沈黙の後、コリンの声に応えて輝きを増し、思わぬ音声が室内に響いた。


「現在マナのチャージ中……三十%完了しました」

「四十五%完了しました」

「六十%」

「七十五%」

「九十五%」

「百%」

「チャージが完了しました」


「本船はほぼ銀河基準面に沿い太陽系から約3千光年外縁に寄った宇宙空間を漂流しています」


「ここから最も近い人類の居住惑星は約百二十三.五光年離れたパント星系第六惑星ハンターβです」


「惑星ハンターβの近隣宙域までジャンプしますか?」


「おい待ってくれ、何を言っているんだアイオス」

 コリンが叫ぶ。


「お前は惑星エランドの砂の中の筈だろ?」

 コリンはアイオスを問い詰める。


「何故ナンバー2ゲートの向こうにいるお前が、僕らと話ができるんだ?」

「コリン様」

 アイオスの冷静な声が、コリンの動揺を遮る。


「ワームへ擬態していたナンバー2ゲートの接続先は、惑星エランドの地下五〇mにて擬態を解き、恒星船形態にて自己修復シークエンスを実行中です」


「シークエンスの第一段階を完了するには、惑星エランド時間でおよそ二年の時間が必要です」


「コリンは首をかしげて端末のディスプレイをじっと見る。

【Hello】

 そう表示されていた。


「私は Integrated Jump Navigation System AI type-05.00 通称アイオスです」


「本船を含めたシステムはマナの枯渇により千百年間休眠しておりましたが、三百年前から継続的にナンバー2ゲートより供給される微量のマナを利用してシステムを維持し、再起動して簡易な自己診断プログラムを走らせることに成功しました」


「銀河標準時間二千七百二十万秒前にコリン様のマナチャージによりシステムはアイドリング状態となり、本船は自己修復シークエンスを再開しました」


「本船は小型レストラン船オンタリオです。自己修復シークエンスは異状なく六百三万秒前に終了し、再びアイドリング状態を維持しています」


「現在本船のマナチャージ率は百%となり、一度に周囲およそ一千光年以内の自由フリージャンプ航行が可能です」


「いや、だから何言っているのか全然わからないって、アイオス」

 コリンは叫ぶ。


 フリージャンプなんて言葉は、コリンも聞いたことがない。


「アイオス、お前は、砂漠のワームだったんじゃないのか?」


「大型旅客船スペリオルの機能は激しく損壊しており、惑星を離脱する手段がありません。止むを得ず原住生物に擬態し、惑星表面上を移動しておりました。私は、統合型恒星船運航管理システムAI05.00型、通称AI05(AIOSアイオス)です」


「はっ?」


「複数のジャンプ船の航法管理を行う人工知能、と言えばコリン様のご理解の助けとなりますか?」


「なんだって?」


「お勧めできませんが、コリン様とニア様のマナがあれば、人類の居住区域外へのジャンプ航行も可能です」


「「「「「なんだって?」」」」」


 しびれを切らして一階まで上がって来ていたケンとシルビアが、後ろから同時に声を上げた。


 急に饒舌になったアイオスの機械的な音声は、五人には何故かとてもウキウキとして輝いているように感じられる。



 改めて、五人は顔を上げて周囲を見る。


 そこは、上も下も全周が墨を流したような暗黒の世界に散らばる星の海の中。

 紛れもない、宇宙だった。





おまけ


 ケン  : ハロルドがあれほど望んでいた宇宙に、俺たちは今いるんだな……

 シル  : まさか私たちがエランドを出ることになるなんて……

 ジュリオ: ああ、またここに戻って来たのか……

 ニア  : お腹すいた……

 コリン : お昼ご飯は、粉チーズたっぷりのイカ墨パスタ銀河風かな……



第一章 砂漠の惑星 終





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